【1−5】 救世主登場
「ユリカ来てくれたのね」
気づけばユリカはすぐそばに立っていた。息を荒げた様子もなく、いつも通りの笑顔で、トモカの腕に絡みつく。
「トモカのために駆けつけてきたよ。だから、報酬ちょうだい」
「もう手にあるじゃない」
「足りない足りない。前払いで頼む」
ユリカがパンを口に放り込む。
「じゃあ、今度スイーツカフェ連れて行くから」
「約束したからには、絶対。奢りでよろ」
ユリカが口周りのクリームをハンカチで拭う。
「くっ!私のポケットマネーが……」
トモカが悔しそうに拳を握る。ユリカは、ニコニコしている。
「……なあ」
フィーズが今、一番気になっていること。それは、ユリカが現れたことでも、自身の空腹のことでもない。
「……誰だ。君」
フィーズの目線の先には、ユリカと共に現れた男子生徒。亜麻色の癖毛に、光の加減で緑に茶色に見えたりするオリーブ色の目。年齢のわりには、体つきがしっかりしている。肌は、浅黒くまんべんなく日焼けしている。そして、ユリカの後ろに控える姿は、まるで専属執事のようだ。
「フィーズくん、会ったことないっけ?」
「はじめまして、フィーズ・セルノー様。僕は、エリックス・ヴェーバー。Aクラスです」
少しおじぎをして、まっすぐこちらの目を見て話す姿。礼儀正しいという第一印象が見受けられる。そして、ユリカが付け加える。
「私の婚約者」
「はじめまして、エリックス。俺に敬称はつけなくていいし、敬語もいらないんだが」
どこかの貴族の出なのだろうか? と思った、その瞬間。
「あ、まじ?」
たった一言で、礼儀正しい第一印象は崩れ去った。
「言ったじゃない、堅苦しいお貴族様じゃないって」
「だって、帝国貴族って響きがもう恐ろしくて」
さっきまでの凛々しい忠犬っぽい雰囲気は、秒で消し去られた。今、フィーズの目に映る彼は、年相応の元気はつらつな健康優良男子である。
「エリックスは、十大貴族でも、御三家でもないのか?」
「そう。俺は、生まれも育ちも農村。頭からつま先まで庶民だ。どっかの偉い家の血なんて微塵も入ってない。多分」
「そうなのか」
それがどうやって、ミネルヴァと婚約したんだ……。
「エリックスは、どうやってユリカと知り合ったんだ」
「私が森の中で迷子になったところに、エリックスが助けてくれたの」
「森で迷子」
何がどうして遭難の一歩前の状況になったのかは、ユリカのことなので気にしない。
「初めて会ったときは、湖の妖精かと思ったんだ」
「もうやだー。エリックスってばー」
ユリカがトモカの腕から離れ、エリックスに接近する。二人だけの世界に入り込みかけていたが、トモカはガン無視で話題を続ける。
「確かに、銀髪なんてそうそういないものね。それで、どうやって婚約関係にまで辿り着いたの?」
「もちろん、私がパパとママに彼のことをたくさんアピールしまくって、パパがオッケー出してくれた」
トモカは、あの優おじならぬ優叔父を思い浮かべる。
可愛い娘に一生懸命頼まれて、断れるわけがない。また、彼もミネルヴァの血を継いでいるので、本質は、自由に忠実だろう。愛する娘が誰と結婚しようとも、静かに見守るはずだ。
「……一方的にユリカが引き入れただけだろ」
フィーズがボソッと呟く。
「そんなわけないじゃない。ちゃんと、了承得たし」
「お、おう!」
わざとらしい返事だな。了承したなんてエリックスの記憶にないんじゃないか。
「ていうか、いつの話だ。それ」
「十……いや、八? 八歳!」
ユリカがはっきりと答える。フィーズがエリックスの肩に手を置く。そして、憐れみの目でエリックスを見つめる。
「そんな幼い時から? 刷り込みみたいになってないか?」
「え?」
「馬鹿ーっ!」
トモカは思わずフィーズの背中を叩いてしまった。
「いたっ! なんで、叩く?!」
「あ、ごめん。でも、初対面同然の相手になんてこと言うの。頭の中、ノンデリワードしか入ってないの?」
トモカが勢いのままフィーズを貶す。
「そうよー。酷いわ。フィーズくん」
ユリカがわざとらしく、よよよと悲しそうな素振りを見せる。
「刷り込み? な、何を?」
エリックスは、フィーズの言ったことが理解できていない。流石に、やりすぎたと思ったのか、バツの悪そうな顔をするフィーズ。
「すまない。言い過ぎた」
すぐにフィーズが謝る。
「えと……何が?」
まだ理解ができていないエリックスは、突然のフィーズの謝罪に困惑している。そこで、ユリカがエリックスの耳元でこそっと喋る。
「とりあえず、いいよって言ってあげて」
「い、いいよ……です?」
「ありがとう」
「いいよですって何?」
ケラケラと笑い出したトモカ。
フィーズは、これまでのエリックスの様子から、ユリカが放っておけない理由が分かった気がした。そして、午後の予鈴が鳴る。
「次、移動教室だったよね」
「やば! 急がないと……」
ユリカとエリックスが急ぎ足でドアに向かう。
「じゃあ、ばいばーい」
「ばいばーい、また放課後にー」
二人の姿が見えなくなると、トモカたちものんびりと階段を降りていった。
「ていうか、はい。パン」
フィーズが残りの二つをトモカに渡そうとする。
「え? いいよ。早く食べなよ。あとでちゃんとお金渡すから」
「え? いいのか?」
「当たり前じゃん。お昼食べてないでしょ?」
「……ありがとう」
突然のトモカの気遣いにフィーズは、今日一素直な「ありがとう」を口にしていた。
* * *
六限目の終わりを告げる本鈴が鳴る。今日の授業はこれで終了。
トモカは、カバンを持ち、すぐさま教室から立ち去ろうとする。
が、トモカの行く手を阻むものがいる。同じクラスのマリア・ウィレットとエリー・キボンヌである。明らかにわざとらしく道を塞いできた。
「ミネルヴァさん、何をそんなに急いでいるんですか?」
「よろしければ、このあと一緒に」
「ごめんなさい。今日は、急ぎの用があるの。さようなら」
トモカは、二人を避けようとすると、もう一人現れた。
そういえば、この二人はこの人の取り巻きだった。
「……そんな、ミネルヴァさん。その用事、後日に回せないのですか。今日のお茶会は、あなたのために特注の茶葉を取り寄せましたの」
アイリスが、目を細めて笑いかけてくる。その微笑みは、まるで大輪のバラが咲き誇るように美しい。世の中の男どもは、この笑顔で射止められることだろう。だが、トモカの目には、美しいバラなどではなく、なにか企んでいる者の薄っぺらい笑顔しか写ってない。
「ごめんなさい。今日は、父と話をする約束があるの。素敵なお茶会へのお誘いは、またの機会に」
「……まぁ、家に帰られますの? それは、足止めをしてしまいすみません。では、またお誘いしますわ」
家に帰るなんて言ってないけど。良いように解釈してくれてるならそれでいい。
「えぇ。では、さようなら」
「ごきげんよう」
トモカは、さっさと教室を後にした。すると、彼女たちはこそこそと話始めた。取り巻きたちの笑顔は、完全に剥がれた。が、アイリスは、そのままである。
「アイリス様のお誘いを断るなんて」
「そうね。でも、用事があるなら仕方ないわ」
アイリスたちも、コツコツと特注のヒールを鳴らしながら、教室を出ていった。
彼女たちの先ほどのやり取りを見ていたフィーズは、その笑顔の裏に何かが隠れている気がしてならなかった。




