ブゼル『薄幸令嬢と豪運王子(前)』
「アリスティア・ミスティ。お前は自分がどうしてここに呼ばれたのか分かっているのか?」
氷の様に冷たい声に貫かれ、私は初めて顔を上げた。声のトーンに似つかわしい鋭い目が、階段の上からこちらを見下ろしている。
「分かりません」
私は乾いた口をやっとのことで開けると、一言だけ口にした。喋ったというよりも、絞り出した、という感覚に近いだろうか。それが精一杯だった。これ以上は声が震えてしまう。
「ならば今一度ハッキリと言ってやる。アリスティア・ミスティ。私はお前との婚約を破棄する!」
それは、断罪にも似た宣告であった。
私ことアリスティア・ミスティは、ブゼル、スーイエの町を含むフィックス領を自治するミスティ家の一人娘であった。父であるジョーダン・ミスティは伯爵であり、齢六十を越えていながら二つの町の自治の為に日夜尽力する誠実な男で、アリスティアにとって誇れる自慢の父親であった。
父もやっと授かった一人娘を溺愛しており、グリンバーナ王室の正当なる第一王子であるノーブルとアリスティアの婚約にこぎ着けたことは、ジョーダンから娘へ示せる最大の愛情表現であっただろう。何しろ王妃ともなれば、その後の人生の安泰が確約されたようなものなのだ。
また、ノーブルの父で、当時の王であったアルカムはジョーダンの才覚を買っており、またその娘が美しく聡明であったことも含めてこの縁談に大層乗り気であったこともアリスティアにとっては追い風であったと言えるだろう。
そう、問題はなかったのだ。
ノーブル王子が、あんなことを言い出すまでは。
「アリスティア・ミスティ。私はお前との婚約を破棄する!」
確かに、ハッキリと。ノーブル王子は冗談でも何でもない静かな怒りを滲ませてそう言い放った。
「婚約……破棄……?」
「なんだ? どういうことだ?」
「今確かにそうおっしゃっていたわ」
「まさかこんなめでたい席で……?」
周囲の観客たちもざわめきを隠せない。それはそうだろう。何せ今日はグリンバーナ王室百周年を祝う記念式典の当日なのだ。そこでこんな珍事に巻き込まれる等と、いったい誰が思うだろうか。
少なくとも私は、思っていなかった。
「……理由を、お聞かせ頂きますか殿下」
冷や汗が滲む。握った拳が震えている。それでもつとめて冷静を装う私に、ノーブル王子はこう告げた。
「理由は────、理由はだな…………、理由……………………ええと、なんだっけ?」
「カットカットストップ!」
「アリスティア・ミスティ。私はお前との婚約を破棄する!」
「やめろ! 一旦やめろ! 力押しで行こうとすんな!」
周囲からの、またか。という視線を浴びながら、俺はその場で嘆息した。
「お前ね……。自分からやるって豪語したんだから、もうちょいちゃんと覚えてくれよ」
「んなこと言ってもよー。難しいんだよ覚えるのとか」
俺の言葉を受けて、ノーブル王子ことレオンは口を尖らせた。
ファティグマの話はいくらでも覚えてるくせによく言うよ。
「とにかく、もう一度だな……」
「いやいや皆、素晴らしいとも!!」
と、横合いから声が掛けられた。顔を向けるとそこには、揉み手で柔和な笑顔を向ける商人風の男の姿がある。
「クローノさん」
「しかししかしまさか! 悲劇のアリスティア伝説をこんな形で演劇にしようとは! この私も実にたまげたよ」
そう言いながら、クローノ、と名乗った男は大袈裟なポーズを決めてみせる。
流石劇団長。いつでも芝居掛かって見えるのは職業病か。
そもそもが、何故今こんな状況になっているのか。それは、一日前に遡る。
◇◇◇◇◇
「ブゼルだ!!よーし魔道具屋に……」
「待てぃ」
町に入ってすぐ、浮き足立つレオンに俺はきっぱりと言い放った。
「船を確認する方が先だろーが。出航時間とか、スーイエに行く保証がなきゃ安心して滞在出来ないだろ」
「そん時はリューカに乗っていけばいいんじゃねえの?」
「まぁ! 頑張りますわ!」
「いやいやいや」
レオンの言葉に俺は肩を落とした。セタンタでの話し合いをもう忘れたんかこいつ。
「だぁからぁ、そんなことしたら町民が大パニックになるだろうが……! 誤解を解いて回るだけで一苦労なんだよ!」
そんなことが関係ない、例えばガルム山脈を越える、とかであればレオンの言った策は有効だ。まあガルム山脈にはイベントで行かねばならないのだが、それにしてもリューカで目的地までひとっ飛び出来るのと出来ないのとでは、労力に天と地程の差があるからな。
「まあとにかくそういう訳でリューカフライトは禁止だよ。大人しく船着き小屋に行こうぜ」
「頑張れませんでしたわ……」
いちいち可愛いなリュカたん。
そんなこんなで、ブゼルに入った俺たちは一路、湖に面している北西へと向かった。そこにはスーイエまでの渡し船を出している小屋があり、兄弟の渡し守がいた筈なのだが──。
「なんだアンタら、運が悪かったな」
事情を聞き終えた後で、渡し守兼店主であるボーガンは短いため息を吐き出した。ちなみに彼は渡し守兄弟の弟の方である。
「昨日兄貴がスーイエに船を出したんだが、今日になっても帰ってきやしねえのさ。たまにあるんだ。スーイエで油売っちまってよ。さてはあの客どもに引っ掛かったか?」
「客?」
「おお。昨日最後に兄貴が乗せていったのが、二人連れの女でよ。これがなかなかの美女ときた。しかもスーイエに急いでるんだと。どこぞの娼館から逃げ出したか、とにかくありゃ訳ありって感じだったな」
ボーガンの言葉に俺たちは顔を見合わせた。このタイミングでスーイエに急ぐ女二人連れときたら、間違いはないだろう。
「あいつらだね」
「イケゴニアの二人ですわよね?」
「だとすると、送った船頭はもう……」
「ちょっとバレナちゃん。そういうことは……」
「わり……」
「ん。アンタら、なんか知ってんのか?」
「あ、いやなんでもねえんだ。船がないのは残念って話さ」
慌てて取り繕うレオンを眺めながら、俺は小さく嘆息した。
アラクラ一人ならいざ知らず、ミセリアが付いている今、恐らく余計な殺しはしないだろう。彼の兄は無事な筈だ。
「とにかくそういう訳で、船が帰って来なきゃ話にならねぇ。悪いがまた明日来てくれ」
結局その場ではどうすることも出来ず、俺たちはボーガンにそう言われて小屋を出ることとなった。
「……今ミセリアが足のつくような殺しをするとは思えない。多分、船を壊したんだろうね。俺たちをここに足止めする為に」
「なあミーナ。やっぱリューカに乗って行くべきなんじゃないのか?ここでみすみす奴らを逃がしたら……」
レオンの言うことも分かる。足止めされている間にイケゴニアに逃げられたらどうするのか、という話だろう。まあ、そう考えるのも無理はない。ないが、それでも。
「問題はないよ。イケゴニアの本拠地はスーイエだ。連中、余程の思い入れがあるのか、そこから動かないんだ。だからここはじっくり行こう」
「なるほどそうなのか」
俺の言葉に納得してくれたのか、頷くレオン。しかしそうでもない人たちもいるようで。
「例えば町の外でリューカちゃんに乗って、スーイエの先で降りればいいんじゃない?」
「う゛っ」
「ミーちんさ、ひょっとしてブゼルの観光がしたいだけだったりしない……?」
「うぐっっ」
ぎくぎくっ。な、何を言い出すんだこの人たちは失敬な。
「ああん? 偉そうなこと言って、結局てめーの都合か? ミー公、ああ?」
「やめろー!」
ついには柄の悪いヤンキーに頭を掴み上げられてしまった。しかし仲間がそんな危機に瀕しているというのに、薄情かな誰も助けてくれないのである。結局俺は暴力に屈し、心情を吐露してしまうこととなった。
「だ、だって~! 行ったことなかったんだもん。飛ばすなんて無理ー!」
そりゃあブゼルはゲームでもセタンタやフィーブに比べればイベントはないけども! だからってこうして自身の目で見て、足で歩く体験は一期一会!唯一無二なんじゃあ!
「こんなこと言ってるがレオン、どうするよ?」
バレナが俺の頭を掴んだままそんなことをレオンに尋ねた。何だかんだと文句も言ったりするが、最終決定はパーティリーダーであるレオンに委ねているらしい。これは、他の面々も同様だ。レオンが決めたなら、それを覆すような真似はしない。でも頭は離してほしい。
「は~……。ったく、しょうがない」
問われて深く息を吐き出すと、レオンはこう言ってのけた。
「まあ、ミーナがそう言うんなら奴らが逃げることもないんだろ。幸い、奴らに喧嘩を売られたのは俺たちであって、誰かの命が脅かされてる訳じゃない。だったらここは船を待ってからでもいいだろ。情報収集も続けられるしな」
「レオン……!」
流石俺たちのリーダー、分かってくれてる! そんなことを考える俺に、レオンはずびし!と指を突き付けた。
「ただし! 調査の結果緊急性があると判断したなら、問答無用で先に進ませて貰うからな」
「あ、は、はい。それで、いいです。はい」
それは俺も異論はない。何より優先されるのは人命だからな。
そんなこんなでやっとこさ、俺はブゼルを巡る大義名分を得たのであった。……大変だった。
◆◆◆◆◆
「聞いた話だと、ブゼルには娯楽関係の施設が多いらしいんだよ」
「娯楽?」
「そそ。劇場やら遊戯場やらな。あと娼館とかも沢山あるって」
言ってしまえば、本筋に関係ないミニゲームが豊富な町、と言ったところか。
R-18版だとちゃんと娼館イベントもあるし、このイベント限定のスチルや見たことで得られる特殊称号なんかもあるのだが、当然ヒロインたち全員からの好感度は激しく下がるので覚悟が必要だったりする。まあ直前でセーブしちゃえば関係ないのだが。
「ほーん……」
「レオン……?」
何かを思案するように呟くレオンであったが、ウィズからの声掛けに小さく首を振ると嘆息し、
「まず先に、魔道具屋に行かないとな」
と苦笑混じりに口にした。……まあ、禁欲生活を強いられてるんだもんな。レオンくんは。俺だって信彦状態で同じ状況に置かれたらとっくに気が狂っていたかもしれないし。立派だよ彼は。
「……にしても」
そうしてブゼルの町を歩いていた俺たちだったが、ややあって口を開いたのはバレナであった。
「なんかやたら若い女が多くねえか?この町」
「……確かに、そうね。女の子の他はご老人が多いみたいだし、男性よりも多く見えるのは不思議だわ」
ウィズもその後を受けて首を傾げる。彼女らの言うように、通りには老人たちに混じって、十代であろう少女たちが多く行き交っていた。ああ、と俺も頷く。
「なんでも、若者は出稼ぎや志願兵とかでセタンタに出ていっちゃうから、元々ブゼルは年配者が多い町だったみたいよ」
「若い女は?」
「フィーブから逃げてきた女の子たちだね」
「あー……」
そう聞かされれば、皆も納得した様子である。デルニロの生贄問題が発生していたフィーブでは、そんな町に居られるかと町を脱出する家族や少女たちが後を絶たなかった。そんな人間が移住先に選んだのがブゼルだったのだ。
「セタンタは既に人で溢れていて、余所者が移り住むには厳しいんだ。だから若者が離れて少し寂れていたブゼルはうってつけだったって訳。活気が戻ってブゼル側も嬉しいし、ウィンウィンなんじゃないかな」
「なるほどなぁ」
そんな話をしながら魔道具屋を目指す俺たちであったが、ふと、その足を止めていた。とある建物前でのやり取りが目に入ってきたからだ。
「もう無理です!」
「そんなことはない!頼む!君に今抜けられたらウチは終わりなんだ!」
「元々客なんていなかったじゃないですか!とにかく、私もう無理なので!」
「ああ!待ってくれ!!」
若い女がぷりぷりと怒りながらその場を去り、引き止めていた中年の男がその場に崩れ落ちていた。痴情のもつれ、というやつだろうか?
「……俺たちにゃ関係ない話だな。行こうぜ」
「うん……」
レオンに促され、俺も別に異論はなくその場を立ち去ろうと思ったのだが。ふと見上げた建物の看板に見える文字に目を奪われてしまった。
『ヒツジ劇場』
それは、ブゼルにある劇場の名である。ゲームでは中に入ると演劇を行っている様子が見れたりする娯楽施設で、攻略に直接関係があったりする訳ではないのだが──、
「あの、大丈夫ですか?」
「ミーナ!?」
気付けば、男に声を掛けていた。俺の声にはた、と顔を上げた男は、鼻の長い──どちらかと言えば愛嬌のある顔立ちをしている。
「君は──」
俺の、そして俺たちの姿を見て息を飲んだ後、言葉を詰まらせる男であったが、ややあって旅人の一団であることを察すると、慌てたように立ち上がった。
「やや、これは失礼。お恥ずかしい所を見られてしまったね。私はクローノ。この劇団の団長を務めている者だ」
「クローノさんですか。私たちは、えっと……」
どう言えばいいのかな?勇者パーティを名乗っても良いものなのか?そう思ってちらりとレオンに目を向けると、そこには何とも憮然とした顔があった。
そんな油なんか売らずに、さっさと魔道具屋行こうぜ。と、その目が告げている。うんうんなるほど。と俺。
「えっと、旅のもの、なんですけど……。先程のは一体?何か揉めていたように見えましたが」
「おいっ」
ついに口出ししてきたレオンをさておき話を聞こうとすると、クローノと名乗った男は気さくな様子でこう口にした。
「いやぁ、ちょっとね……。あ、そうだ君たち! もし良かったら中を見ていかないかい?公演ではないけれど、練習風景なら見せられるかもだ」
えっ、この世界の演劇が見られる……!? それは是が日にでも……、いや、既に結構我が儘言っちゃってるし、これ以上は流石にまずいよな。ああでも見たいなぁ……!
チラッチラッと覗く俺の熱い視線を感じたのだろうか。レオンはため息を吐き出すと、周囲の面々に目を向けた。
「だ、そうだが。みんなはどうだ?」
「……ま、いいんじゃね?」
鼻を鳴らしながらそう呟くのはバレナである。「うんうん」とそこにスルーズも同意する。
「船もすぐ来る訳じゃなさそうだしねぇ」
「そうね。これも何かの縁でしょうし」
普段その手の予定外を忌避しそうなウィズも、今回は好意的である。すわ満場一致かと思われたが、意外な所から待ったが掛けられた。
「お待ちなさい! わたくしは反対ですわ!」
「えっ!? リューカ? なんで?」
楽しいことなら大歓迎なスタンスだろうと思われたリューカが、まさかのノーを宣言したのである。驚いて尋ねる俺に、リューカはふんすと鼻息を荒くしながらこう告げた。
「だってもうお腹ペコペコなんですもの!」
◆◆◆◆◆
「おいひいれふわぁ!」
「悪いな……。昼食まで用意してもらっちまって」
ヒツジ劇場内の休憩室にて、リューカはパスタをモリモリと食べていた。劇団にいる料理担当スタッフに作って貰ったのだ。
「いやいや、これくらいはね」
そう笑うクローノを、レオンはじっと見つめている。俺はと言えば、ちらりと見える舞台の上で団員が稽古をしている様子に釘付けであった。
「偉大なるサースレオンよ!どうしても行かれるというのか!」
「ああ、嘆くな友よ!これは私がやらねばならぬのだ!」
おや……?
「あの、クローノさん。この劇って……」
「ん? 今やっているこれかい? これは、サースレオンの生きざまを一つの物語として劇にしたものなんだ。……といっても、彼の生涯はほとんどが謎だから、ほぼ創作だけれどもね。彼に恋い焦がれる町娘が彼の旅に着いてきてしまい、波乱の後に哀しき別れが……なんてね」
サースレオンか。ほんと有名人なんだなぁ。そんなことを思いつつ俺が目線を練習風景に戻そうとした時、隣のレオンが静かに口を開いた。
「クローノさんよ。俺は腹芸とかそういうのが苦手でね。なんでズバリ聞いちまうぜ? 何が目的だ?」
「え? いやそんな」
「劇団の団長であるアンタが、昼食を用意してまで一介の旅人集団を歓迎するのは不自然だって話だよ。何か俺たちに用件があるんだろうが。回りくどいことはしないでさっさと言ってもらおうか」
畳み掛けるように言葉を浴びせられると、和やかだったクローノの表情が険しいそれへと変化した。俯き、言葉を詰まらせるようにむむむ……、と唸っていたクローノであったが、ややあって観念したようにその顔を上げた。
「分かった。白状しよう。──君たち、どうか我が劇団に入ってくれないか……!?」
「────はい?」
予想外の言葉に、問い詰めたレオンも目を丸くしている。クローノはぽつりぽつりと、やがて堰を切ったように語り始めた。
「今やっているこの劇、あまりウケていなくってね。ウチの劇団は今火の車なんだよ。それで賃金の支払いは待って欲しいって言ったら、……君らも見た通りさ。主演女優に去られてしまったという訳だ」
さっき怒って立ち去ったあの子、主演女優だったのか。
「それで絶望に暮れていた時、通り掛かったのが君たちだ。……これは偶然じゃない。……特に、君だ」
そうしてクローノは、とある一人にずい、と身を寄せた。
「あーし?」
まさか指名されると思っていなかったのか、驚いて身を反らすのは、スルーズである。クローノはここぞと彼女に言葉を畳み掛ける。
「いや、一目見てビビっと来たんだ。君なら最高の女優になれる……!それだけの美貌を君は持っているんだ!」
「え~? 照れるなぁ」
「こら。照れてる場合か。……クローノさん、悪いんだが──」
「それから君もだ」
「へ?」
牽制しようと口を開き掛けたレオンであったが、クローノはそんなレオンにさえ顔を寄せた。たじたじになって、思わず引き下がるレオン。
「その顔立ちの良さ、そして胆力……!君も花形になれる素質がある……!」
「な、なんだよ急に!? ほ、誉めたって別にだなぁ!」
そんなことを言いながらも、秒で絆されそうになっているレオンである。まったくチョロいったらない。
──俺は何言われても靡かねーぞ。
「そっちの君も、実にアクション向きな体格だ素晴らしい!」
「君は表情がいいな。笑顔の中に様々なものを内包している、演技向きだよ。そのプロポーションも、舞台の上では映えるだろう」
「そっちの大きな君はなんというか、インパクト抜群だな!一度見たら忘れられない──劇団員にこれほど欲しい存在も中々いないだろう」
続いてバレナ、ウィズ、リューカが称賛を浴びせられている。そうしてこちらにも目線が向くと……、
「とにかく、君たちは素晴らしいんだ!是非我が劇団に!」
あ! こいつスルーしやがった! 一人だけなんか華がなくてしょっぱいからって!のヤロー!分かっちゃいたけどもさぁ!
「あ、じゃあちょっと見学してくるね」
やいのやいのやっている一団から離れ、俺は舞台袖から練習風景を眺めさせてもらうことにした。別段ショックを受けたとかそういう訳ではない。そもそもが、レオンを含めたクエハーヒロインズはビジュアル面でも別格なのだ。そこに自分も混ぜ込もうとか、天地が引っくり返っても思ってはいけない訳で。
別にショックでもなんでもないんだからねっ!
『魔王との戦いに敗れ、逃げ延びたその先でしかし今、サースレオンの命の火は、消えようとしていた』
「ああ。我が命が尽きる……! 私は君に、何も残すことが出来なかった。それが私は心残りでならないのだ……!」
舞台では、ナレーター、サースレオン役であろう男、そしてサースレオンを抱いている別の男の三人がいた。
……もう一人は誰なんだ?
「そんなことはございません。サースレオン様。私はもう、素晴らしいものを沢山貴方から頂きました」
あ、あーなるほど! 町娘か! 主演女優がいなくなっちゃったから、代役立ててんのか!
それで納得した。今やっているのは、サースレオンの死という劇のクライマックスシーンだ。死に行くサースレオンとそれを受け入れる町娘。二人の対話で幕を閉じる、物語にとっての肝となる名シーンなのだろう。
昔を、思い出すなぁ……。
この空気感。熱気。室内でありながら実際にその世界、時代を思わせるような──まるで魔法が掛かったかのような不思議な空間を、俺は覚えている。
(俺だったら、どうやるかな)
不意に、そんなことを考えた。今は女の体ゆえ、当たり前に女の役も出来るのだ。もし俺が、町娘の役ならば。
……それって、今とそんなに変わらないな。二人の関係は、俺とレオンみたいなものだったのだろうか。
だとしたなら、サースレオンとの死別ってのは、それはつまり──。
あ、やだな。それ。絶対嫌だ。受け入れられる訳ないじゃん。俺、だったら。きっと。
「――サースレオン様」
ぽつりと、零すように声が漏れた。
「サースレオン様。貴方は私に、沢山のものを下さいました。あの時も、あの時も。輝く思い出が、私の中に沢山」
俯き、サースレオンを抱くその腕に力がこもる。その顔に、しかしぽとりと雫が落ちた。
「いらない。全部、いらない……! そんなもの!貴方がいない世界で何の意味があるの……!? お願いだから死なないで! 貴方が生きてさえくれるなら、私は何を捧げたって構わないの。サースレオン。お願い、お願いよ……」
声が震える。目の前の現実を受け入れられず、溢れた感情が涙となって落ち続ける。
ああ、きっと。こんな気持ちだったんだろうな……。
ぼんやりとそんなことを考えた俺は、ふと周囲が静まり返っていることに気が付いた。
「ぇ、ぁ、あれ……?」
そしてそこで、自身が何かを抱えるポーズで泣いていたことに気付かされた。
……ええと、つまりこれは。──俺、やらかしたのでは……?
どうにも先程の妄想は、全て俺の口をついて外に飛び出してしまっていたらしい。しかも本物の劇団員の前で。なんという恥知らずであろうか。死にたい。
ごしごしと腕で顔を拭った後で、どう謝罪したものか顔を上げた俺の眼前にあったものは、クローノの顔面であった。
「うわっ!?」
「君だ。たった今決定した」
「な、なに──が……?」
芝居めいた大仰な動きで俺の肩を抱くと、腕を広げてクローノはこう宣言した。
「次の舞台女優は──君だ!!!」
────────────なんですと?




