ルード平原 『勇者、叱られる』
さて、時は現代へと戻る。セタンタで大立ち回りを演じた勇者一行は街を出て、一路次の目的地であるブゼルを目指して歩いていた。
──のだが。
「ううううう……」
しかし道を歩きながら、勇者レオンは泣いていた。感動の涙ではない。失意と後悔の涙だ。
何故こんなことになってしまったのか。なんで、どうしてと疑念が口から溢れる。
彼にいったい何があったと言うのか。
「んなもん、決まってんだろうが」
そんなレオンに、目を冷ややかに細めたバレナからの声が飛んできた。
「そんな毎日百回以上繰り返し聴きまくってたら、そりゃぶっ壊れて当然だろうが!」
「そんなァァァ……!」
そう。勇者レオンの歌を録音した魔道具が、常軌を逸した繰り返しの再生に耐えかねてついにオーバーヒートを起こしたのである。この事実にレオンは耐えきれず、この世が終わりを迎えたかのような絶望の慟哭を上げ膨出の涙を流していたのである。
「ほんっとにうっせーんだよアレは!」
「歌ったあーしが言うのもなんだけど、勇者サマさ、物事には限度ってものがあるんだかんね」
「こればかりは言われてもしょうがないんだぞレオン。お前がすべき事は反省だ」
「いや、でも……」
「レオン? こんなこと言いたくないんだけど、貴方は常識を学んだ方がいいと思うわ。あんなことをして、みんなの睡眠に影響が出ているのよ? 今魔王軍が来たらどうするの?貴方の個人的な嗜好に口を挟みたくはないのだけれど、もう成人しているのだから、分別はしっかりつけるべきだと思うの」
「……はい」
全く気にならず寝ていたリューカを除いた女性陣に、慰められるどころか非難を轟々に浴びせられたレオンは、目に見えて落ち込んでしまった。特にウィズ姉にガチめに説教されたのが効いたようだが。
「勇者なんて名ばかりの、俺なんて虫よりも価値がないポンコツです……」
終いにはこんなことまで言い出してしまった。勇者の歌ハードリピートについては辟易としていたが、これはこれで面倒な事この上ない。
「んっんっ……。あー……、ええとだな」
わざとらしく咳払いをした後で、俺はレオンの方にちらりと視線を向けると口を開いた。
「次に行くブゼルには、有名な魔道具屋があるらしいぞ。もしかしたらそいつも直してもらえるかもよ?」
「マジか!?」
「う、うん……」
あまりの食い付きの早さに気圧されるも、俺はこくこくと首を縦に振った。
「よっしゃーッ!!目指すはブゼル!!」
「レオン……?」
「ひっ……、と、とにかく行くぞみんな!」
ウィズには未だ怯えているようだが、直るかも。と聞いただけで元気一杯になったらしい。なんと単純な奴だろうか。明るく跳び跳ねるレオンとは対照的に、バレナは眉間にシワを寄せて口を尖らせた。
「お前なんてこと言うんだよ。あれが直ったらまた……」
「分かってるよ。大丈夫多分直せはしないから」
あくまでこの場だけの希望である。舌を出す俺に、「わっりぃ奴」と苦笑するバレナ。と、
「まったく……。――それで、ミーナちゃん? その魔道具屋って、どんな店なの?」
魔法使い職として気になるのだろう。珍しくウィズが会話に口を挟んできた。
「ええと、ソフィアから聞いた話ですと、なんでも、『ナイアス魔道具店』とかいって、今はない町、ナイアスの名前を──」
「ナイアス……!?」
俺の言葉を受けて、驚くように目を見開くウィズ。なんでそんなに反応を──あ。
その瞬間、ほどけていた俺の記憶の糸が繋がった。ナイアス、ナイアスか!
毎度お馴染みクエハー設定資料集。そのウィズの項目に書かれていた筈だ。そう。彼女は魔王軍に滅ぼされた町、ステンシアに生まれ、これまた滅ぼされた町であるナイアスに逃げ延びて一年ほど過ごした経歴があるのだ。こう考えるととんでもないハードな人生だなぁ……。
「昔ね、ナイアスに居たことがあるのよ。だから驚いちゃって」
そんな苦難を微塵も感じさせず、ウィズは微笑みながらそう口にした。やっぱり強いな。と思う。
「じゃあ、是非行ってみましょうか。ナイアス魔道具店」
「ええ、そうね」
二人で笑い会う横でバレナは、
「万一にも直ってほしくねーんだが……」
と、小さくぼやくのであった。
◆◆◆◆◆
「皆様、何か見えましてよ」
それから更に歩き続けること数日。時折近寄って来る魔物や動物を蹴散らしながら平原を進んで行く一行の前に、遂にそれは姿を現した。
「おー!」
右手に広がる雄大なナテン湖、そして正面には横長の石壁が見えている。町を囲むように作られているそれは。
「おお。ありゃ城壁だな。ブゼルだ! 良かった、これでまた歌が聴ける……!」
完全に行けば直ると思い込んでいるレオンはさて置き、ここでブゼルについておさらいしておこう。
歓楽街ブゼル。その名の示す通りに歓楽が充実した街であり、街の中央には劇場や闘技場、まさかの賭場などが堂々と開かれている。
ゲームのクエハーでは、闘技場で優勝したり賭場でのミニゲーム(ポーカーや神経衰弱)に勝ち続けることによって資金稼ぎが出来る為、この街で荒稼ぎするプレイヤーが多い印象だ。
「おーいミーナ!行くぞ~!」
おっと。そんな解説をしている間に、レオンを筆頭にみんなはブゼルへと急いでいた。俺も慌てて後を追う。
「待って待って!」
さて、鬼が出るか蛇が出るか。期待と若干の不安を胸に抱きながら、俺は新たな街へと足を踏み入れた。
ああ。まさかそれがあんなことになるなんて、この時の俺は思ってもいなかったのだ。
…………などと言ってみたり。
◆◆◆◆◆
「な、なにするんだアンタら!?」
そして、スーイエ側にあるナテン湖のほとりにて、船頭であるイーガンは大きな声を上げていた。理由は、今正に彼の目の前で沈み行く船にあった。
「これじゃあブゼルに戻れん!商売上がったりだ!弁償出来るのか!?」
怒りを隠すことなく、イーガンは目の前の相手に詰め寄っていく。しかし、彼の怒りも尤もであろう。
眼前には二人の女性客がいる。彼女たちが──正確には二人のうちの片方が──スーイエに到着したと同時に渡し船を破壊したのである。
小柄に見える少女が如何にして船を転覆させる程のダメージを与えたのかは分からない。しかし、事故ではなく彼女が故意にそれを行ったのは確かなのである。
「おい!何とか言ったら──ひぃっ!?」
間近まで詰め寄ったイーガンであったが、その喉元にナイフを突き付けられて短い悲鳴を上げた。
眼前にいる小柄な少女は、まるでゴミでも見るかのような眼差しをイーガンへと向けている。
「船を渡されると僕らが困るんだよ。悪いけど、始末しないだけありがたいと思って諦めて」
お前の命に興味などない。気まぐれで殺さないだけだ。そんな意味合いの言葉を投げ掛けられて、イーガンは息を飲み込んだ。眼前の短剣は、少女の言葉に嘘がないことを何より雄弁に物語っている。
「わ、分かった……」
何事も、命あっての物種だ。イーガンはその場からゆっくり後ずさると、やがて脱兎の如く逃げ出していた。
「──ふう。やっといなくなった。……アラクラ、起きてる?」
「…………え、ええ。無事よ」
イーガンが走り去るのを見送ると、少女──ミセリアは小さく息を吐き出した。
ぽんぽん、とアラクラの体を叩きながらそう告げると、アラクラからは多少ずれた回答が帰ってきた。今の彼女は殆ど耳が聴こえていないのだ。故に雰囲気やニュアンスから判断しての返答だろう。
「──そう。なら良かった。これで時間は稼げる。それじゃあ教会に行こうか」
「…………」
爆音を間近で浴びて鼓膜が破壊されてしまったアラクラには、恐らくミセリアの言葉は届いていないだろう。
それでも妹分が自身の為に動いてくれている事は理解出来るのか、アラクラはミセリアに己を委ねている様子であった。
「……それにしても、妙だな……」
手を引いて町を歩きながら、ミセリアはぽつり、と呟いた。
町の雰囲気が、これまでと異なっている。今まであった当たり前の喧騒がなくなり、随分と物静かになっているのである。
「…………」
人間がいなくなった訳ではない。人は相変わらず町中に溢れており、目に見える光景は以前と変わりない。
しかし、そこに活気がまるでないのだ。人間はただそこにいる。ただ歩いている舞台装置と化しており、会話をしていない。皆一様に無言で動いている様は、異様ですらあった。
(なんだこれ……? この町に何があった……?)
しかし、考えた所で答えは出ないだろう。ミセリアは無駄な討論に思考を使うことを止め、教会目指して真っ直ぐに歩き始めるのだった。




