フラウ①
何事もなく森を抜けた私達はそのまま町に向かって歩き続けた。
こういう移動に時間がかかると否が応でもここがゲームと違うことを意識させられる。
ゲームでは画面を切り替えるだけで素早く移動ができ、マップ自体も圧縮された表示のためそれほど広くは感じない。
私の家から森の出口までも最短でコントローラーを捌けば一分もかからず踏破できる。
だが、今はフラウに合わせて歩いて少し遅くなったとはいえ、少なく見積もっても三十分はかかっている。
そう考えると、マップの知識はあまり当てにならないものとして動いた方がいいかもしれない。
「ルナおねーさん。早く早く!」
いつの間にか町の入り口が見える所まで来ていて、私の手を離したフラウは数歩先で待ちきれないと言わんばかりに私を呼んでいる。
実を言うと私も楽しみで、心臓の鼓動が聞こえるんじゃないかと思うほどにドキドキしている。
私は行く先すべてが未知の世界。
その光景に心を躍らせて、私はフラウの後ろ姿を追いかけた。
◇
「ルナおねーさん! ここからでも人がいっぱい分かるね!」
「そうだね。でもフラウは自由気ままに風に乗って動き回るからこういったところにはよく来てるんじゃないの?」
近づいた入り口を遠くから見てもたくさんの人が行き交っている様子が分かり、フラウははしゃいでいる。
如月瑠那だったころの私に兄弟姉妹はいなかったから、妹がいたらこんな感じなのかな、なんて考えながら返事をすると、ついいつもの癖で本来私が知っているはずではないことを話してしまう。
「なんでおねーさんはそんなに私のこと詳しいかなー? でもちょっと外れ。人が多いところは近づかないようにしてるんだ。弱いとはいえ捕まって無理やりしたくもない契約させられるのは嫌だからね」
そうだった。
彼女達精霊には契約者を選ぶ権利がある。
人柄でも波長の良さでも理由は何でもいいけど、ただ一つ――――人間が精霊に認めてもらえて初めて契約を結べるということは忘れてはならない。
だが、ある時期から精霊の意思を無視して無理やり従わせようとする精霊狩りという非道な行為が行われるようになった。
精霊との絆がこれっぽっちもない一方的な支配だから引き出せる力は普通の契約よりも少なかったが、ゼロよりはマシだとの考えで精霊狩りを行う者は後を絶たなかった。
そんな悲惨な過去を持つ精霊たちは人間との関りを絶って、精霊の里で隠れて暮らすようになった……ゲームでは特に触れられてないが設定集を読んだ感じだとこういう設定のストーリーだったはず。
「フラウは人間――――――――私のことが怖くなかったの?」
私はゲームの知識で彼女のことを知っていたし、彼女が契約に応じてくれる可能性も高いことが分かっていた。
それでもフラウからしてみれば私は見知らぬ人間。
よく私の家の扉を叩けたものだと今になって思う。
「道に迷って出られなくなって……困ってたところで見つけたのがルナおねーさんの家。確かにノックするのはちょっと怖かった。でも、扉の隙間から顔を出したおねーさんがとても優しい人だって分かったから大丈夫だったよ!」
「私が? どうして?」
「おねーさんもしかして忘れてるの? 私は精霊。人の心だってなんとなく分かるんだよ?」
ああ、なるほど。
精霊は邪悪な心には敏感なんだっけ。
それなら納得だし……ちょっと恥ずかしいけど嬉しいな。
「ありがとう。信じてくれて」
私は照れ隠しのようにぼそりと小さく呟いた。
フラウが手を握る力を強めたから聞こえてしまったかと思うと私は余計に恥ずかしくなった。