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「カーニバルぅ?」
フォウが目を丸くした。
「てのはもちろん、キリスト教でいう謝肉祭とはなんの関係もないんだよな? 時期だって大外れだし、このあたりがキリスト教の行事におもねる必要もないし。それなのに、なんでカーニバルなわけ?」
「この町だけじゃなくて、全世界的にそうでしょ。お祭り騒ぎのことをカーニバルって呼ぶのは」
口を尖らせて珊瑚が言い返した。
「サンバでも踊るとか?」
「踊りません! 屋台がいろい出てきて、ステージでの出し物があるだけ!」
「でも、なんで急にそんなお祭りをするわけ? ここの町の創立祭とか、そういう種類のやつ? というか、言っちゃあ悪いけど、あの町の規模でカーニバルとか名乗るの、聞いてるこっちのほうがなんとなく気恥ずかしくなるんだけど」
「言いたい放題言ってくれるじゃないの」
珊瑚が両手を腰にあてて、フォウにすごんでみせた。
けれども、当の珊瑚にしてからが、すぐに苦笑して肩をすくめてしまうあたり、内心ではフォウと同じ意見であるというのが明白である。
「町をあげてのイベントであることは間違いないのよ。けど確かにフォウくんのいうとおり、カーニバルとか言っちゃうほどのものじゃないわね。夏には町内の神社やお寺でもお祭りはあるけど、このあたりではテキヤの人たちの屋台もあんまり来ないからいまいち盛り上がってないし、そもそも、そういうのとタイアップすると信教分離がどうのこうので面倒な話になるから、まっさらの新しい町のお祭りを立ち上げるんですって。
そもそもが、官民挙げて地域振興に取り組もうという市長さんの肝入りで、商店街と小中高校が協力して文化祭みたいなことをやってみたらどうか、という一大イベントの試みでね……」
「で、いったい誰がカーニバルとか言い出したわけ?」
「正式名称は、ふるさと夢カーニバル」
「うわ、だっさ……それ考えたの、絶対年寄りだろ」
「ところが、提案者はうちの生徒会なの」
「ええ? ぜんぜん若者の感性っぽくなくね?」
「それはそうなんだけど、これが多数決のマジックというやつでね。校内から募った案の中にはなかなか面白いやつもあったんだけど、決を取ったら無難なものに決まっちゃうものなのよ」
「無難かあ? ふるさと夢カーニバルがあ?」
「だから、そんなこと言わないの!」
そう言って、珊瑚はポケットから取り出したチケットをフォウの鼻先に突きつけた。
三枚ある。
「さ、珊瑚ちゃん、これまさか……」
「文句はなしよ! 拒否権もなし! うちの生徒会で動員がかかってるんだから!」
牛舎からのっそりと出てきたブチ模様の乳牛が、入口で睨みあう人間の男女に驚いて、もおーと鳴いた。
きらきらお日様の輝く昼下がり。
夏の終わりまでは、農業全般は忙しい。
特に、彼らの住む限界集落では、大型家畜にいうことを聞かせられるだけの瞬間体力を持つ若者の手助けが不可欠である。
そういった事情でこの時期、和彦は朝早くから村へほぼ毎日出かけて働いており、仕事が押して九条の診療所へ泊まり込むことも稀ではなかった。
そして、和彦ほどの頻度ではないといえ、フォウもまた若い労働力として最初から頭数に入っているのだが、そのことに愚痴を言えば、土日をすべて村での労働に捧げている珊瑚はどうなるという話にもなる。
それどころかフォウは、早起きが苦手なところを許容され、午後からの労働でいいよと黙認されているだけ特別待遇というか、なんというか。
「たった半日のことなんだから、何がなんでも付き合ってもらうわよッ!」
そういう事情もあって、フォウに対する珊瑚の口調はあくまで厳しい。
「なにしろ私は今回、切羽詰まったあまりにうちのお父さんまでかつぎ出そうとまで考えたくらいなんだから!」
「というか九条先生ならお祭り騒ぎは大好きなんだから、カーニバルなんて聞いたら大喜びで参加するんじゃね?」
「田村さんとこの羊のお産がなけりゃね!」
あちゃあ、とフォウは天を仰いだ。
それに、普段はお祭り好きで過保護な父親をできるだけ世間から隠しておきたい珊瑚がそこまでいうのは、確かにただごとではない。
「チケット代は全部払ってやるから勘弁してくれ、とお父さんは言うけど、問題はおカネじゃなくて動員人数なのよ」
珊瑚はフォウに向けてすごんだポーズを保ったまま、大きなため息をついた。
「市全体の取組という建前にはなってるけど、実際の運営その他は全部、うちの高校が担当することになっちゃって。しかも、冬にうちの高校と市がタイアップしてやってるクリスマス雪まつりとの差別化を計るようにとかいうお達しを、出すほうは気楽に出すけど、だからといってこんな半端な時期だと特にテーマ性も打ち出せないでしょ? せめてこどもの日とか七夕とか、そういう日本の行事にかぶせてあったらよかったのに」
「なのに、なんでこんな時期にやるんだよ?」
「市議選が近いから、かなあ」
「なんだよそれ」
フォウは呆れた。
「そんなの高校生にもカーニバルにもなんの関係もないじゃん。逆に、自分たちの便宜のために高校生をこき使うってわけ? 汚ねえよなあ、大人って」
珊瑚に比べれば自分も十分に大人の一員であるはずのフォウが大真面目でそんなことを言うから、珊瑚も怖い顔を保持しきれず、ぷっと笑い出してしまった。
「でもね、うちの高校が幹事役を引き受けたのは、市会議員さんのせいじゃないのよ。実は、カーニバルの舞台の部に出てくれるっていうマジシャンが、校長先生の親戚だとかその友達だとかいうしがらみがあってね。前のめりになった校長先生が打ち合せの席で、うちの生徒会が運営しますと自分から引き受けてきちゃったの」
「ちぇっ。しょうがねえなあ」
フォウが頭をかいた。
珊瑚は生徒会役員ではないのだが、その理由の大部分は、彼女が限界集落を居住地としており、授業終了後すぐ出発するバスに乗らなければならない、という点に尽きるのだった。
それさえなければ本人の意志はともかく、全校投票で圧倒的に生徒会長にさせられているに違いない。
というくらいの才色兼備、何をやらせてもソツがないばかりか心根まで可愛らしい、スーパー女子高生なのである。
そのうえ、責任感も強い。
「ねえ、お願いよフォウくん。舞台の出し物を見物して、ちょろちょろっと屋台を散策してくれるだけでいいの。そこで何か食べたいものがあったら、ぜーんぶ私がおごってあげる、いいえ、うちのお父さんに全部後で払わせるから」
「そんなことされたら、、俺たちのほうが九条先生に絞め殺されるかなんかされちゃうよ」
フォウが苦笑した。
「しょうがねえなあ。和彦さん、俺たちもひと肌脱ごうぜ」
「えっ」
ちょうど牛舎から出てきた和彦が、いきなりフォウに呼びかけられて目を白黒させた。
「なんのことだい?」
洗ったばかりの手をハンカチで拭いている和彦のズボンは、あちこちに藁が張り付いて汚れている。
たった今まで無心で牛舎内の掃除にいそしんでおり、外で珊瑚とフォウが話している声など耳にも入っていなかったようだ。
そんな汚れた姿でさえシュッとしたイケメンなところはさすがだが、それがキョトンとして目をぱちくりさせていては、せっかくの美男も台無しである。
「なんだい珊瑚ちゃん、そのチケットは」
それでもすぐに珊瑚の手にした紙切れに気付くのは、やはり和彦らしい細やかさというべきか。
「だから、それだよ。えーと珊瑚ちゃん、いつだって?」
「来週の土曜日。開場が十二時半で、開演が一時。屋台は朝からやるそうだけど、食べ物関係はステージが終わってからだと思う。屋台にステージの客を取られちゃいけないって、校長先生が心配してるから」
「だから、なんのことだい」
「カーニバルだよ、カーニバル! 村の鎮守のお祭りみたいなもんさ。それを昼間にやるってだけのことだよ」
フォウが和彦の背中をばんばん叩いて言った。
和彦はまだ面食らったままである。
「それに、僕も行くのかい?」
「当たり前だろ。チケット三枚あるのが見えてんじゃねえかよ」
「お祭り……」
「細かいことは気にすんなって! ロハでマジックショーの舞台を見て、屋台を散策するだけで人助けになるってんだぜ。何より、珊瑚ちゃんが困ってるんだ。ここはひとつ、俺たちが男気を出さなきゃいけないだろうがよ」
「でも今週は羊のお産が……」
「だーかーらっ。そこは九条先生が引き受けてくれるってんだから、和彦さんも気にしなくていいの! えっ、馬小屋の雨漏りの修理もある? だーいじょうぶっ、来週まで雨なんか降りゃしねえよ。とにかく平気だってば。九条先生のお墨付きなんだから」
「そ、そうなのか?」
和彦はまだ不安げに珊瑚を見やり、珊瑚が大きすぎる動作で頷くのを見て少し笑った。
「そうかあ。二人がかりこられたうえに、スポンサーが九条先生というんじゃあ、しょうがないなあ」
「よしっ、決まり!」
フォウが派手に指を鳴らした。
「あー、そう決まったら、なんか楽しみになってきたぜ。研究所に戻ったらさっそく氷浦教授に話してお休みをもらっちゃお。教授も九条先生絡みなら文句はねえだろ。珊瑚ちゃん、どんな屋台が出るのか教えといてくれよ。何をどの順番で食べるかちゃんと計画を立てておかなくちゃ、下手に腹いっぱいになるともったいねえもんな」
「まあ、フォウくんったら」
珊瑚も笑い出した。
「食べ物だけじゃなくて、ちゃんとマジックショーも見てくれなきゃダメよ。生徒会としては、そこに学生だけじゃなくて一般のお客さんが入っているように演出することが、一番肝心なことなんだから」
「はーい、はい。わっかりました」
気安く請け合うフォウに苦笑しつつ、和彦は干し草の山からフォークを引き抜き、肩に背負った。
それを見て、フォウも後ろめたそうに地面からスコップを拾い上げた。
珊瑚はもちろん、勇ましく先頭にたってバケツを運び始める。
初夏の牧場には仕事がいっぱい。
しかし、来週の楽しみができた三人は、心なしかさきほどよりも生き生きと仕事に取り掛かるのだった。
その日、カーニバル当日に何が起こるかも知らぬまま。




