【1−7】 逆鱗
トモカはどちらかというと、体力がある方ではない。よって、本日のHPはもう一桁である。そんな疲労困憊なトモカは、寝間着姿でベットに倒れ込んでいる。
トモカは、今日を振り返る。登校早、自分が婚外子という噂が流れていた。確証を持って、否定できないので、授業中以外は逃げ回った。昼休み中に、ユリカたちと放課後に話し合う約束をした。そして放課後、十大貴族の令嬢にお茶会に誘われたが、断った。さっさと寮に戻ると、父が来訪していたので、寮生から注目を集めた。自分が婚外子ではないことを父から確認したので、一つ解決。そして、噂断絶作戦会議。今日一日は、あまりにも濃すぎた。
* * *
Aクラス寮のユリカの部屋。
トモカは、少しげっそりとした様子でドアをノックする。ドアが開かれ、ユリカが出てくる。
「いらっしゃーい。重役出勤だ。ていうか、なんでそんな疲れてるの?」
「いや、まだ遅刻じゃない。色々あったのよ……色々……」
「あぁ、伯父様が来てたこと?」
「……そう。そうよ」
あんなに騒いでたのだ。当事者でなくとも、耳に入れているだろう...。ん?銀髪の美丈夫が来たとでも噂されればまだわかる。が、そんなのこの子にとって、該当者は、一族の大半を占めるというのに、なぜ、父だとわかったのだろう?
「なんで知ってんの? 見たの?」
「うん。見てた。女子があんなに群がるなんて、相変わらず罪な人って。あぁ、そういえば、後ろの方には男子も混じってた」
高みの見物を決め込むユリカの姿を容易に想像できる。
「……助けてくれても良かったじゃない! この薄情者!」
「いやー。伯父様ってなんていうか……話しかけにくいじゃん。今日はマシだったけど」
言われてみれば、いつもは近づくなオーラ全開なのに、今日は控えめだった。
「確かに……。でも、そのせいで、私はどんどん疲れていったけどね」
トモカは、恨みがましく呟いた。部屋に入ると、すでに面々が揃っていた。
「来たな。では、さっさと始めよう」
「なんか顔色が……大丈夫?」
「大丈夫よ」
エリックスがトモカを気遣う一方で、フィーズは、さっさと作戦会議を進行したいようだ。
「遅くてすみませんねー。セルノーさん」
「……父親と会ったんだろう。答えは、わかったか?」
フィーズがさりげなく聞いてきた。エリックスとユリカは、なんのことかわかっておらず、首を傾げている。
「……うん。あの人が私に嘘ついたことなんて無いから」
「良かったな。確たる証拠がまた一つ揃った」
「そうね」
精神力をごっそり持っていかれたが、今日の父との出会いは、ある意味ラッキーだったのかもしれない。
「今ある”トモカ・ミネルヴァは婚外子である”という噂なんだけど、ちゃんと裏は取ったわ!」
「なんか不思議なこと言ってるようにしか見えないのよね」
「こういうことってあるんだなー」
ユリカたちには、今の今まで両親が正式に婚姻を結んでいるのかわかってなかったトモカが奇妙に見えている。
「その噂のことだが、もう尾ひれがついている」
フィーズが淡々と話し始める。
「”トモカ・ミネルヴァは婚外子である”から、”トモカ・ミネルヴァはミネルヴァ家当主に認知されていない”と”トモカ・ミネルヴァの母親は娼婦である”に派生して……」
「……は?」
たった一言。フィーズの背筋をぞくりと、悪寒が走る。その短い声だけで部屋が凍りつく。静かに憤る声。まるで獰猛な肉食獣に喉元へ牙を突きつけられたような圧迫感が肌を刺した。
「……お母さんを、悪く言うの?」
トモカはゆっくりと顔を上げた。
「誰が言い出したの。許さない……」
その瞳には、普段の柔らかな色は、欠片も残っていなかった。
「絶対に許さない」
部屋が水を打ったように静まり返る。自分の鼓動がはっきりと聞こえてくるほどに。フィーズは、トモカの不機嫌な顔や怒った顔を見慣れていたつもりだった。だが、これは違う。どの記憶にも当てはまらない。母親を侮辱されたこと。それだけが、トモカの逆鱗だった。そんな威圧感の中、ユリカが口を開く。
「そうだね。だから、その人には、一生忘れられないものをあげよう」
瞳には感情の色がなかった。だが、その声は未来を言い当てる予言のようだ。ユリカも普段とは全くの別物である。純朴な笑顔は、誰かを嘲笑うかのような微笑みへ。醜悪なはずなのに、美しい。ユリカはするっと、トモカの手を握る。
「だから、そんな威圧感出さないで。聞いて」
フィーズはユリカの笑みに気を取られ、気づくのが遅れた。トモカの威圧感がだんだんと緩まっていく。
「……ごめん」
トモカは、申し訳なさそうな顔をしている。フィーズの知るいつものトモカである。
「もう勝手に怒らないでよね」
「うん」
今のトモカとユリカは、まるで年の離れた姉妹のようである。
「エリックス。もう目を開けてもいいよ」
「……もう大丈夫?」
エリックスが目を開ける。実は、トモカがピリつき始めてから、エリックスは静かに目を閉じた。何も見ず、何も言わない。それが、自分にできる最善策だと思ったのだろう。
「で、その噂の発端は、上のクラスにいる」
「誰だ?」
「十大貴族の誰かってことまでしかわからなかったよ」
トモカとフィーズは、ある人物に心当たりがある。でも、二人とも決定打となる動機だけが思い当たらなかった。
「やっぱり、噂話だから元をたどるのが難しい。でも、S、Aの付近から始まってるっぽい」
ユリカが三枚の書類を机に並べる。
「で、Sクラス、Aクラスの十大貴族を絞り出した。三人しかいないんだな」
「そりゃ、貴族だからって魔法が使える子どもが生まれるわけじゃないからな」
エリックスが初耳だと言わんばかりにフィーズを見る。
「一番疑い深いのは、この人ってエレナは言ってた」
ユリカが真ん中の書類を指さす。
「エレナにも頼んだの?」
年中、忙しそうなのに。
「ううん。状況説明したら、じゃあ、この人かもねって言ったの」
それは勘なのか、はたまた、何か確信をもって言ったのか。エレナの「勘」は、たいてい根拠に裏打ちされている。
「相変わらず、頭の容量どうなってるんだろう」
自分とそこまで関係のない情報まで常に詳細を明確に記憶している。そして、そんな超人が示すこの人とは、アイリス・オクベスタであった。
「……やっぱり、一番怪しいのはそいつか」
「フィーズくんもそう思う?」
「そいつ、よくトモカに絡んでいるし、皮肉とかよく言ってる。だから、前から、何か因縁でもあるのかと思ってた」
「……皮肉?」
フィーズがトモカの方を見ると、首を傾げていた。
「入学式でも言われてたのに、お前、そうなんだーで終わってた」
「入学式でオクベスタさんから嫌味を言われてたの? 全然、記憶にないんだけど」
「こういうところも癪に障ってたんじゃないか? 今日、帰り際に絡まれてただろ。オクベスタの取り巻きは、不機嫌そうにしてたぞ」
オクベスタは、ずっと笑顔を貼り付けてたけど。
「え?」
「あー。知らないところで敵を作っちゃったのね。かわいそうなトモカちゃん」
「え? じゃあ、犯人はアイリス・オクベスタってことか?」
「トモカ、他の二人と接点は?」
トモカは、残りの書類に目を通す。
ブランドン・オクベスタ。
レナータ・マエストリ。
「このブランドンは、オクベスタ家の傍系。でも、見たこと無いかも。あ、この子は、知ってるよ。すごい賢いでしょ? 中等部の時、模試で学年上位だった」
「トモカの行ってた学校って、小中一貫校のヘッドルースだよな」
エリックスがコソコソとユリカに聞く。
「そうよ。賢い人しかいないの。大変そうよね」
ユリカもコソコソとエリックスに話す。
「まぁ、たしかに大変だったけど、楽しかったよ。一応、金持ち学校だから。」
「そうだな。夏には、一週間の海バカンス。冬には、スキーしたり、スケートしたり、クジラ見に行ったり」
トモカとフィーズは、過去を懐かしんでいる。
「遊んでる……? それ、勉強する時間ある?」
エリックスは、頭の中にはてながいっぱいになった。
「はい。話戻して。トモカは、この二人と最近接点はないってことでいい?」
ユリカは、トモカに尋ねる。
「うん。でも、私の情報はレナータから得られるかもね。一応、レナータもマークしておく?」
「そうしとこ」
「じゃあ、明日からは……」
「私たちは、噂の消化に向かうわ」
「俺たちは、オクベスタと接触して、カマかけてみる」
ユリカとエリックス、トモカとフィーズで行動することになった。
「よし、決まり」
「じゃあ、解散。早く出てってー」
ユリカは、ぎゅうぎゅうとみんなを押し出す。
「ひどいっ」
「私の部屋だもの」
トモカたちは、部屋の外に出る。
「じゃあ、ばいばい。みんな」
「「ばいばーい」」
「またな」
ユリカは勢いよくドアを締める。
こうして、会議は終わった。そして、トモカは、ふらふらと自室に戻ったのである。今日という一日はあまりにも長かった。明日の苦労を思い浮かべながら、トモカは、静かに目を閉じる。
___まだ彼女は知らない。翌朝、自分を待っている甘い差し入れを。




