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カーニバルのメイン会場は町の外れにある『魔神アブドラの広場』と呼ばれている場所だった。
「なんだその名前」
首をかしげたフォウに、珊瑚が黙って、広場の端にある丘の上を指さしてみせた。
「げ」
そこには町の規模を考えれば大げさともいえるほどの、巨大な像が鎮座していた。
しかもその姿ときたら、どう見てもおとぎ話に出てくるランプの魔神じみている。
下手をすればどこかのアニメ会社から訴訟でも起こされそうな、子供がアラビアと聞いてイメージするであろうでたらめな衣装に身を包み、偉そうに片手を天に差し伸べて何かを指さしているのだ。
「しっ。あれ、なかなかたいそうな代物なのよ。なんでも、地元出身の彫刻家が生まれ故郷への感謝のために自作の像を寄贈したってことで。その業界ではお前の知られた有名な作家なんですって」
「ワケわかんねえよ。いくら有名な彫刻家だからといって、なんで地元への感謝でアラビアンナイトもどきの魔神像を作るのさ」
「それはもう、芸術家のすることだから」
二人のやり取りを微笑ましく聞きながら、和彦もその石像をあおぎ見てその珍妙さをしみじみと鑑賞した。よく見れば足もとには小難しそうなタイトルが掘りこまれているが、それを根拠にすれば、たぶん彫刻家自身はこの像が今、町民から魔神アブドラと呼ばれていると知ればカンカンになるものと思われた。
もっとも、町民は長年親しんできた彫刻に秘められた思いなど、気にしている様子もない。
それどころか、入口にはちゃっかりと『魔神アブドラの本物がやってくる! びっくりマジックショー』などという看板がかけられていた。
広場にはすでに商店街の出張による屋台が組み立てられていた。
定番の風船釣りなどをのぞきこんでいる小学生の姿もある。
見渡してみれば、やはり家族連れが多かった。
奥まったところに派手な色のテントが建ち、入口ではボランティアの男子高校生がチケットを受け取っていた。
珊瑚だけでなく他の高校生たちも必死で客引きを繰り広げていた証拠に、中へ入っていく家族はたいてい、高校生のうちの誰かの知り合いのようだ。
売り場の一人が顔をあげ、珊瑚に気付いて手を振った。
「おおーい、九条さん!」
弾んだ声を出したすぐ後に、珊瑚の隣に立つ和彦の姿に気付いてウッと息を詰める。
フォウはその高校生が気の毒やら可笑しいやらで、噴き出しかけたのを危うく空咳でごまかした。
そりゃあ、あこがれの学校一の美少女の脇に絶世の美男子がいれば、言葉を失うのも無理はない。
「あら、副会長」
珊瑚のほうは、男子学生の密かな衝撃にも全く気付いていない。そもそも、自分が学校一の美少女といわれ、多くの学生たちの魂を惑わせていることもご存じない。そういうところは和彦と似ているのである。
「ほーら見て。ちゃんと町の外からお客さんを連れてきてあげたわよ。それも、大人の男が二人! 子供連れの親子や敬老会の人たちの中におけば、貴重な色どりになること請け合いよ!」
「そ、そうだね……あの、九条さん、その方たちは……?」
「うちの村の人」
「えっ。九条さんの村って限界集落だと言ってたよね」
「だから、その村の貴重な若い人材を根こそぎ持ってきてあげたんだから、もっと感謝してくれないと」
無理もない。珊瑚をときおり迎えに来る和彦のことを見知っている物理部の女子連中とて、和彦の美貌には毎回大騒ぎを繰り広げるのだ。ましてやこの顔この姿が好きな女の子についてきたのを見れば、呆然自失するしかあるまい。
こういうときに自分が空気と化してしまうのは、フォウにとっても慣れたもの。
お気の毒様とばかり副会長の手の中へチケット三枚を押し込み、珊瑚と和彦の背中を押してさっさとテントの中へ入ることにした。
「へえ、なかなかがんばってるじゃん」
素人仕立てとはいえ、中には一応、舞台らしきものができていた。
入口の看板と同じ筆跡で、マジックショーと書かれた横断幕が天井からぶらさがっている。
座席はさすがに折り畳みイスを並べただけの簡素なものだが、その半分くらいはすでに人で埋まっているので、まあ上出来というところだろう。
中央の最前列という一番いい場所の三つに予約のロープがかけられ、そこに珊瑚の名前が書かれていた。
これもさっきの副会長の心づくしであろう。
というか、下手をすれば自分が隣に座る気満々だったのかもしれない。
「珊瑚ちゃん、真ん中に座りなよ」
「えっ、どうしてフォウくん」
「いいから、いいから。和彦さんは向こう側に座って。俺はこっちに座るから」
あとで九条にあれこれ言われることを思えば、いくら気の毒でも、あの副会長はブロックしておくに限る。
一方の珊瑚も、ほのかに想いを寄せる和彦の隣に座れて嬉しくないはずがない。
しかも反対側にはフォウがいて、気のおけないおしゃべりも楽しめる。
はしゃいで二人であれこれ話していたら、和彦にしいっと叱責されてしまった。
「そろそろ時間だよ。静かにしないと」
「はーい」
二人でそろって居住まいを正すとすぐに、テント内の照明が暗くなり、ステージにスポットライトが当たった。
それなりの観客の拍手を受けて現れたのは、なかなかにくたびれた感じの男が三人。
珊瑚がひそひそ声で教えてくれたところによると、右端は市長で、左端が校長先生とのこと。
ということは、真ん中の見知らぬ中年が件のマジシャンらしい。
鳴り物入りで呼ばれてきただけのことはあって、彼のマジックは一応、さまにはなっていた。
腕ギロチン、トランプによるフュージョン、帽子からはハトも出た。
だが、さまになっているのと面白いのはまた別の話である。
こういうとき、もっとも素直なのは子供の反応だ。
ステージ上ではマジシャンが次のマジックについての説明をしているというのに、ごそごそ動き回ったり大きな声を出したりして、引率者の大人を困らせ始める。
マジシャンのほうも、プロならば客席のそういった雰囲気を察して何かパフォーマンスをするのだろうが、彼はとにかく予定したマジックを継続することに必死になっているので、よけいに始末が悪い。
そのマジックがまた定番のものであるうえに、お喋りも上手でないときた。
慌てて助手を務めていた市議会議員がへたくそな突っこみを入れようとして、マジシャンから睨みつけられてしまうのだからこれまた話にならない。
校長先生が必死で会場へ目を向け、あちこちに座っているサクラの高校生へ目くばせを始める。
しかたなしに高校生が拍手をしたり掛け声をかけたりするけれど、いったん盛り下がった舞台を救うのはなかなか難しい。
「うわー……なんかちょっと気の毒になってきたなあ」
フォウも居心地の悪さに、モゾモゾし始めた。
「どうしようか。俺が飛び入りで火の輪くぐりでもしてやったほうがいいかな」
「やめてよ、フォウくん。プロの霊幻道士に目の前でそんなことされたら、あの人のプライドがズタズタになっちゃうわ」
「二人とも、何を言ってるんだ?」
和彦だけが大真面目で首をかしげている。
「あの人はちゃんと自分の仕事をこなしているじゃないか。特に失敗もしていないし、手順どおりに進めようと、とても真剣にやっている。それなのにいったい、なんの問題があるんだ?」
「あー……和彦さんとショービシネスってのは、あまりに食い合わせが悪すぎて、どう説明していいか困っちゃうなあ……」
完全にダレてしまったステージ上と客席に挟まれ、途方に暮れたフォウがやたらと首を振った。
珊瑚も他に方法がないので、生徒会役員と一緒になってやたらと拍手をしている。
そうしていると、急に出口のあたりが騒がしくなった。
飽きた子供たちの叫びとは違う。
何やら興奮した囁きがそのあたりから客席に広がっていく。
中にはすぐさま立ち上がり、出口に向かう客もいる。
どうやら外で、よほど面白い見世物が始まったらしい。
「あっ。まだショーは終わっていませんよ!」
「ここからが面白いんです! どうか席にお戻りください」
慌てた市議と校長が声を張り上げ、マジシャンは怒りと当惑で顔を青くしたままステージに棒立ちになった。
「でも、おかしいわ」
潮が引くように退出していく客を見やって、珊瑚が眉をしかめたまま首を傾げた。
「なんたってこの広場でのメインイベントはこのマジックショーなんだから、それをやってる時間帯に別の出し物を外でやるなんてこと、あるはずないのに。食べ物屋台でさえ終わるまで売り始めちゃダメって、それは厳しいお達しがきてたのよ?」
そう言っている間にも、客はどんどんテントから出て行ってしまう。
しかも、次第に勢いまでついてきた。
さすがの和彦でさえマジシャンから視線を外し、戸惑った顔で腰を浮かせる。
移動する人々が交わす声も漏れ聞こえてきた。
「魔術師アブドラだってよ」
「えっ。あの、丘の上の彫像と同じ名前?」
「そうそう。その化身だというふれこみで、アブドラの像の下でちょうど今、すんごい魔術を披露してるんだって」
「すごい魔術って、どんな?」
「なんでも、催眠術らしいよ。どんなに意志強固な頑固者が相手でも、ひと目見ただけでなんでも言うことを聞かせちゃうんだって」
それを聞いて、フォウも片眉を吊り上げた。
マジックと催眠は、似ているようで非なるものだ。
あくまでネタがあって、それを熟練した手先の技や会話術で魔術のように見せる奇術は、それがどんなに不思議に思えようが、手品の一種に過ぎない。
一方の催眠術ショーというのは、かける相手が自分の助手やあらかじめ仕込んだサクラでない限り、人の精神に干渉することを目的とした心理学の手法を使って行われる、危険な舞台芸である。
そうして、人々の囁きを信じるとすれば、その魔術師とやらは手あたり次第、誰にでもその技を使っているらしい。
「これは舞台催眠ショーというパフォーマンスにすぎないんだ、と本人たちはよく言い訳するんだけどさ」
フォウは顔を嫌悪に歪めている。
「催眠ショーとかやってる連中の一部は心理学者の成れの果てだし、もっと悪質なのは、そういう連中に催眠のやり方だけを学んで、大道芸に使ってるやつらさ。人の心を操るなんて、軽々しくやっていいもんじゃねえ」
「催眠というのは、そんなに簡単に会得できるものなのかい?」
「芝居っ気のあるやつなら割と簡単にできるし、かかるのは元々、暗示を受けやすいやつだ。会場の何人かがそういう状態になれば、全体の気分がそっちに引きずられる。ショーとしては不思議だし派手だし、昔はよくやられてた」
「今は、なくなった? なぜ?」
「そりゃあ、危険だからに決まってらあ」
フォウは吐き捨てるように言った。
「催眠術を使うのにはなんの資格もいらねえ。逆にいえば、そんなハンチクな連中が使う催眠術では、かけられた相手の心にひでえ傷を負わせちまうことも多いんだ。特に、元から心の底に外傷体験を持ってたりすると、それが増幅されたり、フラッシュバックしたりする症例もたくさん報告されてる」
「それは大変だ」
和彦が勢いよく椅子から立ち上がった。
「止めなくちゃいけないじゃないか」
「ああ。少なくとも、それがどんなイカサマ野郎か確かめてみなきゃいけねえ」
「あっ、フォウくん、和彦さんも、どこ行くの?」
「珊瑚ちゃんはここに座ってマジシャンさんに拍手してあげてて。俺たちも外の様子を確かめたら、すぐに戻ってくるからさ」
「え、でも再入場は禁止なのよ、この出し物」
「いいから、いいから。もっかい入場料を払って入るさ。そしたら興行収入も増えて高校のためにもなるんだろ?」
軽口を残して、フォウと和彦はまっすぐ出口を目指した。
すでにかなり混雑しているのをフォウが強引にかきわけ、和彦の腕を取って外に出る。
広場の反対に、ものすごい人だかりができていた。
ときおり、おおっと大きな歓声が上がっている。中には小さく悲鳴を上げている女性もいる。輪の外にいる子供たちは、なんとか中をのぞきこもうと夢中だ。
あれに間違いない。
フォウと和彦は互いに頷きを交わした。
「ひゃっ」
外縁部の野次馬の肩に和彦が手をかけると、その男はぎょっとして跳びあがった。
和彦がほんの少しだけリューンの力を手の平にこめ、氷の冷たさを放射したからである。
その男が姿勢を崩したために生じた隙間へ、するりとフォウが入り込んだ。
和彦と手を繋いだままなのに、当の和彦が呆れるほどスムーズに人ごみをかきわける。
何をどうやっているか和彦がわからないでいる間に、気がつけば二人まとめて最前列のすぐ後ろまで移動していた。
人の輪の真ん中にいたのは、まさに彫像の魔神が人間の形を取ったような衣装の若い男だった。
もっとも、顔は彫刻のいかつい巨人とは違って、見る人によっては二枚目といわなくもない優男である。
目鼻立ちは整っているが、困ったように八の字になった眉が愛嬌をかもしだし、常にニコニコしていることも相まって、好人物らしさがいっそう強調されている。
「では皆さん、こちらをご覧ください!」
彼の前には志願者と思われる男女数人が、うつろな目をしたまま、まったく同じ不自然なポーズをして固まっていた。
腰を逸らして上半身を泳がせたその恰好は、正気でいるならばすぐに体を起こすか、逆に地面へ手をつくかしているはずだ。
それなのに彼らは危なっかしいバランスを保ったまま、魔術師の次の指示を待っているのである。
「彼らは自分が木だと思い込んでいます。木は曲がったままでも平気です。だから痛みを感じない。どうです、催眠というのは不思議なものでしょう? では次に、彼らに自分の枝を伸ばしてもらいましょう」
魔術師がそう言うと、不自然な恰好をした被験者たちは、いっせいに片手をあげてさらに危険なポーズになった。
子供の一人がぐらりとひっくり返りそうになる。
だが、あっと群衆が悲鳴を上げる前に、魔術師がキラリと目を光らせ、子供をじっと見つめた。
すると、子供はそのままの姿勢で動きを止めたのである。
「す……すげえ……」
フォウがごくりと唾を飲んだ。
「こりゃあ、催眠術なんてもんじゃねえ。人の心ばかりか、体の動きまで支配してしまってる。こんなことができる催眠術師を、俺は知らねえ。いったいこりゃあ、どんな技なんだ」
和彦も顔を強張らせていた。
だが、その理由はフォウとは違っていた。
「僕には……心当たりがあるよ」
「えっ」
リューン兵士の中に一定数含まれていた<心惑わし>たち。
彼らがよく悪ノリして動物に無茶なポーズを取らせているところを、和彦は垣間見たことがあった。
そのときも、残酷なことをするものだと眉をひそめたものだ。
術を解かれた動物は、たいていはは関節がねじ曲がってしまっていて、殺処分するしかなくなる。
その技を、この男は使っている。
そのつもりで見れば、男の手足は派手なアラビア風の衣装に覆われ、ご丁寧に手袋までつけていて、素肌はまったく見えていない。
顔はといえば、全体にピエロを模した厚化粧がされていて、これまた元の肌色がわからなくなっている。
リューンの兵士は、肌が青いからだ。
日照の少ない極寒の惑星であるリューンでは、肌の色の濃さが高貴な身分の証でもある。
その頂点たる王族生まれの和彦でさえ、地球では男にはありえないほどの色白といわれてしまうのだ。
ましてや庶民の出身である兵士階級の者は、あきらかに地球人の肌色を逸脱した青い色合いをしている。わがままアイザスが地球偵察に乗り出すたび、ムルスもファラも顔や手足に厚く染料を塗らねばならず、ずいぶん難儀していたものだ。
この男が同じように、リューン特有のそれを隠しているのだとすれば。
「いや、しかし」
呻くように呟いて、和彦は親指の爪を噛んだ。
「リューンの厩舎係がなぜ、ここでこんなことを……」
「アイザス・ダナの命令じゃねえの? 俺たちがこの近くに住んでるらしいってことは、あいつらにはわかってるわけだからさ。町で人心を騒がすような騒動を起こして、和彦さんをおびき寄せようとか」
「馬鹿な。そんなことはあり得ない」
和彦は強い口調で否定した。
「リューンでは、<心惑わし>が他人の心を勝手にいじることは最低の行いとされていた。歴史時代にそれらの力を使って戦いに勝利した人物はすべからく軽蔑の対象だったし、よほど切羽詰まった状況に陥ったとしても、あのプライドの高いアイザス・ダナが、自分の兵士にそんな真似を許すとは、僕には思えない」
「確かになあ」
フォウが腕組みをして唸った。
「どちらかというと、やり口としてはジャメリンっぽいよな。あいつなら、ただ面白いからという理由だけでこんなバカバカしい作戦を立てそうだ」
「それもあり得ないよ。アイザスに忠誠を誓ってついてきた兵士が、主君の意に染まないに決まっている作戦のために、別の世界の住人に担ぎだされるなんて」
「必ずしも、下々の者までが忠誠を誓ってるとは限らないんじゃねえの? ましてや、元の世界では家畜の世話係してやらせてもらえない身の上だったんだろ? 命が惜しくてアイザス・ダナにくっついてきて、もっと自分を高く売り込める相手を見つけたってこともあるだろ」
「それは……いや、僕にはとても、そんな……」
「和彦さんはリューンっていう世界のてっぺんあたりにいた人だからなあ。庶民の思惑に疎いのもしょうがねえか」
フォウが苦笑した。
二人がひそひそ声で会話をしている間にも、魔術師のふるまいはますます危険なものとなっていた。
立ち居振る舞いこそ愛想はよいが、彼に手招きされて新たな被験者となる者はことごとく、うつろな目となって彼の言いなりに動かされている。
「すげえな」
フォウがまたそう呟いた。
「こいつ、一人でいったい何人の精神をいちどきに制御できるんだ? ものすごい能力の持ち主だぜ。確かに、こんなやつに家畜の世話しかさせないのはもったいないし、それに」
低い声で付け加える。
「何よりも、本人が納得しねえだろうよ」
その言葉に和彦は一瞬、虚を付かれた。
まじまじとフォウの横顔を見やる。
フォウの言うような、そういう視点で兵士たちの内心を思いやったことがなかったからだ。
リューンの全てを毛嫌いしつつも、自分もまたリューン貴族の考え方に囚われていたということを自覚し、恥じずにはいられなかった。
自らが望んだわけでない能力を持って生まれ、その能力を理由として他者に軽んじられていた彼らは確かに、その理不尽さに腹を立てても当然だ。
そこを狙われ、ジャメリンの陣営に誘われたというのか。
「さあ、皆さん!」
魔術師が高らかに声を張り上げた。
「それではついに、魔神アブドラ最大の魔術をご覧にいれるときがやってきました! これからアブドラが皆さん全員を、素敵な夢の世界へご招待いたします。皆さん、どうかこちらに注目してください!」
そう言うと、魔術師はもったいぶったしぐさで、足もとに置いていた箱を取り上げた。
いかにもマジックショーの道具らしく、派手な色あいに塗られたその箱は、ただでさえ人目を引いた。
さらに、魔術師がその周囲で手をヒラヒラと意味ありげに動かしてみせるものだから、嫌が応でも誰もがそちらに注目する。
もちろん、フォウと和彦も。
それが彼の手だとわかっていてなお、彼の手元から目を離せなくなっている。
魔術師が箱のふたを開いた。
かあっとまぶしい光があふれだし、あたり一帯を照らした。
「まずいっ……」
フォウがとっさに、腕で目を覆おうとする。
だが、その動きは半ばで止まった。
吊り目がちの目をいっぱいに見開き、魔術師を見つめたままで硬直している。
いや、その目もすでにさきほどの被験者たちと同じく、光を失ったうつろなものとなっている。
「フォウくんっ……!?」
驚きのあまり半歩ほど後ずさった和彦は、すぐに後ろの観客とぶつかって倒れかけた。
慌てて足を踏みかえて、なんとか姿勢を保つ。
その場にいた全ての人間が、静止していた。
全員が魔術師を見つめ、おのおのが直前まで取っていた姿勢のままで立ち尽くしている。
老いも若きも男も女も、誰の顔からも表情は消えていた。
まさに、魔法に呪縛されたかのように。
そしてフォウまでもが彼らとまったく同じ状態になっていることに、和彦は全身を総毛だたせた。
「フォウくんっ、フォウくん!」
思わずフォウの肩を掴み、揺さぶろうとして。
視線に気付いた。
和彦は肩越しに振り返った。
魔術師が。
壮絶という言葉が似つかわしいような笑みを顔じゅうに浮かべて、和彦を睨みつけていた。
「見つけた」
そう言われて和彦もハッとした。
和彦が彼の呪縛を受けないのは、リューン貴族のたしなみとして、精神攻撃への耐性を身に付けているからだ。それはつまり、昔から貴族たちは<心惑わし>を最下等の兵士として扱いながらも、彼らに潜在的な脅威を抱いていたからなのだろう。高位の貴族として生まれた者は皆、そのための訓練を受けることになっていた。
つまりは和彦に彼の攻撃が通用しないというそのこと自体が、和彦が地球人の中に隠れて暮らすリューン・ノアであるという、なによりの証。
「……くっ!」
咄嗟に、和彦は近くの水を呼ぼうとした。
ここは公園。水源は選び放題だ。
しかし、和彦が念をこめるよりも早く、魔術師が人々に命令を下していた。
「殺せ、こいつを殺せ!」
ワッと大勢がいっせいに和彦へ襲い掛かった。
もちろん誰一人、凶器らしいものは持っていないが、こういうのは勢いが勝つ。
たちまち和彦は地面に引きずり倒され、四方八方から殴られ蹴られた。
しかも、その中には。
「フォウくん! やっ、やめてくれ!」
和彦の叫びにも、フォウは何ひとつ反応しない。
黒々とした光のない目を和彦に向けて、他の連中と共に和彦へ拳を振り上げてくる。
抵抗など、できるはずもなかった。
フォウばかりでない。
襲ってくる全ての人が一般市民であり、巻き込まれただけの被害者なのだ。
和彦にできるのはせめて、急所を腕で覆って丸まることだけだ。
「きゃあああ!」
輪の外で悲鳴が弾けた。
「か、和彦さん!? どうしたの、何があったの?」
珊瑚の声だった。
マジックショーが終わったのか いつまでも戻ってこない和彦たちが心配になったのか。
テントから出たとところで大勢の市民からなぶり殺しの目に合っている和彦を見つけて仰天し、こちらに走ってくる。
「ちっ」
魔術師が珊瑚へ視線を移した。
見つめられて、珊瑚は全身に電気が走ったかのように跳びあがり、その場へ釘付けになった。
しかし、そのおかげでわずかに、他の者への魔術師の支配が緩んだ、らしい。
その証拠に。
「かっ、ずひこ、さん!」
フォウの手が和彦を引き起こした。
片目はまだ、光のない底なしの真っ黒な色。
だが、もう一方の瞳の奥にはわずかに光が戻っている。
「今のっ、うちだ! にげ……に、げろ!」
思い切り、突き飛ばされた。
動きの鈍っていた群衆を押し倒して、和彦は殴る蹴るの輪から転がり出た。
その勢いのままで地面を蹴り、なんとか立ち上がる。
そこへ、光のない目をした珊瑚が襲い掛かってきた。
「さ、珊瑚ちゃんまで……!」
際どいところで、和彦は珊瑚の突進を避けた。
心の中で謝罪しつつ、その首筋の後ろへ手刀を叩きつける。
声も上げずに珊瑚が頭から地面へ倒れ伏した。
和彦は踵を返した。
「何をしている、追え! 追うんだ!」
魔術師のわめき声を背中で聞きながら、走り出す。
フォウと珊瑚のことは心配だったが、今はどうすることもできない。
逃げて、態勢を立て直すしかない。
走りながら、ちらりと後ろをみやった。
追いすがる群衆の中にフォウが再び混じっているのを見て、ずきんと胸を痛くした。




