【3−9】 夏の思い出
花火もすべて打ち上がり、祭りは終わりの雰囲気を漂わせていた。
そして、トモカと凛は、紅茶店をあとにした。
トモカは、もうすっかりいつも通りである。
「花火、綺麗だったね!」
「あ、うん。すごかったな。しかも、特等席で見れたし」
凛は、バルコニーでの出来事を思い出す。
トモカが何を言おうとしてたのかは、わからないけど、いつか言ってくれたら嬉しい。
「それで、凛くん。帰りは、どうするの?」
「えっと、赤の屋敷に行かないといけなくて」
「赤の屋敷? ちょっと歩くね。私も途中までついて行っていい?」
「それが、道案内してもらいたいんだけど……」
「そういうことなら、任せて!」
トモカは、方向を転換して、少し暗い裏道に入っていった。
「本当に伝わるんだな……」
「何が?」
「ジェーンさんがこの国の人なら赤の屋敷で伝わるって言ってたんだけど、そんなに有名な場所なのか?」
「……うん、そうだよ」
「へぇー」
凛は、この国の常識をまだまだ知らないことを実感した。もう少し街歩きなどをして、この国のことを知ったほうがよさそうだ。
「……じゃあさ、凛くんに問題です」
「……ん?」
「私の家は、この国ではなんと呼ばれているでしょう?」
「……ミネルヴァ家?」
「違う。いや、そうなんだけど。ミネルヴァ家本邸の通称は何だと思う?」
「お屋敷の名前ってこと? ……うーん」
「ヒント。色が入っています」
凛の視点では、トモカの家は、寒色系なイメージがある。白の壁に庭の噴水も白い石だったような。
「白?」
「ううん。建物じゃなくて、その家の人間の色かな」
銀髪や青系の瞳。それで、水を司る家だったような……。
「青の屋敷?」
「それだと、ザインの家になるね」
「ザイン?」
彼の実家は、魔法師御三家ステルランド。炎を司る家だったはず。それなのに、青の屋敷? なんで?
「お手上げですか?」
凛は、さらに頭を捻らせるが、適当なものは思いつかなかった。
「うん。ギブアップ!」
「正解は、緑の屋敷でしたー!」
「なんで? 全然、わからん!」
「逆にわかったら、ちょっと怖いくらいだよ」
「由来とかあるのか?」
「うん。魔法師御三家の始祖の瞳の色から取ってるんだって」
「じゃあ、ミネルヴァ家は緑。ステルランド家は青。えっと……ナーゴインド家は赤?」
「そうそう」
「じゃあ、なんでタウノは赤の屋敷に用事があるんだ?」
凛は首を傾げた。
「え? だって……」
トモカは、歩みを止めた。
「タウノは、ナーゴインド家の傍系だよ。ジェーンさんがナーゴインド家出身なんだよ」
「え、えー!!」
凛は、これ以上ないくらい大きな声を出した。
「アハハハ、アハハ……はぁー」
トモカは、凛の反応が愉快で、散々笑い転げた。そして、笑いが収まった頃にため息を吐いた。
「凛くんって、ほんとう面白いね」
「だって、聞いたことない」
「今、タウノの家にいるんでしょ?」
「うん」
「家中、植物まみれでしょ?」
凛は、タウノの家の庭やら、リビングやらを思い返す。確かに、どこもかしこも緑があった。
「あ、あぁ」
「あれは、体を植物たちに馴染ませてるの。そして、私たちとは違う、植物の生命そのものを操るんだよ」
魔法士御三家のそれぞれの象徴。
ミネルヴァ家は、水。ステルランド家は、炎。ナーゴインド家は、草木。
「なるほど」
凛は、納得した。
「あ、そういえば」
そして、いつかのタウノの言葉を思い出した。
『あの銀髪姉妹。あいつらに目をつけられると、一生振り回されるんだ』
『家のパーティーだよ。そこで、同じ年頃だからって、挨拶しに行ったのが地獄の始まりだ』
「タウノって、ユリカとエレナさんのこと、やけに毛嫌いしてるなって思ってたんだけど、そういうことか」
「そうだよ。ただでさえ、女系のナーゴインド家に生まれ、あの姉妹と出会ったから……」
トモカは、ハンカチを取り出し、口元を隠した。そして、目一杯、哀れみを漂わせた。
「過酷な女社会で生きてきた哀れな男なのよ。あいつは」
「確かに可哀想だな」
凛は、哀愁漂わせて、遠くの空を見上げた。
頑張れよ、タウノ。
* * *
一方、その頃。
ナーゴインド家本邸では、ドレスで着飾った若い女性たちが、走り回っていた。ある一人の少年を探して。
「タウノー!」
青のドレスの女性は、黃のドレスの女性に話しかける。
「こっちにはいないわ」
「もしかして、暖炉の中とか?」
赤のドレスの女性は、白のドレスの女性に話しかける。
「馬鹿なの? どうして、服を汚さないといけないのよ」
「それもそうね」
「タウノー!」
「観念して、出ていらっしゃーい!」
足早なヒールの音とドレスの裾を引きずる音。そんな音を聞く度に、タウノの心臓はより一層早く脈を打つ。
「……」
タウノは、埃まみれの屋根裏でひっそりと息を潜めていた。
リンのやつ、早く帰ってこーーい!!!
タウノは、顔が小綺麗な凛を親戚の姉たちへの生贄にしようと企んでいた。
すると、
ガコッ
何かが外れた音がした。
「にいに、みっけ」
愛しの妹が、屋根裏に登ってきた。
「アンナ、しぃーーーっ!」
タウノが箝口令をひこうとしたのも束の間、下から聞こえる声が集まってくる。
「アンナちゃん? タウノ見つけたの?」
「ほんとに!? アンナちゃん?」
「屋根裏から引きずり下ろしましょう」
すると、赤のドレスの女性は、どこからか種を取り出し、魔力を込めた。すると、種から芽が出て、茎はぐんぐんと伸びていく。まるで、自我を持ったかのように、屋根裏でうつ伏せになっているタウノに絡みつく。そして、引きずり下ろされた。
「くっそー!!」
「捕まえたわ!」
「にいに、ゲット」
タウノは、とうとう自分の妹が、この悪魔たちの仲間入りしたことに、胸が痛んだ。
* * *
少しすると、黒い門が現れた。
「あそこだよ」
門の先には、明かりのついた屋敷が見えた。
「おぉ、トモカの家に劣らない大きさだな」
「私も久しぶりにお邪魔しよう」
すると、トモカは、使い魔のフィオナを召喚した。
フィオナは、凛が以前見たときより、一回り大きくなっているような気がした。
「ほら、凛くんも乗って」
「えっと、なんで?」
「門超えるから」
門は、超えるものではない。くぐるものだ。まして、人様の家の門を飛び越えるなんて、不法侵入以外の何ものでもない。
「なんて?」
「まぁまぁ。ほら、しっかり掴まってね」
凛は、トモカに腕を引っ張られ、渋々、フィオナの背に乗った。
「フィオナ、いいよー」
フィオナは、トモカの声を聞くと、門に向かって走り出した。
そして、門の手前で高く跳躍した。
凛は、思わず振り落とされそうになる。
「うわっ!」
フィオナは、人二人が乗っているにも関わらず、優雅に着地した。
「とうちゃーく!」
「これ、不法侵入なんじゃ……」
凛は、後ろを振り返った。
「えぇ、そうね」
すると、トモカと凛の後ろから、女性の声がした。
「「うわ!」」
トモカと凛は、つい反射で間合いを取った。
長身のすらりとした女性。ローブは、ただの布ではなく、金糸で刺繍が施されたものだった。
そして、彼女は、ローブを深く被っていた。
「あ……っと……オフィ、じゃなくて……」
凛は、口籠るトモカの方を見た。すると、目線を泳がせて、焦っているようだった。そして、なにかひらめいたように、顔を綻ばせた。
「リア様!」
「リアさま?」
凛は、リアと呼ばれた人物の方に首を向けた。
「トモカ、何を言って」
トモカは、女性の言葉を遮るようにまくし立てる。
「リア様! この人は、タウノの友人の凛です!」
「リン……あぁ、わかったわ。ヴェカエプタ」
女性は、少し首を傾けると、コクリと縦に頷いた。
「はい。主様」
すろと、瞬く間に長身の若い男が現れた。彼の瞳は、血を思わせる、悍ましくも鮮烈な赤色だった。
「この少年をタウノのところまで連れて行ってあげて」
「はい」
若い男性は、女性に丁寧に一礼した。そして、凛をその赤い瞳で捉えた。
「では、どうぞ、私についてきてください」
「じゃあ、またね。凛くん」
「またな、トモカ」
名残りを惜しむ間もなく、二人は別れた。
「ふぅ……」
トモカは、安堵の息を吐いた。
しかし、その目の前では腕を組んで、そっぽを向いているローブの女性がいる。大人びた長身の姿とは裏腹に、その仕草はどこか子どもっぽい。
「トモカ。あなた、私の名前忘れてしまったの?」
「違います! あの人は、ただの一般人なんです。もし、あなたの正体がバレたときの手間を省くために、わざと違う名前で呼んだんです」
「本当に?」
「そうですよ、オフィーリア様!」
彼女は、ローブを脱ぐ。
「そういうことね」
現れたのは、艷やかな長い黒髪を流した、二十代前半の長身の女性。その瞳の色は、鮮烈な赤。
彼女の名は、オフィーリア・ナーゴインド。
魔法士御三家、その一つ。ナーゴインド家の始祖にして、花樹を統べし者。
そして__
本来ならば、もうこの世に存在しないはずの人間である。
世間では、彼らはもう永劫の眠りについたことになっている。
そんな彼女は、何かを思いついたらしく、ぽんと手を打った。
「ちょうどよかったわ。ついてきて」
トモカは、言われるがまま、オフィーリアについていくと、屋敷の屋根に登らされた。
一体、何をさせられるのだろう。
「申し訳ないのだけど、これを連れて帰ってほしいの」
オフィーリアが案内した先。屋根には、まるで引っかかるように、銀髪の少女が赤ら顔で寝落ちていた。
「……お、お祖母様ー!?」
彼女は、ミネルヴァ家の始祖。カヴィアン・ミネルヴァだった。
屋根で心地よさそうに眠っている彼女には、威厳もひったくれもなかった。(まぁ、普段も飄々としているけど)
「今日は、二人でワインと花火を楽しんでいたのだけど。私が間違えて、度の強いワインを持ってきてしまったの」
オフィーリアは、置いてあった空のワインボトルを拾う。
「カヴィアンって、飲むペースがすごく早いの。だから、気づいたときには、すっかり酔に浸っていて……。もうこのまま放置するか、屋敷に強制送還するか、迷ってたの」
「強制送還……」
無意識にトモカは、復唱した。
「えぇ」
すると、オフィーリアは、屋敷の西を指差す。
「巨木の精で緑の屋敷の方面へかっ飛ばす、という案を思いついたの。力の加減を間違えると、微妙な距離で落下してしまうのが、難点だけど」
「お、お願いですから、やめてあげてください。私が連れて帰りますから……」
「ほんとう? それは、ありがとう」
オフィーリアは、ニコリと笑った。
もし、トモカがここに訪れなかったら。
翌朝、カヴィアンは身に覚えのない場所の地面で目を覚ましていただろう。
もっとも、本人はそれすら気にしなさそうだが。
すると、オフィーリアの後ろに人影が現れた。淡い月光に照らされた瞳は、血を思わせる、悍ましくも鮮烈な赤色だった。
「主様」
「どうしたの? エンメア」
しかし、オフィーリアは、先ほどの男性とは違う名前を呼んだ。
「トモカ様のお迎えが来ました」
「あら、じゃあ、これでさようならね」
トモカは、ペコリと頭を下げた。
「はい、お騒がせしました」
「あっ、金の少年のことは、私たちが責任持って、面倒見るから」
オフィーリアは、ぱちっと片目を閉じた。
金の少年とは、凛のことだろう。
「え、ありがとうございます」
「またねー。エンメア、トモカと、転がっているこれを馬車まで送って」
「はい、主様」
エンメアは、熟睡しているカヴィアンをひょいっと横抱きにした。そして、空いている左手をトモカに差し出した。
「お手を、どうぞ」
「はい」
トモカは、エンメアと軽く手を重ねた。すると、ふわりと体が宙に浮く。そして、そのまま門の外まで連れて行かれた。
「トモカ様。カヴィアン様は、どこに乗せますか?」
「この馬車だけど」
「ですが、少々場所が足りないようです」
「え?」
トモカは、馬車のドアを開けた。すると、そこには、ユリカ、エレナ(女)、エリックス、フーカン、レナの計五名が居心地悪そうに座っていた。この馬車は、六人乗り用である。
ユリカとエリックスは、幸せそうに寝息を立てている。
「トモカ。と、お祖母様」
エレナが少し驚いたように、目を開く。
「……私たち、乗れる?」
「おぉ……まぁ、トモカ細いし……」
フーカンが少しどもった。すると、レナがすっと手を挙げた。
「では、私が自力で帰らせていただきます」
「えっ? いやいや、乗れる。みんな乗れるよ!」
「いえ、無理があります。ので、私、先に帰らせていただきます」
レナは、馬車から降りた。そして、少し馬車から距離を取ると、小さな笛を取り出した。
ピィーー
レナが笛を吹くと、やがて、風が起こりだした。そして、夜空から滑空してきたのは、大きな鳥。ベラビスタだった。なんと鞍がついている。
レナは、それにひょいと乗る。
「では、お先に失礼します」
そう言うと、レナは、颯爽と夜の闇に溶けていった。
その様子を唖然と眺めていたトモカは、我に返る。
「……お祖母様を、馬車に乗せてちょうだい」
「はい」
エンメアは、カヴィアンを馬車に乗せた。そして、トモカも馬車に乗り、ミネルヴァ一行は帰路についた。
トモカは、馬車の中で、エレナに話しかけられた。
「で、どうだったかな? この夜は」
トモカは、目を閉じる。
賑やかな街。美味しい香り。冷たい紅茶。大輪の花火。そして、夜に一層煌めく黄金の瞳。
「……うん」
トモカは、満面の笑みで答えた。
「すっごく楽しかった!」
魔法士御三家の始祖が今も生きている説明は、
【3−4】 いつの世も恋バナには花を咲かせたがるようです
に記載しています。
要約すると、魔法士御三家の始祖たちは、魔法の力によって、まるで不老不死のような力を得ました。
わかりにくかったら、すみません。




