第3話 ~俊足の本~
パタパタパタパタ。私はハタキで商品棚を掃除する。
横目でちらりと命さんを見る。彼は相変わらずにこにこしている。
この前の接客で知った。彼は簡単に人の命を奪う。けれど、お客さんの幸せは本気で願っている様に思える……。
命さんは……一体どんな人なんだろう……。
カランカラン。
入店を知らせるドアベルが鳴る。掃除の手を止めてそちらを見ると、小学校低学年くらいの男の子がいた。私はカウンターの命さんの隣に移動した。
「こんにちは」
命さんは穏やかな口調で挨拶をする。
「こんにちは!」
男の子もそれに応えて元気に挨拶をする。
「何か御入り用かな?」
命さんは小さな男の子を見下ろす様に前のめりに聞く。
「おばあちゃんから聞きました! ここにはお願いを叶えてくれる道具があるって!」
「そうだよ」
男の子の一生懸命な言葉に命さんはうなずく。
「君は何が欲しい?」
男の子は意を決して言う。
「足が速くなる道具をください!」
男の子はそう言うとポシェットをごそごそと探って五百円玉を出した。
「僕のぜんざいさんです!」
「良い心構えだね。君はどうして足が速くなりたいの?」
男の子は命さんの質問にもじもじしながら答える。
「みゆちゃんが……足が速い子が好きなんだって……」
「そっか、そっか」
好きな子に好きになってもらう為か……。殊勝だな……。なんだか胸が痛い。
「一つ聞くけど、道具に頼って得た力でみゆちゃんに好きになってもらって嬉しいかい?」
私はドキリとした。
男の子は目を丸くした後、うーんと考えてぽつりと言う。
「嬉しくない……けど……」
「けど?」
「僕、足遅いし……みゆちゃんに好きになってもらえるなんて思えない……」
「なら君にぴったりな商品がある」
命さんは立ち上がり商品棚から一冊の本を持ってきた。
「足が速くなる為の方法が書かれている本だ。これを見て努力しなさい。楽して結果を得ようとしては駄目だ」
「わ、わかりました!」
命さんはにっこり笑う。
「代金は五百円……と言いたいところだが、使用後の感想を聞かせてくれるなら四百円でいいよ」
「(また……)」
前回の時もそうだった。これが命さんのやり方なのだろうか。
「はい!」
男の子は五百円玉を出して、命さんはレジから出した百円玉を男の子に渡す。
「ありがとうございます!」
男の子は扉を開けて去っていった。
「普通の本も置いてあるんですね、ここ」
私は素朴な疑問を口にする。
「まさか。ここは『神様のなんでも屋』だよ。普通の本な訳ない」
「え」
「あの本は書いてある内容がするすると頭に入って体に染み付く様になっている」
「それで五百円なんですか……?」
十万だの五十万だの見てきた私には価格設定が信じられなかった。
「値段は人それぞれ。あの子は全財産をかけてうちに来たんだ。それに応えないとね」
「あの……私は……?」
私だって全財産くらい……。
「君は働けるじゃないか」
「……」
この人は神ではなく鬼ではないかと思った。
男の子が来てからしばらく経ったある日。カランカランとドアベルが鳴る。
「こんにちは!」
あの男の子だ。私は命さんの隣に行く。
「はい、こんにちは。その後はどうだい?」
「あのね! みゆちゃんが僕の事好きだって!」
「願いが叶ったね」
「うん!」
男の子は嬉しそうだ。
「足が速くなったからかい?」
「それも……あるけど……みゆちゃん、僕が一生懸命特訓してるのが好きなんだって」
「ふふ」
命さんは口に拳を当てて上品に笑う。
「道具に頼らなくて良かっただろう?」
「うん……自分の力でみゆちゃんに好きになってもらった方が全然いい」
「正真正銘、君の力だよ。誇りなさい。これからもそれを忘れない様に」
「うん! ありがとう! お兄ちゃん!」
男の子はそう言って元気に扉から出ていった。
「……」
「どうかしたかい?」
「いえ……」
私は……何か努力をしただろうか。あの人に好きになってもらう為に。挙げ句の果てに道具に全て頼ろうとして……。
「紬」
「え、あ、はい」
ぼーっとしていた私に命さんは話しかける。
「お茶でも飲もうか。良い茶菓子があるんだ」
「え、でも、仕事……」
「その分の給料は払うよ」
命さんは立ち上がる。
「あまり、考えすぎない様に。行き詰まったら一息つきなさい」
命さんはふわりと笑った。
ドキリ。
「……?」
「どうかしたかい?」
「あ、いえ、なんでも……」
なんで命さんにドキドキしたんだろう……。私が好きなのは……。
「(とりあえず一息つこう)」
命さんが振る舞ってくれたお茶とお菓子は美味しかった。




