【1−4】 根も葉もないことはなかった噂
朝から私に視線が集まるのはいつも通りだが、今日の視線は、なんか...。
「疑惑を向けられた目」
「セルノー。おはよう」
「おはよう。今、ここでは、ある噂が一日で広まってる」
「噂?」
「"トモカ・ミネルヴァは婚外子である"」
トモカは、キョトンと首を傾げた。
「えっと……婚外子って何?」
「法律上の婚姻関係がない男女の間に生まれた子どものことだよ」
「え……」
トモカは黙り込んで下を向いた。
「どうした?気を悪くしたか?」
「う、ううん。私、知らなくて……」
「ん? 一つ賢くなったな」
「そうだけど、そうじゃなくて」
トモカの顔が青ざめていく。
「お父様にもお母さんにも確認したことない」
「確認する家庭なんて滅多にないがな」
トモカは、家庭を特別なものだと思っていない。幼い頃は母親と弟と過ごしており、そして亡くしている。それで、トモカは父親に引き取られた。なぜ両親は別々で暮らしていたのか。いろいろな理由が溢れ出してくるだろう。だが、本人たちの口から真実を聞いたことがないトモカの頭の中に浮かぶのは、母親が追い出されたのではということ。
お母さんは、ミネルヴァにお父様との結婚が認められなかった。そして、私たちが離れて暮らすことに。
今度は、トモカの額を汗が伝う。
「全然気にしなかったけど、わ、私、もしかして、ほんとに、こん」
フィーズが中指を丸めてトモカの額にかざす。と同時にビシッとデコピン。
「いたっ!」
「自分で混乱に突っ込んでいこうとするな。何も確信がないというのに、今日にでも聞いてみればいいだろ。お前の父に」
「家にいるかなあ」
「いなくても、お前が生まれる前から、ミネルヴァにいる人たちにでも聞けばいいじゃないか」
「そ、それで、みんな私に嘘ついてきたら? こんな事実、かわいそうとか思われて!」
「いつもの自己肯定感どこいった?その癖、面倒くさいから、早く直せ」
「めっ……。このやろう、ストレートに言いやがって」
じとっーとフィーズを見るトモカ。だが、すぐに安心したような顔になった。
「調子が戻ったなら、今日は大丈夫そうだな」
「ありがと。今日聞くよ。もし、婚外子でも、私は私。何も変わらないしね!」
「開き直るのは早すぎる」
「うん、今日はもう何言われても、余裕!」
* * *
「とは、言ったものの……」
コーヒーフラッペを一口飲む。
「やっぱ怖いよー」
トモカは、フェンスにもたれかかり、ズリズリと座り込んだ。隣には、フィーズがパンを五つ携えて、立っている。
「なんで俺が……」
朝、あれだけ張り切っていたトモカなのに、授業間の休憩時間でさえ、教室から姿を消し続け、現在、ランチタイム。
「今、唯一の私の味方、ありがとう。ついてきてくれて」
トモカがフィーズの腕からパンを奪い取る。
「いや、強制連行だった気が……」
四限目終了後。
おなか空いたー。今日は、ステーキ頼もう。
と、食堂に行く気満々なフィーズ。そこにぬっと現れたのはトモカ。満面の笑みで口を開く。
「ねえねえ、パン買ってきて」
「……なんで、俺がパシりをしなきゃ」
「ねえねえ、パン買ってきて」
冗談じゃない、なぜ、パシられなければならないんだ。
「だから、なんで」
満面の笑みのはずなのに、どこか恐怖を感じる。
「ねえねえ、パン五個くらい買って、屋上庭園に来て」
要望が増えた。
「……わかったよ」
「ありがとう。ついでに、コーヒーフラッペも」
ここまで来ると、何を追加されてもどうでもよくなってくる。
「わかったよ」
「じゃあ、先行ってるね。よろしくー」
トモカは、再び風のように教室から出ていった。その後、購買の食品コーナー。
「パン.……めっちゃ種類ある」
あいつは、何が食べたいのか。同じ種類を五つなのか、違うもので五つなのか。そして、五つ全部、あいつの昼食になる気がする。俺だって、お腹空いてるのに。
「お! 珍しいなフィーズ。購買で昼食を」
声の主は、ザイン・ステルランドだった。
「ザインこそ、珍しいじゃないか」
「ちょっと、食堂に苦手な人たちがいたから、今日は、購買で済まそうと思って」
「お前が苦手……」
ザインが苦手な人がここにいるのか。初耳だな。
「またファンクラブ……? の連中がいてさ」
「……ん?」
「いや、俺も、は? って感じなんだけど、いつの間にかできてたんだ。何それ、何のためにあるの? って思うけど、推しを推すためって……」
ザインが真剣なまなざしでフィーズを見つめる。
「推しってなんだ?」
「俺に聞くなよ」
ザインの問いはスパッと返された。
「……ニザールにもあるんだって」
「おう……」
ニザールとは、ザインの兄であり、現在この学園の三年生である。
「兄弟そろって大変だな」
フィーズは、ザインに憐れみの目を向けると、トモカの顔がよぎった。
「っていうか、早くしないと」
フィーズは、慌ててパン選びを再開する。
「あぁ、急いでたのか。悪かったな」
目の前の数多のパンを物色するも、進展はなく、やっぱりわからん! 文句言われるのは、癪だ。ザインにヘルプを求めよう。
「……ザイン」
他のコーナーに行こうとするザインを引き留める。
「たくさん食べる女子の好きそうなパンは?」
「……問題か? それとも、質問?」
「質問だ。経験上でいい」
こいつなら、トモカと一緒に御三家のパーティーに参加したことあるだろうから、食の好みぐらい把握してるだろ。
「そうだな。俺の知り合いは、甘そうで大きいパンとか、こういうポテトサラダの惣菜パンとか。あと、クロワッサンめっちゃ食べる。なんで? って聞いたら、コーヒーに合うんだってさ」
こいつが話してる知り合いは、絶対にトモカだ。
フィーズは、確信したように該当するパンを手に取った。
「ありがとう、ザイン。じゃあな」
「じゃあな」
急いで、購買をあとにする。渡り廊下を駆け、全力で階段を上り、ドアを開けると、心地よい風とやわらかな花の香りが肌をくすぐってきた。
「トモカ」
呼びかけると、見えないところから声が聞こえた。
「こっち、裏側ー」
裏に回ってみると、トモカがフェンスに寄りかかっていた。
「お疲れ様ー。フラッペちょーだい」
「はい」
そして現在。
「今日は、もうすぐ終わるけど、明日からも、噂に釣られてめんどくさい人たちがいっぱい来そう」
トモカがクロワッサンを頬張る。
「所詮噂だからな、お前が否定すれば収まる」
「だといいけどねー」
クロワッサン完食。次は、チョコクロワッサンを手に取る。
「どうしよう。だるい、だるすぎる」
「早くしないと、尾ひれがつくかもな」
「んー」
チョコクロワッサンをペロッと平らげ、フラッペをずごーっと飲み干した。
「私の力じゃどうにもならないので、優秀な子に手助けしてもらいます」
「優秀な子? 誰だよ」
「あなたも知ってる人ー」
トモカがホイップクリームのパンに手を伸ばす。と、横から掻っ攫われた。フィーズの視界に、水晶のように輝く銀髪が入ってきた。
「優秀なユリカちゃんをお呼びですかー?」
いつの間にか、フィーズの隣にいたのは、パンを手に持ったユリカ・ミネルヴァと亜麻色の癖毛の少年だった。




