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聖女とベリーのパイ


ある日、カロルが一人の女性を連れてきた。


その女性はとてもきれいな人だったが、顔の色がとても白かった。


白いと言っても、ユキネのような種族的な白さではなく、血の色がない白だ。


そして、女性の服は高価そうなのにボロボロである。


「彼女をしばらく、ここに置いてやってくれ。代金は私が払う」


カロルの言葉で、女性は宿の客となった。


「あれ!ボロボロじゃないか!まず、風呂に入りな!レレイ、お湯を沸かしてあげて!」


「はーい!」


レレイは風呂場に走り出した。



風呂と言っても、大甕に入った水を魔道道具でわかして入るか、桶でお湯を体にかける形式だ。


たっぷりとした湯でのんびりと入る風呂など、大都市の公共施設か金持ちや貴族層の家にしかない。


それほどまでに女性は汚れていたのだ。


着るものはマリーが若いころに着ていた服があったから、それを用意する。



「とっといてよかったわ」


「無駄なものが役立ったな」


「なんですって!?」



マリーは夫でありレレイの父であるルイの軽口に怒鳴りつける。


女性がきた初日は慌ただしくすぎていった。





レレイが女性が泊まる部屋のドアをノックし開ける。


「おはようございます」


女性はすでに起きており、椅子に座っている。



「お加減はどうですか?」


「‥えぇ、大丈夫です。あの運び屋さんは?」


「カロルさんは仕事に戻りました。今日は来ないんじゃないでしょうか」


「‥‥そうなのですね」


「あの、食事は食べられますか?」


「‥食事」


「いらないなら、無理をせずに。でも、少しは食べたほうがいいと思います」


「じゃあ、少しだけ‥」


「はい。分かりました」



レレイはぺこりと頭を下げて、部屋を出る。


そのまま、厨房に向かい父ルイに女性には食べやすいものがいいと伝える。



でも



「‥あの人、全然食べてなかった」


厨房の机には女性ーーミランダに食事の皿がある。


出したパンとスープがかなり残っているのだ。


疲れていそうだから、カモミールのお茶も出してみたがあまり飲まれていない。



父ルイはそんな事もあるといっていたが、今日のスープはレレイが味付けをしたのだ。


常連さん達はおいしいと言ってくれたが、女性の口にはあわなかったのだろうか。とレレイは考える。





女性ーーミランダは実は西の大陸の聖女である。


西の大陸は東の大陸と違い、モンスターの数が膨大であり、だからこそ、聖女が使う結界をはる能力が必要なところが多い。


ミランダは幼少期には元々田舎に住んでいた。


野山で遊び、木の実を豪快に食べていたのだ。


だが、平凡な田舎娘として終わるはずだったミランダの人生が変わる事が起きる。


ミランダに聖女の証が現れたのだ。



聖女の証がでたものは西大陸の中心にある大聖堂へと行くことになる。


両親と無理やり離され、大聖堂に連れてこられたミランダは毎日のように帰りたいと泣いていた。


聖女の修業はミランダからしたら厳しく窮屈だったからだ。


それでも、ミランダが聖女になると決めたのは先代聖女の導きと修道女達による励ましだった。


そして



「聖女様!!聖女様!!」


「お助けください!!」


「村にモンスターが!!」


救いを求める人々の声だった。



幼いミランダが理解したのは聖女がいないとみんなが困るという事だ。


自分の力で困っている人々を助けることができる。ミランダはそう考えたのだ。


やがて、田舎少女は聖女に相応しい存在となる。


人々を救い、導く存在へ


だが


「聖女様」


「聖女様!」


「聖女は次はーー」


力を使うたびに、何かが削られていく感覚がした。


でも、止められなった。


困っている人々は毎日のように来るから。


モンスターに町や畑を荒らされ、困っている人々がいる。


泣いている子供がいる。


その人達の存在により、自分が食べるものや自身の着るものがある。


その人達より、贅沢な生活をしているのだから頑張らないと。


頑張って頑張って頑張って。


ミランダはやがて味覚を失った。


味覚を失ったことにより世界が色褪せたかのようになった。


誰にも打ち明けられなかった。


聖女が味覚を失ったなど前代未聞だ。



まだ、聖女の責務はある。


まだ、困っている人々がいる。


まだ、助けを求める人々がいる。



だけど、ミランダはそれが嫌になってしまった。



嫌になってしまって誰にも見つからないように東の大陸に行く船に乗る。



そして、海路でやがて東の大陸についたが、土地勘はなく衝動的に飛び出したから路銀はあまりない。


途方に暮れて街道のすみにある木の下に膝を抱え座り込んだ。

西の大陸なら聖女が困っていたら、誰かが来た。


いや、聖女に何かあったら困るからきていたのかもしれない。


だが、東の大陸だとどうだろうか。


自分はいったい何者なのだろうか。


ミランダがそう考えていると、馬車の音がした。



御者台からおりてきたのはカルロという運び屋だった。



「君。名前は?」



彼は途方に暮れている自分に手を差し伸べミランダの事情も何も聞かずに馬車に乗せこの宿に連れてきてくれた。


そして、宿屋の店主達もミランダの事情を聴かずに、ミランダに食事や風呂、服まで用意してくれた。



(この人達は本当に優しい)



よぎるのは残した食事。



食べられなかった事にミランダは申し訳ないと思った。




「調子はどうだ?」



カルロが再び宿に来たのはミランダが宿に泊まって四日目のことだった。


カロルとミランダは食堂の席で対面で座る。


二人の間に机があった。



「あなたはデュラハンなのですね」


「誰から‥いや、レレイから聞いたのか」


「えぇ」


「デュラハンは嫌か?」


ミランダは首を横に振る。


「いいえ。ただ、驚いただけです」


「そうか。少し瘦せたか?」


その言葉にミランダはぴくりとし、俯く。



「すまない。女性に不躾だったな」


「いえ」



「お待たせしました。ベリーのパイです」



レレイが料理を持ってきた。



「パイがお好きなのですか?」



「あぁ」



「カロルさん。いつもパイを食べているんですよ」


「楽に食べられるからな」


「もう、ちゃんと噛んでください」


「あぁ。君は何かいるか?」


カロルがミランダに聞く。


「いえ、私は水だけで十分です」


「そうか」


「‥‥じゃあ、なにかあったら呼んでくださいね」


レレイが席を離れ、カロルはフォークでパイを割り、パイの断面からベリーとクリームの層が現れる。

そして、そのまま口に運ぶ。


ミランダは口元を見ている。


カロルの小さく見えた口は男性らしく大きく開き、意外と犬歯が鋭い。


静かなのにもぐもぐという音がしそうで口の端についてるベリーソースを親指でぬぐい、ぺろりと舐める動作にミランダはドキリとする。




「?欲しいのか?」


「えっ、はい」


「そうか。レレイ、もう一つパイをくれ」



(あっ)



「はーい!!」


思わず、返事をしてしまった。


今の自分に味覚はないから、また残してしまう。


ここ、しばらく食事を残しているのもレレイは知っている。


彼女が落ち込んでいるのは知っているのに。


でも



(この方が食べていたものなら食べられるかもしれない)



どうしてか、そう思ったのだ。



ぐぅぅぅという音までする。


「!」



ミランダは慌ててお腹を押さえ、カルロを見る。



カルロは窓の方を見ている。


どうやら聞かなかったことにしてくれたようだ。



(‥恥ずかしい)


聖女になってからこんな事はなかった。


いつも身を律してきたから。



(でも)



ミランダらしたら、久しぶりの空腹の合図であった。





しばらくして、パイが運ばれてくる。



フォークで一口サイズにし、意を決して口に入れる。






「!」


味覚に酸っぱさが来る。


クリームの甘さが来る。


大聖堂でだされた菓子らと比べたらとても素朴なパイだ。


だが、自分の味覚に刺さる。



「ごめんなさい!酸っぱかったですか?」


ミランダの目からぽろぽろと涙が流れていた。



「いいえ、違うんです…違うんです」



このパイを食べて、ミランダは思い出した。



自分は故郷に帰りたかったのだ。


ただ、立派な聖女になれば故郷の村に帰れると思ったのだ。


森に湖にベリー。


自分は私は、あの場所に戻りたかったのだ。




「すみません。パイをもっとくれませんか?」


「は、はい!」


レレイは慌てて厨房に行き追加のパイを持ってきて、ミランダは聖女らしくなくパイにがっつく。


フォークなんて忘れて左右の手でパイを持って食べる。


優雅な女性だと思っていたミランダの行動にレレイは目を丸くしていたが、カロルは静かに見ていた。



この時だけ、ミランダはかつての田舎少女に戻っていたのだ。



「すみません。お恥ずかしいところを」



食べ終わった後にミランダは頬を染めて二人に謝罪する。



「いいんです!いいんです!ちゃんと食べてくれたから!」


「ずっと、食べられなくてごめんなさい。さっきまでの私だと味がしなかったんです」


「えっ!?」


「でも」


ミランダはカルロをちらっと見た後に



「ちゃんと食べられました」



ミランダは笑みを浮かべるのだった。


その笑みを見たレレイは



「良かったです!」


と笑みを返すのだった。



「カロルさん」


ミランダはカロルの方へ向く。


「なんだ?」


「あなたは運び屋なのですよね」


「あぁ」


「どうか、私の依頼を聞いていただけませんか?」





ーー二日後 西の大陸に向かう船がある港にミランダとカルロがいた。


「なにからなにまでお世話になりました」


ミランダはカルロに頭を下げる。


「大した事はしてない。--戻るのか?」


「はい。私のあるべき場所へ」



港はわいわいと活気に満ちている。



「いつか、お世話になった代金をお支払いいたします」


「期待しないで待っている」



「あの」


「なんだ?」


「カロルさんは依頼があれば運んでくれるんですよね」



「あぁ。その土地の法に触れるものでなければ運べるものは運ぶ」



「じゃあ」


ミランダはカルロに告げる。



「あなたに手紙を送ってもいいですか?」



その言葉にカロルは珍しく驚いた顔をしたのだった。

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