【3−12】 巻き込まれ体質
「私の眼を探してほしいの」
その声は、静かな神殿にはよく響いた。
トモカは、まだ色々と聞きたいことがあるが、とりあえず、フィオレアの要望を聞いてみることにした。
「それは、どこにあるの?」
それは、実在するものなのか?
フィオレアは、首を横に振る。
「まだわからないの、妹もずっと探しているのだけど、見つからないの」
トモカは、眉をひそめた。しかし、フィオレアは、もう一つ告げた。
「でも、この国にあるのは、わかってる」
「なんでわかるの?」
「私の体の一部だもの。ここ最近、感じた。私の分離された魔力」
フィオレアは、包帯の上からそっと目の縁に触れた。
「あの人間が隠した私の眼」
「人間……」
トモカは、目の前にいる人物が人間ではないものだと、思い始めていた。
きっと、魔力の強い生命体の思念が私に話しかけているのだろう。
「どうして、あなたの眼が奪われたの?」
「私が一番弱かったから。みんなと違って、魔法が秀でてるわけでもなかったから、狙われたの」
フィオレアは、淡々と答えた。そして、続けて口を動かす。
「……ねぇ、一つ聞いていい?」
「何?」
「信頼していた相手に裏切られるって、とても残酷な気分になるの。でも、私、あの人間のことを恨めなかった」
フィオレアの顔には、悲しみも怒りもない。ただ、他愛ない話をするように、少しだけ微笑んでいた。
「私って、変かな?」
フィオレアは、首を傾げた。
「……」
トモカは、目を閉じて、少しだけ考えた。
きっと、私だったら、絶望して、煮えたぎる怒りに身を任せ、相手を自分と同じ目に合わせようと、やり返しをするだろう。
だが、裏切った人物がずっと信用していた人だったら? ずっと愛していた人だったら?
___私は、どうする?
トモカは、そっと目を開けた。そして、その海のような青い瞳をまっすぐとフィオレアに向けた。
「変じゃないと思うよ」
フィオレアの表情が、少しだけ明るくなったような気がした。
「優しくて、物事を客観的に見られて、感情に任せて行動しない。あなたは、そんな性質を持ってるんじゃない?」
「そう……」
フィオレアは、嬉しそうに顔を綻ばせた。そして、ふと何も見えない暗い天井を見た。
「それじゃあ、トモカ。あなたは、そろそろ起きないと」
フィオレアは、トモカに背を向けた。
「え、待って。まだ色々聞きたいことが」
「追々伝えるから」
フィオレアは、ひらひらと手を振った。
* * *
トモカは、頬にそよ風を感じ、ゆっくりと瞼を持ち上げた。
「……」
すると、視界に端正な顔が入ってきた。
「起きたか?」
「うん……」
トモカは、のそりと起き上がった。少し頭痛が和らいだ気がする。
「私、どのくらい寝てた?」
「十五分くらい」
「そっか」
そこまで長くなくて良かった。
「わざわざ膝枕してくれて、ありがとう」
「あんまり無茶するなよ、トモカ」
「うん。そうだね」
トモカは、フィーズの言葉に、今回の徹夜以外にも色々含まれているような気がしたが、受け流すことにした。
「じゃあ、ありがとう、セルノー」
トモカは、それとなくその場を去ろうとすると、フィーズに肩を掴まれた。
「……おい」
トモカは、何を言及されるのかと、身構えた。しかし、それよりも先に、背筋が凍るような視線を感じた。フィーズは、少し顔が青ざめていた。
「なんか寒気がするんだが」
フィーズは、トモカを見つめる。トモカもフィーズを見つめる。
「……私も」
そして、無言で二人は、戦闘態勢に入った。
二人は、背中を合わせて、辺りを見渡した。トモカは、魔力探知をかけた。すると、校舎の柱に二つの魔力を感じた。それらは、トモカとフィーズから隠れるように、位置している。
「あの柱に誰かいる。二人」
「わかった」
フィーズは、瞬時に魔法で氷剣を作り出し、柱に隠れている影に斬りかかった。
キィインッ
「ん!?」
刃と刃のぶつかる音がすると、フィーズの間の抜けた声が聞こえてきた。
「フィーズ様」
「な、なんで……ここに」
フィーズは硬直した。すかさず、トモカは、フィーズの反対側に回って、小さい雷球を影めがけて放った。しかし、影に届く前に氷の壁に遮られた。
そして、氷の壁から剣を持った筋骨隆々な男が現れた。
「はぁっ!」
男は、トモカに剣を振った。しかし、トモカは軽やかに避け、後ろに下がった。そして、トモカの後ろから大きなディトラスウルフ、フィアナが男に飛びかかった。
男は、不意を突かれたかのように、フィアナに押しつぶされた。
「お、重い……」
「トモカ、攻撃するな」
フィーズがげんなりとした顔で、トモカに近づいた。
「私、危うく斬られそうになったんだけど?」
「あれぐらいなら簡単にかわせるだろう?」
「……私のこと何だと思ってるの。女の子なんだけど。お、ん、な、の、こ!」
「見た目だけだろ」
トモカは、フィーズを冷ややかに見つめた。
「私、一度でいいから、あんたに地獄を見せてあげたいなぁ」
「それは、遠慮しとく」
トモカは、少し不機嫌そうな顔をしながら、フィアナを呼んだ。すると、フィアナは、一度、男の上でジャンプしてから、トモカのもとに駆けてきた。ぐえっと聞こえてきたが、トモカは、聞こえないふりをする。
「で、あんたの知り合い?」
トモカは、男を恨みがましく睨みつけた。
「あぁ」
フィーズは、見るからに頭を抱えている。
すると、柱に隠れていたもう一人が現れた。長い亜麻色の髪に深い緑色の瞳を持つ少女。彼女は、すっとトモカを見据えた。そして、淑女の一礼をする。
「お初にお目にかかりますわ。私は、ライサ・グリーシナ」
その声は、鈴の音のように可憐だった。
「そちらにいるフィーズ・セルノー様の婚約者です」
スラリと伸びた手足。フィーズに見劣りしない美貌。それは、まさに理想の淑女だった。
トモカは、とりあえず挨拶をすることにした。
「……初めまして」
フィーズは、困り果てた顔をして、ライサに歩み寄った。
「ライサ、なんでここに」
「やはり、わたくしなどでは、フィーズ様を満足させることなど、できないのですね」
「なんて?」
ライサは、フィーズの影からひょこりと顔を出して、トモカを見る。それはもう、全身舐めるように。トモカの観察が終わると、深い緑の瞳でフィーズを見つめる。
「あちらの方のような、天真爛漫といった女性がお好みなんでしょう?」
フィーズは、イマイチ言葉を飲み込めていなかった。それに構わず、ライサは続ける。
「わたくしは、ぼんやりとした影の薄い存在ですもの。フィーズ様のご期待に添えるよう、これから自分を磨いていこうと思っておりましたのに」
ライサは、扇子を取り出し、口元を隠した。そして、長いまつげを伏せる。
「あの……」
「それでは、間に合わないのですね。わかりました」
ライサは、扇子を閉じて、いつの間にか隣にいた筋骨隆々な男に手を伸ばした。
「今すぐにでも、お父様にフィーズ様は他の女性の方もひいきにされる、と伝えてまいります」
そして、ライサは、ひょいと抱き上げられた。男は、フィーズにぺこりと頭を下げた。
「では、ごきげんよう」
ライサがそう告げると、男は一瞬でその場を去った。その十数秒後に、馬のいななきが聞こえた。
「……」
「……」
トモカとフィーズは、唖然としていた。が、すぐに一大事になる予感がした。
「「まずい!!」」
トモカは、すぐにフィアナの背中に乗った。フィーズも当たり前のようにトモカの後ろに乗った。
「えー。あんたも乗るの?」
「いいから、早くしろ」
「はいはい、フィアナ。走って」
フィアナは、人二人を乗せても余裕で速度を上げていく。フィーズは、振り落とされないように必死にフィアナにしがみつく。
「あんたの婚約者どうなってんのよ」
風を切る音であまり聞こえなかったが、フィーズは、なんとなくトモカの言っていることがわかった。
「いや、少し話を聞かないところ以外は、素晴らしい人だ」
「話を聞くって、だいぶ重要なことだと思うのだけど」
すると、ライサ一行の馬車は空に向かって浮いた。
「ねぇ! あの子、どこに向かうつもりなの?」
「多分、帝国だろうな」
「じゃあ、絶対、関所で止まるわね。早く追いつかないと」
だが、フィアナは空を飛べない。このままでは、関所を越えて、帝国に入らないといけなくなる。
フィーズは、トモカに尋ねた。
「馬車は、あるか?」
「あるけど、私の馬車は、スピード出ないから」
「それでも陸より早いだろ」
「まぁ、そっか。じゃあ、こっち!」
トモカは、フィアナを馬車の方へ向かわせた。
そして、あっという間にミネルヴァ家の紋章が描かれている馬車に到着した。トモカは、すぐにフィアナを控えさせた。
そして、トモカは、御者にまくしたてるように話しかけた。
「急いで、帝国側の関所に向かっている馬車を追ってちょうだい!」
「わ、わかりました」
トモカとフィーズは、馬車に駆け込んだ。中には、唖然とした表情を浮かべている使用人レナがいた。
「お二人とも、どうされたのですか?」
「なんか、あらぬ誤解をされたまま、逃げられて」
「あらぬ誤解、といいますと?」
レナは、首を傾けた。フィーズが深い溜息を吐いた。そして、ジトーッとトモカに視線を移した。
「こいつが俺の愛人になる」
フィーズはそう言うと、ありえないという顔をしながら、身震いした。目の前にいるトモカも、「ひいっ」と悲鳴を漏らして、腕を抱えていた。
「それは、なんとも愉快なことですね。お嬢様、両手に男は楽しいですか?」
レナは、ニマニマしながらトモカに尋ねた。
「んなわけないでしょ! 誤解って言ってるの!」
トモカは、吠えるようにレナに言い返した。
すると、レナは、トモカとフィーズに交互に視線を向ける。
「お嬢様も、フィーズ様も外での接し方を考えなくてはなりませんね。お二人とも、意中の方がいらっしゃるのですから」
トモカとフィーズは、最もなことを言われて黙り込んだ。
「……」
「……」
トモカには、恋人がいて、フィーズには、婚約者がいる。
そして、二人の立場は一平民などではない。まだ子どもだが、国の重役である。幼子のような戯れは、周囲からは、冗談とはみなされない立場にいる。いくら腹の中を見せ合える仲だとしても、節度が必要になってくる。
「これからは、軽率な行為には、気をつけるわ」
「そうしてください」
レナは、ちらりと窓の外を眺めた。
「おや、あちらにステルランド家のご当主様がいらっしゃいますね」
「ほんとだ」
馬車の窓から見えるのは、開けた土地で踊るように燃え盛る赤と青の炎だった。
「相変わらず、きれいな魔法だな。サーイブ様」
今、トモカたちの馬車が飛んでいるのは、ステルランド家の敷地内の上空である。ステルランド家は、北側の国境沿いに土地を所有しており、国の警備という役を担っている。しかし、敷地内を交通路にされるのは、流石に勘弁だったようで、現在は、規約以上の距離の上空なら通行可能としている。
すると、トモカが何かをひらめいたようだ。
「そうだ! レナ、今日、どのくらい魔法使える?」
「そうですね、ほどほどでございます」
「よし、サーイブ様にぶっ飛ばしてもらえば追いつけるわ」
「ぶっ飛ばすって、どういうことだよ」
「私たちを大砲の玉みたいにドッカーン!って」
普段、フィーズは、トモカの突拍子な発言を真に受けたりしない。しかし、今回は混乱しているので、ついつい耳を傾けてしまう。
「……いやいや、何を言って」
「大丈夫、レナの魔法で防御はできるし、風魔法で減速しないようにできるから」
トモカは、満足気に親指を立てた。すると、レナは窓の外を眺めながら、首を横に振った。
「その必要はないようです」
「えー」
トモカは、残念そうな声を上げた。
「ステルランド家のご当主様の火の玉がターゲットと思われる馬車に、命中しました」
「よし、ラッキー」
フィーズは、ガッツポーズをした。
「そして、湖に落下しました。救命活動が必要かと」
フィーズは、ぽかんと口を開けた。そして、トモカは顔を真っ青にして叫んだ。
「早くしてぇぇー!」




