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第4話 ~反転鏡~

 パタパタパタパタ。私は今日も店の掃除をする。そしてちらりと命さんを見る。彼はいつも通りのにこにこ。

「(なんで……ドキドキなんてしたんだろう……)」

 考えても仕方がない。

 カランカラン。

 来客を知らせるドアベルが鳴る。私は掃除の手を止め、命さんの隣に行く。

「ようこそ、神様のなんでも屋へ」

「あ、あの……ここは……」

 二十代くらいの女性に見えるが、酷く顔色が悪く目の下にくっきりと隈がある。

 命さんは店の説明をしていつもの言葉を言う。

「それで、君の願いはなんだい?」

「願い……」

 女性は一つ間を置いて言う。

「眠れる様になりたいです……」

「不眠の相談かい?」

 女性は力無く首を振って笑う。

「原因はわかってるんです……」

「ほう」

「私、コーヒーとかお茶とか、カフェインが好きなんです……。でも、そういうのに敏感な体質みたいで、朝に飲んでも夜眠れなくなっちゃうんです……。それでも……止めれなくて……」

 好きなものを諦められない。種類は違えどその気持ちはよくわかる。

「じゃあ、そんな君にぴったりの物がある」

 命さんは立ち上がり商品棚から大きな手鏡を持ってきた。

「それは……」

「『反転鏡(はんてんきょう)』。一つの性質を反転させる力がある」

「一つの……?」

 女性の問いに命さんはすらすらと語る。

「『眠れない』なら『眠れる』に。カフェインの覚醒作用を安眠作用に変えるんだ」

 命さんの説明に女性は目を輝かせた。

「それ! ください!」

「残念ながら鏡自体を売る事はできない。けど、反転作用を一回分売る事はできる」

「おいくらですか?」

「二万円。だけど、使用後の感想を聞かせてくれるなら一万円値引きしよう」

 いつものやつだ。

「わかりました」

 女性は財布を出し、一万円を命さんに手渡す。

「まいどあり。じゃあ、鏡を見て。君が反転させたい事を願うんだ」

 命さんは女性に鏡を向け、女性は鏡を覗き込む。少しすると鏡が輝きだした。眩しくて目をつむると、次に開けた時には光は収まっていた。

「はい、これで完了」

 女性は自分の体を見ている。

「感想、楽しみにしてるね」

「は、はい……」

 女性は扉を開けて去っていった。

「上手くいくと良いですね」

 私は命さんに言うが、命さんは怪しい笑みを浮かべる。

「上手くいけば良いね……」

「?」

 私は疑問に思いながら掃除を再開した。


 女性が来てしばらく経ったある日、カランカランとドアベルが鳴る。見ると……やつれた様子のあの女性がいた。私は思わず駆け寄った。

「だ、大丈夫ですか!?」

「感想を聞かせに来てくれたのかな?」

 命さんはいつもの調子だ。

「そんな事言ってる場合じゃ……!」

「眠れないんです……」

 女性はぽつりと言う。

「眠れない?」

 反転鏡を使ったならそれは解消されたはずでは……?

「いくら……カフェインを摂っても……」

「耐性がついたんだね」

「耐性?」

 私は命さんに聞く。

「反転鏡が反転させられるのは一つの物事だけだ。カフェインには耐性がある。それがついたんだ」

 女性は泣きそうな顔で叫ぶ。

「耐性があるなら……! それが無くなる様に反転鏡を……!」

「無理だね」

 命さんは女性の懇願をすっぱりと切る。

「なんで……!」

「反転鏡の力を使えるのは一人一つまで。それ以上使うと人間は耐えられなくなる」

「そんな……!」

 女性は泣き崩れた。私はしゃがんで女性の背中をさする。

「その様子だと、眠れない原因はカフェインだけじゃないね。生活を見直してみたらどうだい?」

 女性はただ泣いている。

「あの……」

 私が女性に話しかけると、女性はのろのろと顔を上げた。

「好きなもの、好きに摂れる様になったなら、今度はそれを楽しめる環境を作ってあげる事も大事だと思うんです」

「環境……」

「だって、あなたはもう大切なものを持っているから。それを守ってあげてください」

 女性はすくっと立ち上がると、私達にお辞儀して出ていった。

「……これで良かったのかな……」

「それはあの人次第だよ。さあ、掃除を再開しなさい」

「……はーい」


 またしばらくして、女性が店にやって来た。なんだか憑き物が取れた様な顔をしていた。

 彼女は私達にお辞儀した。

「ありがとうございます。あなた方のおかげで、大切なものがわかりました」

「今は眠れるのかい?」

 命さんは女性に聞く。

「病院に行ったら、生活環境のダメ出しのオンパレードでした」

 女性は苦笑する。

「今は病院に通って、薬を飲んで、転職中です。だいぶ眠れる様になりました」

「それは良かった」

「大好きなもの、これからも大切にします」

 女性は再びお辞儀をして扉から出ていった。

 私は命さんを見る。

「命さん、こうなるってわかってたんですか?」

 命さんは首を振る。

「幸せになれるかどうかはその人次第さ。僕はきっかけを与えるだけ。それよりも、君の真摯な言葉が彼女を救ったんじゃないかい?」

「……私、あの人に偉そうに言えるくらい立派じゃないんです」

 大切なもの……好きな人を大手を振って大切だなんて言えるのだろうか……。私にはわからなくなった。

 命さんは笑ってちょいちょいと手招きする。

「?」

 私は命さんに近付くと頭をぽんぽんと撫でられた。

「君は充分やってるよ」

 まただ……。またドキドキする……。私は……いつか自分の気持ちに向き合わなければいけない。

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