【3−13】 誤解は解けた、はずなのに
空を飛んでいた馬車にメラメラと燃える赤い火の玉が当たった。そして、馬車にかけられていた飛行魔法が消滅し、馬車は、真っ逆さまに落ちた。
しかし、馬車が落ちたのは硬い地面ではなく、湖だった。馬車の火は消え、ライサたちは、護衛に助けられ、陸まで運んでもらった。
「はぁ、はぁ……」
「大丈夫ですか、お嬢様」
ライサとお付きの侍女ヴェラは、水辺で寄り添っていた。
「えぇ。でもいきなり襲撃されるとは、思わなかったわ。みんなは、無事?」
「はい、落ちたのが湖だったおかげで、火傷の心配もありません」
ライサが辺りを見渡すと、御者も護衛も無事だった。
「良かった」
ライサは、胸を撫で下ろした。すると、護衛が声を上げた。
「こちらに接近している四人の魔力を確認しました。警戒してください」
ヴェラは、ライサの前に立つ。すると、森の中から声が聞こえた。
「おーい、大丈夫か?」
茂みを掻き分けて、現れたのは、パサパサした赤毛に琥珀色の瞳を持つ男だった。ひょろっとしているが、服に隠れていない肌には、痛々しい傷跡が残っていた。護衛は、キッと男を睨みつけた。
「お前が狙ってきたのだろう! どこの手先の者だ!」
「何の話だ?」
男は、ぎょっとした顔で、頭を掻いた。
「とぼけるな!」
護衛は、剣を男に振りかざした。すると、男は、片腕で剣の軌道をそらした。
「おいおい、ちょいと話を聞かせてくれよ」
「お前が火球を馬車に飛ばしてきたじゃないか!」
「いや、それはあんたらが」
男が口を開くと、後ろから声が聞こえた。
「おい、筋肉ダルマ! 今すぐ、戦闘を中止しろ!」
「フィーズ様!」
護衛が振り返れば、フィーズが血相変えて、こちらへ向かってきている。
「その方は、ステルランドのご当主だ!」
護衛の顔から血の気が引いた。そして、すぐに剣を手放して、跪いた。
「ぶ、無礼をお許しください……」
「俺は、もう少し戦っても良かったんだが」
男は、少し残念そうに肩を落とした。すると、フィーズの後ろから青い瞳の少女が現れた。
「サーイブ様」
少女は、男に近寄っていった。すると、男は、愛らしい姪っ子でも見るような目で、少女を見た。
「おぉ、トモカちゃんじゃないか。どうして、ここに?」
「私たちは、この方々を追いかけてきました」
「何!? 帝国の人間のようだが、悪党だったのか」
男は、ライサと護衛をその琥珀色の瞳でじっと捉えた。すると、少女は、慌てて首を横に振った。
「悪党じゃないです! どちらかというと、お客さんです」
男は、目を丸くした。
「なんと、お客人。先ほどは、失礼した。ぜひ、我が屋敷で休養していただきたい」
男は、首に下げてあった笛を二回吹いた。すると、森の中から蹄の音がした。
「今、家のものを呼んだから、しばし待たれよ」
青い瞳の少女は、ライサの前に立って手を差し出した。
「では、行きましょうか」
* * *
サーイブに遣わされた馬車が到着すると、ライサ一行を乗せて、ステルランド邸へ向かった。その後ろに、ミネルヴァ家の馬車もついて行った。
そして、ステルランド邸へ到着すると、ライサたちは、用意された新しい服に着替えた。そして、ライサとヴェラは、とある部屋に案内された。
すると、部屋の前に立っていた使用人が二人を見つめた。
「トモカお嬢様とフィーズ様がお話したいことがあるそうです」
ライサは、恐る恐る部屋に足を踏み入れた。中では、長椅子に青い瞳の少女とフィーズが座っていた。ライサは、フィーズの目の前に座った。
すると、先ほどの使用人が少女の後ろに控えた。と、思ったらどこからか木槌を取り出した。そして、それを机の上にコトンと置いた。それを見た少女は、何をしているのかと言わんばかりに目を見開いた。
すると、使用人は口を開いた。
「では、まずは自己紹介から。どうぞ」
使用人から差し向けられた手は、少女だった。
「私は、トモカ・ミネルヴァです。ご存知かと思いますが、魔法士御三家が一つ。ミネルヴァ家の人間です。……あと、父が当主をしております」
先ほどの戦闘が幻のように見えるほど、トモカという少女は、所作の一つ一つが美しかった。
次に、使用人は、ライサの方に手を向けた。
「……改めまして、ラキシガーナ帝国ツィテスパート男爵の娘。ライサ・グリーシナと申します。そして、フィーズ・セルノー様と婚約しております」
ライサは、牽制するようにトモカを見た。しかし、トモカは、いなすようにおしとやかに微笑んだ。
そして、使用人は、フィーズの方に手を向けた。
「フィーズ様、どうぞ」
「えっ、俺も?」
フィーズは、姿勢を正した。
「フィーズ・セルノー。ラキシガーナ帝国ツヴィンガー伯爵の後継者。グリーシナ嬢と婚約している」
最後に使用人は、すっと手を上げた。
「取りまとめ役を務めます。ミネルヴァ家従事及び倉庫当番第二責任者レナ・トライア。トモカお嬢様に肩入れなどいたしませんので、どうぞ、ご自由にお話してください」
ライサは、役目の部分は、よくわからなかったが、ミネルヴァ家の使用人ということはわかった。
フィーズも初めて把握するように頷いている。
すると、レナは、再びどこからか、大きな板を取り出した。そして、さらさらと何かを書いた。
トモカは、訝しげにその様子を見ていた。レナは、それを、机の上に置いた。
そこに書かれた文字を見たライサは、目を見開いた。
「では、参ります。議題『フィーズ様の女癖について』」
「「違う!!」」
フィーズとトモカは、机をバンッと叩いて、立ち上がった。
「こいつの女癖なんて、どうでもいいのよ! 『ライサさんの誤解を解こう』で始めなさい!」
「そうだ! ……女癖? おい、どういうことだ」
「では、気を取り直して」
レナは、もう一度、板にさらさらと何かを書いた。
「『ライサ様の誤解を解こう』でございます」
フィーズは、ライサを真剣に見つめた。
「そう、ライサ。貴女は、誤解をしている」
「何をでしょうか? ……まさか、もう既に複数の女性を抱え込んでいるのですか?」
ライサは、ちらりとトモカの方を見た。
「なんでそうなった……」
フィーズは、打ちひしがれたように眉間に指を当てていた。すると、トモカは、ボソリと呟いた。
「顔だけはいいからじゃない?」
「……」
フィーズは、涼しげな顔で呟いたトモカを白い目で見た。そして、視線をライサへ戻した。
「とにかく、違う。いいか、ライサ。俺は、決して、貴女以外の女性を妻になどと考えていない」
「……愛人は作る、ということでしょうか?」
「愛人も作らない! ということだ」
ライサは、訝しげにトモカを見た。
「……ですが、ミネルヴァ様に、ひ、膝枕をしていらしたではありませんか。それとも、この国では、異性との接し方がそのようなものなのですか?」
「膝枕は、こいつを哀れんでのことだ」
「ちょっと、なんで私が哀れなのよ?」
トモカは、フィーズを睨んだ。しかし、フィーズは、お構いなしにトモカの背中を押して、ライサに近づけた。
「見てみろ、この隈を」
ライサは、トモカの顔に刻まれた隈を見た。とても酷いものである。
「まぁ、ミネルヴァ様。睡眠は大切なのですよ。欠かしてはいけませんわ」
「えぇ」
トモカは、笑顔でフィーズの腕を払うと、指で目の周りをぐいぐい押し始めた。
「やはり、単刀直入に聞きましょう」
ライサは、まっすぐにトモカを見た。
「ミネルヴァ様は、フィーズ様とどのようなご関係なのですか?」
トモカとフィーズは、時が止まったように固まった。そして、トモカは、フィーズをちらりと見て、うーんと唸り始めた。
「……セルノーとの、関係性」
なんだろう。普通の友人。付き合いが十年以上の友人だなぁ。
トモカは、パチっと目を開いて、首を傾げた。
「ゆ、友人? です」
「なぜ、疑問形なのですか?」
身構えていたライサは、的が外れたように声を上げてしまった。しかし、すぐに姿勢を正して、扇子を広げて口元を隠した。
「そういうのあまり意識したことがなくて」
「ですが、先ほどの連携を見ましたが、あれは一朝一夕で得られるものではありません。ずっと一緒にいるから、心が通じ合っていると言いますか」
トモカは、ひくっと顔をひきつらせた。
「こ、心が……」
「「気持ち悪っ」」
トモカとフィーズは、同時に口元を抑えた。二人の顔は、真っ青である。
それを見ながら、パチパチと手を叩いているレナ。
「さすが、お二人。息ぴったり、でございます」
トモカは、すかさずレナを睨んだ。
「レナ、余計なことを言わないで」
その隣でフィーズは、物憂げにため息を吐いた。
「確かに、こいつとはもう十年以上の腐れ縁だ。でも、仕方ない。俺の行く先々に現れるんだから」
その言葉にトモカは、ピクリと反応した。
「言い方がおかしいわ! あんたが私の後ろにつきまとってるんでしょ。無駄に私と張り合ってくるから」
フィーズは、腕を組んでトモカを見た。
「張り合う? 俺は、常に高みを目指しているだけだが?」
トモカは、口元をにんまりと曲げてみせた。
「よく言うわね、私のまねっこしてるだけでしょう?」
そして、意地の悪い顔でフィーズの顔を見た。
「あー。今でも鮮明に思い出せるわ。人魚姫くん?」
「なっ……!」
フィーズは、魚みたいに口をパクパクと動かしている。
その様子に、ライサは笑いを堪えられなくなった。
「ふふっ」
ライサは、つい声に出して笑ってしまった。その声を聞くと、トモカとフィーズは、じっとライサの方を見つけた。
「は……コホン。失礼しました」
ライサは、気を引き締めるように咳払いをした。そして、深い緑の瞳で二人を見た。
「よくわかりました。お二人は、気心の知れた仲ということですね」
ライサがそう告げると、トモカは気に食わない顔をした。
「間違ってないような……」
「合ってるような……」
すると、トモカはなにかひらめいたように、顔を輝かせた。
「そう! つまり、私とセルノーの間には、男と女の関係などない! 絶対に!」
「そうだ!」
フィーズもトモカに便乗するように、言い放った。
すると、レナは、二人を交互に見た。
「トモカお嬢様とフィーズ様の結論:死んでも恋仲になりたくない」
「「そう!」」
二人は、声を揃えて、レナの方を見た。そして、レナは、ライサの方を見た。
「対して、ライサ様の結論:フィーズ様を信頼する、ということで、よろしいでしょうか」
「そうですね」
ライサもコクリと頷くと、レナは、木槌をカンカンと叩いた。
「では、これにて閉廷、でございます」
「いつから、裁判になってたのよ」
こうして、騒動は幕を閉じた。
* * *
ライサ一行は、ステルランド家が手配した馬車で、すぐに帝国へ帰ることになった。
ライサは、馬車に乗る前に深々と一礼した。
「では、皆様、さようなら」
フィーズは、ライサの手をとって、そっと口づけをした。そして、薄い色の瞳で愛おしそうにライサを見つめた。
「ライサ。この秋には、そっちに帰るよ」
それにライサは、少し恥ずかしそうに頬を染めた。
「……わかりました」
そして、素っ気なさそうにフィーズから手を離した。
ライサは、馬車に乗ると、ひょっこりと顔を出した。
「ミネルヴァ様、後日お詫びをさせていただきます」
「あ、わかりました」
「それでは」
そして、ライサたちは、去っていった。
トモカとフィーズは、馬車を見送った。そして、トモカは、ちらりとフィーズを見た。
「ラブラブじゃん」
「当たり前だ」
「結婚式は、呼んでよ。ちゃんとお祝いしてあげるから」
フィーズは、腕を組んで、トモカを不信な目で見た。
「そうか……いやでも……。お前、何喋るかわからないし……」
「式当日は、あんたの恥を晒すことなんてしないよー。しないしない」
トモカは、くすくすと笑いながら、手を振った。
「そうか。まぁ、その頃にはお前も丸くなってるんじゃないか?」
「なに? その今はとんがってるみたいな言い方」
「とんがっているっていうか……。見ただろう、俺の婚約者を」
「私もあれぐらいできるけど?」
「猫を被れって話じゃないんだよ」
彼らはまだ気づいていない。
気のおけない相手と話すときこそ、自分たちが最も年相応の子どもに見えるということに。
レナは、それを密かに胸にしまった。
* * *
数日後、ミネルヴァ邸には、大量の木箱と一通の手紙が届いた。
『先日は、お騒がせしました。お詫びの品を届けましたので、どうかお収めください』
使用人たちは、空き部屋にどんどん木箱を運んでいく。
「ラキシガーナ帝国のツィテスパート男爵家からですよ。お嬢様、お知り合いなんですか?」
「えぇ」
使用人たちは、木箱をすべて部屋に運び込んだ。
「ところで、それの中身は、何?」
「液体とガラスの音が聞こえましたよ」
使用人たちは、パカっと蓋を開けると、感嘆の声を上げた。
「……これ」
「ワインですね」
「ワインだけではなく、蒸留酒もあります」
「しかも、帝国のツィテスパート産ですよ!」
使用人たちは、騒ぎ始めた。
「……ジュースとかないの?」
「ありませんね」
トモカは、顔をしかめた。どうして、自分の飲めないものを贈ってきたのだろう。やはり、婚約者の傍にいる女は見過ごせないのだろうか。
「なんで、ワインなの?」
「帝国は、若いうちから飲酒すると聞いたことがあります」
「帝国でワインを送るのは、感謝の意味がありますよ」
「そ、そう」
嫌がらせなのか、本心なのかわからなくなってきた。
「とりあえず、配りましょう。あなたたちも欲しいなら、持っていきなさい」
トモカは、使用人たちに伝えた。
「じゃあ、もらいまーす」
「ありがとうございます」
使用人たちは、次々とワインボトルを手に取っていった。
すると、部屋に箱を持った使用人が入ってきた。
「お嬢様。もう一個来ましたよ」
「運んでー」
「はい」
使用人は、少し大きめの木箱を部屋に置いた。
「差出人は?」
「えっと、ナーゴインド家の方からです。手紙を読み上げますね」
使用人は、手紙を取り出した。
『トモカ・ミネルヴァ様、来月の御三家の集いに来ていただけますか? 貴女様に紹介したい者がおります』
使用人は、顔をあげてトモカをじっと見つめた。
「心当たりはありますか?」
「……ないわ」
部屋にいる使用人たちの視線が一気にトモカに集まる。
「まさか……」
「これは……」
トモカは、だんだんと血の気が引いていくような気がした。
「……嘘でしょ」
使用人たちは、騒ぎ始めた。
「お見合いでしょうか」
「お見合いですよ!」
「すぐにスカルノ様に報告しましょう!」
「ちょっと! どうして、そう飛躍するのよ」
トモカがたしなめても、使用人たちは一向に聞く耳を持たない。
この人たちは、なんて都合の良い耳を持っているのかしら……。
「お嬢様」
しかめっ面をしているトモカの前にレナが現れた。
「レナ」
「私は、心当たりがあります」
「え?」
「耳を貸していただけますか」
「うん」
レナは、トモカにこそこそと囁くと、トモカは、その場に膝から崩れ落ちた。
「……な、なんで」




