ブゼル ヒツジ劇場『通りすがりの主演女優(後)』
「主演女優て、いやいやいや、そ、そんなの柄じゃ……」
「ほっほーう。で、次の公演はいつなんですか?」
急に特大級の世辞を投げ掛けられて恐縮する俺。そんな俺とクローノの間に割って入って来たのはスルーズであった。
「スルーズ!?」
「あ、ああ。八日後だ」
「八日後……。それならば良いでしょう。我々は旅の身。今回の公演のみならば力を貸せますが、それで宜しいでしょうか?」
「──構わないよ。もうチケットを販売してしまった次公演さえ乗りきれば、以降は公演を延期なり停止なり、やりようはあるからね。まあいつも通りちっとも売れなかった訳なんだが」
「なるほど、では、ギャラは如何程?」
急に割り込んだかと思えば、スルーズはぐいぐいと交渉を進めていく。むー……、とクローノ。
「そうだな。無理矢理出演をお願いしているのだから……、売上の半分……ということでどうだい?いや、それじゃあ足りないか? ……じゃあそこまでの宿代を請け負おう」
「ちょっと団長!? なにもそこまで……」
「いいじゃないか。主演女優もいなくなって崩壊の危機に舞い降りた一縷の望みなんだ。出来ることはすべきだろう」
「なるほどなるほど!」
クローノの提案にスルーズは両手を組んで目を輝かせている。どうも宿代タダ、という響きが決定打になったようだ。
「分かりました。お引き受けしましょう」
なんか硬い握手まで交わしちゃってるし。何なんだ一体。
兎にも角にも、トントン拍子で俺の舞台出演は決まってしまった。嬉しくないと言えば嘘になる。……いや、違うな。……正直に言って、滅茶苦茶嬉しい。
演劇部でそれなりに頑張ってきた身としては、最後まで果たせなかった主演を、どんな形であれ勝ち取れたことがどれほど嬉しいか。絶対に悔いのないものにしたい。
故に、これは今聞いておかねば。
「あの、クローノさんは、このサースレオン物語にこだわり等ありますか?」
「うん? どういうことだい?」
「いえその、客受けを狙うなら今のままでは良くないと思いまして。ですが思い入れがあるのなら無闇に弄るのも……」
「なるほどそういうことか」
俺の言葉にクローノは笑いながら頷くと、
「いや、それは好きに弄ってもらって構わないよ。君はどうやら演技の経験があるようだし、是非口出ししてくれたまえ」
と口にした。それを聞いて安心する俺。そう言って貰えるなら、何の気兼ねもなくこの提案を口に出来るというものである。
「じゃあ、サースレオン物語やめましょう」
「────へ? ……な、なんだって?」
「演目を変える、と言ったんです」
というわけで女優に任命されて満更でもない俺が、忌憚のない意見を求められて最初に口にしたことが、上演する演目の変更であった。当然慌てたクローノが口を挟んでくる。
「ななな何故だい!?確かに弄っても良いとは言ったけど演目を変えるって……、サ、サースレオン物語はウチの看板であってだね……?」
「でも受けてないのでしょう?」
「ぐぐぐっ……、し、しかしそれは精進が足りないだけで、もっと練習すればきっと」
「違います」
ズバリと言い切られ驚いた表情を浮かべるクローノに、俺は畳み掛けるように口を開く。
「皆様の演技の腕は素晴らしいです。けれど受けないのは単に、題材がこの町の客層の需要と違うからです」
見せてもらった練習風景での彼らの演技力は、衣装や小道具など何もなくても引き込まれそうになるほどに洗練されていた。素人に毛が生えたような俺が言っても説得力はないかもしれないが、彼らに足りないものは演技力ではない筈だ。ならばそれは何か。ずばり、需要を満たしていないからに他ならない。
「需要……?」
「えー!? サースレオンの話いいじゃん!」
「うっさい」
横槍を入れてくるレオンを小突くと、解説の為に俺は口を開いた。
「サースレオンの冒険のメインは、手に汗握るバトル展開ですよね?」
「あ、ああ。そうだとも。バッタバッタと敵をなぎ倒す爽快アクションが目玉だからね」
「まあ、隣の彼のように、血沸き肉踊るそういった展開が大好きな人もいるでしょう。……しかし、恐らくその多くは若い男性です」
「若い男…………あっ」
そこまで言われれば、クローノも気付いたようだ。ハッとしたように口元を押さえる彼に、俺は小さく頷いた。
「そう。今この町に若い男性は少ない。メイン層はご老人と、フィーブから来た若い女性たちなのです。同じサースレオン物語をやっても受けない理由はこれです。ぶっちゃけて言うと、お年寄りは派手なアクションについていけないし、女の子たちはバトル展開に興味がないのです!」
「ぬぐわぁッッッ!!」
俺が言い切るのと同時に、ダメージを負ったクローノはその場に崩れ落ちた。ちょっと罪悪感が沸かないでもないが、嘘は言っていないので仕方ない。
「た、確かにルーナはこの演目にあまり乗り気ではなかったが、言われてみれば確かに……」
ルーナ? あの逃げちゃった主演女優の女の子のことかな?
「しかし、他の演目も私が考えたものだからな……。どれも戦いに重きを置いているというか……、ぶっちゃけバトルが好きでこの劇団始めたところもあるし……」
そうなんだ……。
腕を組んでうんうん唸っていたクローノであったが、考えるよりも行動すべし、と判断したのだろう。
「まあ、とりあえず見てもらってもいいかい?」
と近くの棚に足を運ぶとそこから公演で使用するであろう台本を引っ張り出し、そのうちのいくつかを手渡された。ざっと目を通すと、なるほど言いたいことは何となく理解出来る。
「確かに、どれもアクションが満載ですね。なるほど……」
「そうなんだよ。だからアクションが足枷と言われても、どうしたものかとね……」
そう口にすると、クローノは困ったように肩をすくめた。俺もどうすべきかと思案していたが、やがて一つの結論へ達することとなる。
「分かりました。では一つ、ざっくりとした脚本を書いてきても宜しいでしょうか?明日またお見せしますので」
「え? あ、ああ。そういうことなら是非頼むよ」
ということでこの場はここまでとして、話は翌日に持ち越されることとなったのだが。
◆◆◆◆◆
「スルーズ、なーに勝手に話進めてんだ」
当然の文句がレオンの口をついて出た。当事者として実に胸が痛いが、言われているスルーズは何処吹く風である。
「え? でも良くない? 売上げの半分貰えるんしょ? 滅茶苦茶売れれば大儲けじゃん。宿代だって出してもらえるんだし。王様からの支援金だけじゃ心もとないし、ここらで稼ぐのもアリかもよ?」
「そりゃ売れたらな」
クローノは、自身の劇が全く受けていないと口にしていた。受けていないということは、イコール売れていないということだ。バレナがそれを指摘すると、スルーズはニヤリと口の端をつり上げた。
「だーからー。それを何とかするために動いてるんでしょうが。ねっ、ミーちん」
「ん。まあね。とりあえず宿に着いたら書き出すよ。でも、あー、その前に」
ごほん、とわざとらしい咳払いをした後で、俺はチラリとレオンに目を向けながら口を開いた。
「魔道具屋に寄ってみようか」
◆◆◆◆◆
「……店主外出中につき、休業します。…………だってさ」
「なんでだあぁぁぁぁ!!!」
俺の知識を頼りに、歩きに歩いて辿り着いたナイアス魔道具店はなんと休業していた。
その場に崩れ落ちて慟哭するレオン。あまりに可哀想だが、こればかりは仕方がない。
「出かけているだけなら、数日内には戻っていますわよ。きっと」
「そ、そうね。きっとそうよレオン」
リューカの後を受けてレオンを慰めるウィズであったが、何とも歯切れが悪い。
恐らく彼女も分かっているのだろう。魔道具屋はその職業の性質上、あちこちの町に商品の仕入れや商談に出掛ける必要がある。近場ならともかく、例えば東の端のファティスまで出掛けている可能性だってあるのだ。もしそうならば、少なくとも二週間は戻って来れないだろう。と。
あ、そういえばゲームのクエハーでも、スーイエでのイベントをクリアするまでは開いてないんだっけか。悪い。素で忘れてた。
「大丈夫、待っていれば会えるわ」
自身も会いたがっていただけにショックであろうに、それを表に出さずレオンに優しい言葉を掛けるウィズは、やはり立派な女性だ。ゲームでも感じる場面は多かったが、改めてそう思う。
「とにかく。急ぐことは一旦忘れて、このまま数日様子を見てみませんこと?」
「……ああ。そうだな」
リューカの提案にレオンも気落ちしながら賛同し、そうして俺たちの次の行動は、ブゼルでの宿探しとなるのであった。
◆◆◆◆◆
「今日は私たちが一緒ね」
と、いうわけで。辿り着いたケイドケ亭にて、久々の相部屋である。最近は個室が多かったから、逆に新鮮?な感じだ。
「宜しくお願いします」
俺の相方はウィズ姐。隣の部屋が、リューカ、バレナ、スルーズ。更にその隣がレオン、という訳である。
「ということでこれから執筆作業に入りますので、煩くしちゃったらすみません」
「こちらこそ。私のことは気にしなくていいから」
朗らかに手を振ってくれるウィズに癒される俺。そういえば彼女と二人で話すのは随分久し振りな気がする。
「……それで、差し支えなければ聞きたいのだけれど、ミーナちゃんはどんな話を書くつもりなの?」
「ああ、えっとですね……」
部屋にある小さな机に白紙の本を広げながら、俺は明後日の方向へと目を向けた。
クエハー大好きを自称している俺ではあるが、流石にこの知識は完璧とは言えずうろ覚えなのだ。
何しろ初回限定版付録の大百科にちょろっとコラムが載っていただけのような情報だからなぁ。
「ウィズさんは、アリスティアという方をご存知でしょうか?アリスティア・ミスティ」
「えっ、アリスティア……?」
驚いたように目を丸くしていたウィズであったが、すぐに思い至る節があったらしく、
「ひょっとして、アリスティア伝説の……?」
と表情を輝かせた。
「あ、はい。それですそれです」
「ええ。勿論知っているわ! 小さい頃にお母様が教えてくれたの。王族との婚約を破棄されてしまったアリスティアが、隣国から来た王太子に偶然出会って見初められ。そして幸せを掴むって話よね? 結末が好きで、何度もお母様に話をねだったわ、そう。ああ、あれは確か……」
言いながらウィズは過去を思い出しているようだった。日頃は、悲劇の日を思い出してしまうから、と過去を想うことを避けているらしい彼女故に、楽しい頃を思い出すことが出来たことが嬉しいのだろうか。
何度も反芻するようにウィズは小さく頷いていた。
「と、いうわけでですね。そのアリスティア伝説を元にした脚本を書くつもりです」
「ええ。分かったわ。私にも協力出来ることがあったら教えてね」
「ありがとうございます」
正直、貴族関係は俺にはさっぱりなのでそう言って貰えると助かる。
クエハー本のコラムには“巷の女子に人気の物語”とあったから、まあ若い女性の多いこの町でならやってやれないことはないだろう。
そうしてウィズをアドバイザーに加え、本格的な台本作りがスタートしたのだが。
◆◆◆◆◆
「それで明け方までやってたのか?二人で?」
「面目ない……」
「あまりに良い話でつい……」
「まったく……」
目の下に隈を作る俺とウィズの二人に、レオンは呆れたように嘆息した。
「まあいいもんは出来たっぽいけど、俺たちの本分は魔王退治だ。関係ないところで潰れられても困るっていうか、ミーナはともかくウィズが戦力から抜けるのは相当困るぞ」
「ごめんなさい……」
恐縮して謝るウィズに対して、俺は謝らなかった。ふい、とそっぽを向きつつこう口にする。
「徹夜で必殺技練習してて肝心な時に潰れて起きなかった勇者様に言われたくないでーす」
「ぐぬっ……」
事実だから反論も出来まい。レオンは腕を組んでむむむ、と唸った後、
「と、とにかく、それだけ頑張った内容を見せて貰おうか」
と本を受け取った。こいつごまかした!ごーまーかーしーたー!
中身を見てフムフムなるほど。と頷き、そしてこう口にするレオン。
「さっぱり分からん。誰か読んでくれ」
「だよね!? なんで一回受け取ったんだお前」
レオンが読み書き出来ない系男子であることは、以前の手紙執筆の件で分かっていたことだ。
という訳で俺が懇切丁寧に内容を読み聞かせてやると、今度こそレオンの反応は。
「なるほど。よく出来てるな。……でもこれ面白いか?」
な、なにいぃぃぃぃ!?
「俺的には昨日見たサースレオンのやつの方が好きだな」
「そ、そんな……」
頑張った結果が報われず、ふらり、と倒れ掛けるウィズ。そんな彼女を抱き支えながら理由を問うと、レオンはあっけらかんとこう答えた。
「え?だってバトルが全然ねえじゃん。サースレオンは戦いまくりだったぞ?」
「はー……」
理由を聞いて、俺はある種の安堵を感じて息を吐き出した。そうだった。こいつはターゲットではなかったんだった。大丈夫大丈夫。
「これだから男子はバトルバトルって。女の子はあんまりバトルに興味はないんですぅ」
舌を出しながら眉を寄せてそう告げる俺に、そうなのか?とレオン。
まあ全員が全員そうだという訳じゃないんだろうけど、基本的に女性は戦いの内容云々より、ドラマや感情の動きを優先させているような気がする。
俺と一緒に特撮ヒーロー番組を見ていた姉は、最後まで見た上で
「ドラマが良かった」と評価を下しており、バトルに関しては「なんか色が変わって戦ってるなー」程度の認識だったからだ。
ソースは俺。
「そうなのか」
「昨日クローノさんのとこでそういう話をしてただろ。とにかくまあ、これを見せることは決定だから。劇団長のクローノさんなら分かってくれるでしょ」
ここで議論していても仕方ない。絶賛を貰えなかったことに多少の不満は残しつつも、俺たちはひつじ劇場に向かうことにするのだった。……のだが。
◆◆◆◆◆
「なるほど。アリスティア伝説とは驚いたね。勿論分かるとも」
「ほらぁ」
「ちぇ」
クローノの反応に胸を張る俺と、口をへの字に曲げるレオン。やはりちゃんと分かってくれる人はいるのだ。
──そう思っていた時期が俺にもありました。
分かるとも。そう告げた口で、クローノはこう口にした。
「う、うーん……。分かるよ?分かるとも。分かるんだが……、確かに良い話なんだが、これは受けるのかね? アクション少なくない?」
だあぁレオンと同じ反応するんじゃない! あとレオンもそこでドヤ顔してんじゃねえ! それ見たかじゃないんだよ!
「昨日言ったじゃないですか。女の子たちが見たいのはバトルの連続ではないんだって」
「う~む……」
まあ今までやってきたものとがらりと変えるのだから、いきなり大絶賛という訳にいかないことは分かってはいたのだが。ふう、と小さく息を吐き出すと、俺はこう口にした。
「すみません。あくまで、好きに口出ししていいと言われたから提案しただけのものですので、団長が気に入らなければ引っ込めます」
「あ、いや。いやいやいや! サースレオン物語が受けていないことはもう示されてしまっているからね。今回は君の案でいってみようとも」
俺の言葉を受けて肩をすくめると、クローノはそう進言した。釈然としない部分はあるが、これ以上は実際に客入りで証明するしかないだろう。うう、うまくいくかなぁ……? 今更不安になってきた……。
クローノはこちらへ目を向けると、「さて」と呟いた。
「配役なんだが……、ふむ。アリスティア嬢は君に演じてもらうとして、この本を見ると重要な男性キャラが二人いるね。グリンバーナ王国の王太子であるノーブル、隣国の辺境伯令息であり、騎士でもあるロゼットだ」
南信彦がいた元の世界では、誰でも気軽に小説を投稿したり読んだりすることの出来るインターネットサイトが流行っており、その中の女性向け小説ジャンルとして、令嬢が婚約破棄されることで始まる物語が流行ったりしていた。なんで。と思われるかもしれないが流行っているものは流行っているのだから仕方ない。
恐らくアリスティア・ミスティの話も、そうした婚約破棄モノの流れを汲んで誕生したのだろう。故にそのストーリーは実にシンプルだ。
お馬鹿なノーブル王子から婚約破棄されてしまったアリスティアが、隣国の王子ロゼットと出会って真実の恋に落ちるというもの。
胸糞あり、ハラハラあり、甘い恋愛あり、スカッと逆転ありという物語なのだ。
バトルは少ないが、後半のロゼット対魔族の決闘シーンは見所だぞ。
「うーむ……。──よし、メインの役であるロゼットは、サースレオンから続投してグラン、君に頼もう」
歩きながら考え込んでいた様子のクローノだったが、すぐに答えを出すと団員である若い男性へと声を掛けていた。クローノの言葉通り、先程の練習でサースレオンを演じていた男性である。
「──分かりました」
グランと呼ばれ青年がその場に立ち上がり、頷くように頭を下げた。短い銀髪に、すっと通った鼻立ち。切れ長の目をした彼はこの世界においてもなかなかの顔立ちと言えるだろう。レオンほどではないが、主演を務めていたこともあってこの劇団の雛形役者であることが伺える。
「もう一人は…………」
唸りながら団員に声を掛けて回るクローノであったが、どうにもしっくりこなかったのだろう。
「よし!」
彼が最後に声を掛けたのは、なんとなんと
「やはりこの中で選ぶなら君しかいない!」
「――――へ?」
我らが勇者レオンだった。
◇◇◇◇◇
そして時間は今へと戻る。
「こ、婚約を破棄するっ」
「もういいっつうの」
「ひ、一先ずこのシーンはここまでにしようか」
残念なことに、クローノが推したレオンは台詞をちゃんと覚えることが出来ない困ったちゃんであった。これにはクローノも苦笑を浮かべ、中断せざるを得ない。
ごほん。と咳払いすると、クローノはレオンへと声を掛けた。
「では先に、ノーブル対ロゼットの小競り合いシーンを演ってみよう。君、剣戟に覚えは?」
「ん。まあそれなりには」
何がそれなりだ。めちゃんこ強い癖によく言うよ。
かくしてシーンは飛んで二人の王子が対決する運びとなり、レオンとグランの二人には模造刀が渡された。
「こちらのグランくんはサースレオン役で剣戟の腕は随一と言ってもいい。まずは彼に斬り掛かってみてくれたまえ。……グラン、出来るね?」
「任せてください」
クローノの言葉を受けてグランも強く頷いた。そんな彼の前で、手にした剣の重さを確かめながらレオンが言う。
「なあ。これ、倒す気でやっていいのか?」
その言葉にぽかんとした顔を浮かべていたクローノであったが、ややあってはははと笑った。
「いいとも。では、始めてくれたまえ」
クローノの言葉に両者がその場で身構えた。グランはレオンの動きを捌くべく待ち受け、そしてレオンは。
ばきんっっっっ
「────は?」
一撃でグランの剣を弾き飛ばし、倒れ込んだ喉元に剣先を突き付けていた。
一瞬のことに、誰の理解も追い付かない。
冷えきった空気の中で、はた、と我に返ったのはレオンであった。
「あ。えと、これ勝っちゃ駄目なヤツだった?」
「駄目に決まってんだろが!」
そんなレオンに間髪入れず苦言を呈したのは俺だけのようだ。まあ、何が起きるか予想していた故、ではあるが。
「あのなぁ! 馬鹿王子が勝ったら話が滅茶苦茶になるわ!加減しろ!」
「だ、だってよー」
レオンのやつ、ただでさえくっそ強いんだから、倒すつもりで動いたらそりゃそうなるだろうが。
プリプリと怒る俺としょげるレオン。ややあって我に返ったクローノが場を治めると、彼は畏怖の目をレオンへと向けて口を開いた。
「い、いったい、君は……?」
「いったいって、そりゃノーブルとかいう王子──」
「彼は──」
クローノに問われた意味がよく分かっていないであろうレオンに代わって、俺がその場で口を開いた。
「彼は、レオン・ソリッドハート。勇者レオンと呼ばれている男です」
◆◆◆◆◆
それから一週間が過ぎ、次のクローノ劇団の公演日がやってきた。受けないサースレオン物語を繰り返すだけの劇団など、本来であれば気に止める者などいなかっただろう。
しかし今回だけは違っていた。
「さあさお立ちあい!二度とは観られない特別な公演だよ!悲運の令嬢と王子の愛の物語。演じるのはなんと勇者レオンとその仲間たち!主演女優はあのセタンタの偏屈翁、モグリフ教授が認めた逸材だ!今を逃したら二度と観れないよ!さあ買った買った!」
こんな謳い文句で呼び掛けられてしまったら、娯楽に飢えていたブゼル女子たちが放っておく筈もなく。
それまで全く売れずに五百枚程残っていたチケットが、瞬く間に完売してしまったのである。
「いやはや満員御礼なんて、この町で長年劇団を続けているけれど初めてのことだ」
これにはクローノも開いた口が塞がらなかった。彼曰く普段は十も売れれば良い方なのだとか。
舞台袖に隠れながらざわめく客席を伺う俺。セタンタでの講演といい、なんか最近壇上にいる機会が増えてる気がする。
「はー……」
幕の降りた舞台袖から客席を直接見ることは出来ないが、それでも恐らく満員であろうそこからは、期待に満ちた熱気がむんむんと伝わって来る。
ああ、分かるなあ。これあれだ。映画館で映画が始まる前のワクワク感。
客席で味わいたくもあったけれど、今は自分たちが楽しませる側なのだ。一週間という突貫ではあったが、出来ることはやった。後は出しきるだけだ。
「……いや、感慨に浸るのはまだ早いな。――さ、立ち位置にスタンバイ頼むよ」
「──はい」
「では、私は挨拶に行ってくるよ」
クローノに声を掛けられ、俺は袖へと引っ込んだ。
いよいよ始まるのだ。俺の初主演の演劇が。
「皆様大変長らくお待たせ致しました!」
幕の前へと歩み出た劇団長クローノが高らかに声を上げれば客席のざわめきも鎮まり返り。そして。
「これより当劇団による特別公演を開始致します!どうぞお楽しみ下さい!」
ジャーン!と景気の良いシンバルの響きと共に、いよいよ舞台の幕が上がるのだった。
次回、『薄幸令嬢と豪運王子』お楽しみに




