【1−8】 甘い贈り物と甘い罠
普段より早く目が覚めたトモカ。制服に着替え、朝食も済ませ、今日の計画の最適な道筋を考えているうちに、教室に着いてしまっていた。そんな中、見覚えのある姿が教室を覗き込んでいた。
「凛くん。おはよう」
「トモカ!おはよう」
朝から好きな人に名前を呼ばれるなんて、今日は最高の日かもしれない。
「早いね。うちのクラスになんか用?」
「...クラスっていうか、トモカが心配で。今、変な噂、流れてるだろ」
凛は、まっすぐにトモカを見つめる。それだけで、本心なのだとわかってしまうほどに。
え。えぇーーーー!!優しすぎるよ、凛くん!
「大丈夫?ちゃんとご飯食べてる?夜は眠れてる?」
凛が勢いよく質問してくる。
「だ、大丈夫だよ!生活に支障なんて無いし。心配してくれて、ありがとう」
トモカは、必死に平常心を保つ。
「良かった」
凛が安心したように笑った。そして、突然。
「...甘い物好き?」
「え?うん、好きだよ」
「これ、差し入れ」
ラッピングされたクッキーがトモカの手に置かれる。
「え?え?くれるの?」
「...うん。どのフレーバーが好きとかわからなかったから、六種類作ってみた」
「手作り...?すごく美味しそう!」
彼の実家は、料理店を営んでいる。そして、凛くんも料理ができるのは、入試の時、自分で言ってた。はっきり、覚えている。
「あ、美味しくなかったら、すぐに捨てて構わないから」
「そんなことしない!ていうか、絶対美味しいに決まってる。私がめちゃくちゃ気に入ったら...」
トモカが固まった。そして、だんだん顔を赤くし、凛から目線をそらす。
「どうした?」
トモカは、蚊の鳴くような声でぼそっと言った。
「また、作ってくれる?」
凛がぱあっと顔を明るくする。
「...あぁ!もちろん」
トモカは、凛に引かれなかったことに安堵して、いつもの調子に戻る。
「私も今度、お返し作っちゃう。料理屋の息子くん、審査お願いします」
「俺、そんな優秀な審美眼、持ってないって」
「またまた謙遜をー」
トモカと凛が他愛ない話をしていると、後ろから、聞き覚えのある声がした。
「謙遜かどうかは、置いといて」
その声の主は、フィーズだった。
「リン、そろそろ予鈴が鳴るぞ」
「フィーズ、おはよう。ホントじゃん。じゃあ、トモカもフィーズもまたな」
凛は、風のように去ってしまった。
「ばいばい、凛くん...。はぁ」
いっそのこと、こいつじゃなくて、凛くんが同じクラスなら良かったのに。
トモカは、フィーズを冷ややかな目で見る。
「目線で訴えかけてくるな」
「何も言ってないよ」
「俺じゃなくて、リンが同じクラスだったら、とでも言いたげな顔だが」
「気のせいだって」
「リンが離れた瞬間、真顔でこっち見るなよ」
「つい反射で」
「否定しないのかよ」
トモカとフィーズがいつも通りのやり取りをしていると、コツコツとヒールの音と、甘い匂いが近づいてきた。
「ミネルヴァさん、セルノーくん、おはようございます。歓談中、失礼しますわ」
「オクベスタさん、おはよう」
「おはよう」
「お茶会の件ですが」
アイリスは、笑みを崩さない、だがその瞳だけはトモカを静かに見据えていた。
まさか...かなり気に障っちゃったかな...。
「早速ですが、本日の放課後、お時間をいただけるかしら?」
昨日の今日で、お誘いが来るなんて。
「...こんなに早く誘ってくれるなんて思わなかったわ。ぜひ、参加させていただきます」
「まぁ、本当?では、放課後に私の部屋でいいかしら」
「えぇ、わかったわ」
「それでは」
アイリスは、去っていく。トモカはちらっとフィーズの方を見ると、フィーズは何も言わず、ぐっと親指を立てる。
あなたの思惑。しかと、確かめさせてもらうわ。アイリス・オクベスタ。
* * *
時間は流れ、あっという間に放課後となった。トモカとアイリスは、アイリスの部屋へ入った。
「どうぞ、お好きな席に」
「ありがとう。他の方々は?」
「今日は、呼んでいないの」
アイリスは、トモカと対面の椅子に座る。
「今日は、私とあなただけですわ。あなたに聞きたいことがたくさんありますの」
いつもの笑顔よりどこか冷たい笑みをトモカに向ける。
「そう。奇遇ね。私もあなたに聞きたいことがたくさんあるの」
対してトモカは、獲物を見据えた捕食者のような目でアイリスを見つめる。
「ミネルヴァさん、私の目の色。どう思います?」
トモカは、アイリスの瞳を見つめた。
___あ。
それから、数時間後。窓の外は、もう暗くなり始めていた。
「あら、もうこんな時間。そろそろ私、帰らないと。今日は御暇させてもらうわ」
「...」
アイリスは、何も言わない。
「それでは、ごきげんよう」
トモカは、アイリスの部屋を出る。そして、自室へ向かった。ドアを開けると、ユリカは、お菓子を食べながら課題をしており、エリックスは、床で寝ており、フィーズは、椅子に座って本を読んでいた。
「ただいまー」
「あ、おかえりー。どうだった?」
ユリカがお菓子を食べながら、聞いてくる。
「予想どおり、全部、手に入った」
トモカは満足そうにピースする。フィーズはパタンと本を閉じる。
「まさか、本当に精神操作をしてくるなんてな」
「えぇ。私もびっくり。でも、残念なことに私には通じなかった」
「相手もここまで規格外な標的だとは想定しているわけがないな。規格外にも程がある」
「こればっかりは、生まれ持った才能としか言えないのよねー」
フフンとトモカは鼻を高くする。
「そうなのよねー。いくらトモカでも精神操作に抗う特訓なんてさせられなかっただろうし」
「精神操作を逆利用したら、相手が勝手に喋ってくれた!」
「言ってることが、物騒」
フィーズは、ドン引きしている。
「ユリカの方は?」
ユリカは満悦そうにふんぞり返る。
「完璧。もう明日には、国中が騒ぎ始めるわ」
「く、国?」
トモカは、耳を疑った。
「規模デカくない?」
「小さい噂を消し去るには、大きな話題をぶつけるのが一番でしょ」
「でも、国って何?何したの」
「ふふふ」
ユリカは、怪しく笑う。笑うだけ。
「え、教えてくれないの?」
「ふふふふ」
「怖いよー。ねぇ、君の婚約者、怖いんだけどー」
トモカは、床で寝息を立てているエリックスを、ぶんぶんと揺さぶる。だが、一向に起きる気配がない。
「お、起きない...!」
「それ大丈夫か?生きてるか?」
「あと一時間は起きないかもね。ふふふふふ」
ユリカは、にやりと不穏な笑みを浮かべる。
「まさか...薬でも盛ったの...?」
トモカは、リアリティのある身振りでユリカの方を向く。
「ふふふふふふ」
だが、ユリカの不審な笑いは止まらない。ユリカは、否定もしなければ肯定もしない。だが、ドラマのこういうワンシーンでは、肯定になるだろう。
「...盛る必要あるか?」
フィーズの率直すぎる言葉なんて、二人には届いていない。その日の夜、トモカの部屋は不審な笑いと騒ぎ声に包まれていた。
* * *
時は少し遡る。数時間前、図書室。
「失礼します。クラリス先輩」
「あら、ユリカ。久しぶりね」
ユリカが声をかけたのは、生徒会副会長でもある三年生、クラリス・ロートレックだった。ラベンダーピンクの髪とガーネットの瞳を持つ美しい少女である。
「先輩に相談したいことがあって...」
「じゃあ、人気のないところで話しましょう」
そして、二人は図書室から離れていった。




