【3−11】 失われた眼
夏の長期休みも残り一週間となった頃。トモカは、ジェンセンドール国某所フェレイラ学院の廊下を歩いていた。
「試験やっと終わった……」
本日のフェレイラ学院には、午前は、「公認経済能力検定」。午後には、「魔法法学試験」の会場が設けられていた。
「これで、残りの休みは、私のもの……」
トモカの目の下には深い隈ができていた。
トモカは、本日、父に課された二つの試験を受けた。「魔法法学試験」と「公認経済能力検定」。どちらも容易とは言い難い、難関資格である。
それをまだ十六歳のトモカが受けるので、周囲から見れば、落ちても仕方がないと思うだろう。しかし、当人は、父と従姉妹に絶対に受かってみせると豪語した。自分で口にしたことを取り消すのは、トモカ自身が許せない性分なので、あの夏祭りから三週間、寝る間も惜しんで机にかじりついた。
あー、頭痛と肩こりと、ほんとに酷い。今にも、倒れそう……。
トモカは、緊張感が抜けたことで、疲れが一気に押し寄せてきていた。
「馬車まで間に合うかな……」
まぁ、私が倒れたら、どこかに隠れてる人たちがすぐに回収してくれると、思うけど……。
「大丈夫か、トモカ?」
「大丈夫じゃありません。セルノー」
後ろからかかってきた声は、はちみつを混ぜたような甘さがあった。そして、トモカの視界に入ってきたのは、ミルクティーブロンドの髪と灰色がかった青い瞳を持つ、整った顔立ち。まるで物語に出てくる王子様のような少年。フィーズ・セルノーだった。
「うわっ、すごい隈……なんで、そんなことに」
「あんたも人のこと言えないわよ」
フィーズの目の下にも、うっすらと隈ができていた。
「お前ほど、重症じゃない。俺は、二日徹夜しただけだからな」
「そういえば、セルノーも試験受けたんだ」
今いるってことは、魔法法学試験を受けたのか……。でも、私の会場では、見当たらなかったな。
「もちろん、学園卒業前には、それなりに資格は持っておきたいからな」
「ちなみに、何級受けたの?」
「上級の武だ。まぁ、来年中には、文と冠も受けるつもりだが」
セルノーがどこか誇らしげな顔をした。大方、トモカより持っている資格がすごいと思っているのだろう。しかし、トモカは深く隈が彫り込まれた目を細めて、にんまりと笑う。
「それは、すごいわねー。私は、冠を受けたの」
フィーズは、あからさまに顔をひくつかせた。
「それに、午前の公認経済能力検定で上級を受けたわ」
「何っ!」
フィーズは、思わず声を上げた。
「そうねー。この試験、どちらもかなり手応えがあったから、私、来年は、あと上級の武を受けるだけでいいかもしれないわー」
トモカは、嫌らしい顔をしながら、フィーズの顔を覗き込んだ。
「……うぐぐ」
セルノーは、悔しそうに眉をひそめた。
「ふふふふ、せっかくのきれいなお顔を歪ませて、どうしたのぉ? ふふふふ……ふ……」
フィーズをとことん煽っていたトモカは、糸が切れたようにその場に力なく倒れ込んだ。フィーズは、とっさにトモカの体を支えた。
「トモカ!? おい!」
「……ちょっと……ごめん……」
「トモカ?」
フィーズの声に、トモカは応えない。それどころか、トモカからは、すぅすぅと静かな寝息が聞こえてきた。
「まじかよ……」
フィーズは、人目につく前にトモカを抱きかかえて、中庭のベンチへと向かった。
* * *
トモカは、目をこすりながら起き上がった。
「……ここは」
だが、辺りは冷たく静かなである。ひんやりとした床を指でなぞると、石に文様が彫られているようだった。
そこに、人影がすっと現れた。
「おはよう、トモカ」
「フィオレア」
目を包帯で隠している黒髪の女性。
じゃあ、ここは夢の中か。
「ここはどこ?」
トモカは、フィオレアに尋ねた。彼女が映し出しているものだと考えたから。
「ここは、私のお墓。とても高い山の上にあるみたい」
「お墓? どちらかというと、神殿のようだけど」
「そう? でも、ここに石碑があるの。ほら」
フィオレアは、石の壁に手を当てた。そこには、なにかの文字が彫られてあるようだった。
「……古代文字 っぽい? 私には、読めないわ」
「そうなの?」
フィオレアは、文字の上に指を滑らせた。
「あなたの亡き骸に安らかな眠りを。私の大切なフィオレアって書いてあるわ」
トモカは、目を丸くした。
「フィオレア、あなたは、死んでるの?」
「いいえ」
フィオレアは、首を横に振る。
「私は、本来の体を捨てて、別のものに意識を移してる。だから、死んでるだなんて言わないで」
「ごめん」
トモカは、少しの間、俯いた。そして、ずっと疑問に思っていたことを口にする。
「ねぇ、どうして、またあなたは夢に出てくるの?」
フィオレアは、口を開かなかった。
「……」
「あなたは、何がしたいの?」
フィオレアは、トモカに近づいた。
「私は、あなたに頼みたいことがあるの」
「……何?」
トモカは、体を強張らせた。フィオレアは、トモカの手をとって、こう言った。
「私の眼を探してほしいの」




