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静かな蒼月、その瞳の先に  作者: 色炉
第3章 遠い記憶を知る花
33/38

【3−8】 花火の下で、君に告げる

「お嬢様、あちらを」

「え? 何?」

レナが指差す方には、背の高い男二人。そして、それに挟まれた凛がいた。

「り、凛くん……」

トモカは、愕然とした。


しかし、それも束の間。男二人と目が合った。

「ん? あそこにいるよ」

「なんかピリピリすると、思ったらトモカか」

「あれ? ホントだ。トモカー!」

三人がトモカたちのもとへやってきた。そして、トモカは片方の男に見覚えがあった。

「フーカン兄さん! 久しぶり!」

「おう! 元気そうだな、トモカ」

元気よく返してくれる青年。暗めの茶髪に、淡い緑の瞳。彼は、フーカン・テドウィッチ。エレナ・ミネルヴァの夫である。

すると、フーカンの隣にいた金髪の青年が口を開く。

「……おや、私には、挨拶してくれないの?」

とても男のものとは思えない、繊細で凛とした声が彼の口からこぼれた。

「「えっ?」」

トモカと凛は、青年を凝視する。青年の碧い瞳の色は、やけに見覚えがあった。

「も、もしかして……」

トモカは、その青年だけに魔力探知をかけた。すると、感じた魔力は。

「エレナ?」

「せいかーい」

金髪の青年は、自慢げにピースした。

「な、なんで、男になってるの……?」

トモカは、エレナが変装の名手というのは、知っていた。たまに、お巫山戯で別人になって目の前に現れるから。しかし、その性別は、あくまで女性だった。

「まぁ、普段の格好だと、目立つし、男も寄ってくる」

本来のエレナは、スタイリッシュな銀髪美女である。

「だから、今回は初の試み。男になってみよう」

「……ちょっと、声、男のやつに戻して」

トモカは、見知らぬ男からエレナの声がするのが奇妙すぎた。

エレナは、咳払いをすると男性の声になった。

「これ、結構きついんだよ」

「何が?」

「身長ごまかすために、ずっと浮いてるんだよ。足、触ってみて」

トモカは、エレナ(男)の脛あたりを手で払ってみる。すると、スカッと空を切った。

「うわ」

「すごいでしょ。幻影魔法と滞空魔法をずっと発動中なんだよ」

どこか誇らしげな顔をしているエレナ(男)。

「エレナは、一体何を目指してるの……?」

「俺にもわからん」

夫にも妻の心中は、わからないようだ。

「ところでレナ。君は、ずっとトモカの傍にいるの?」

エレナ(男)は、トモカの後ろに控えている侍女に目を向ける。

「いえ。お嬢様がリン様と合流でき次第、私もお祭りを満喫しようと考えています」

「なるほど、では、私たちと一緒に廻るか?」

「よろしいのですか?」

「あぁ、もちろん。俺たちは別にデートしてるわけじゃないしな」

「では、お言葉に甘えて」

レナは、エレナたちのもとへ近づくと、二人に腕を引っ張られ、エレナとフーカンの間に入れられた。

「おや。まるで、男性を侍らせている女性の気分です」

「よし、これなら声も掛けられないだろう」

「じゃあ、またね。二人とも」

そして、賑やかな嵐が去って行った。


「……私たちも行こうか」

「う、うん」

トモカと凛は、露店が並ぶ通りへ向かった。


露店には、甘いお菓子や塩辛い肉、他にも、装飾品、化粧品、古本など様々だ。しかし、進めば進むほど、人は溢れかえっていった。

「す、すごい人だ……」

「凛くん、大丈夫? 人酔いしてない?」

「うん、大丈夫。……なんか食べたいものとかある?」

「確かに、お腹すいたなー」

トモカは、辺りを見渡した。すると、めぼしいものを見つけた。

「あ! あれ、食べよう!」

「あのリンゴの揚げ菓子?」

「うん! 美味しいよ。お祭りといったらの定番だね」

トモカと凛は、リンゴの揚げ菓子の露店の列に並んだ。

「それにしても、エレナさん。会う度に、人物像が変わっていく」

「そうそう。様子がおかしくない美人なんて存在しないんだよ」

凛は、トモカの「美人」に、複数人含まれている気がした。

「話しかけられたときは、めっちゃ驚いたんだぜ。見たことないイケメンが馴れ馴れしいんだ」

「怖いねー。不審者でしかないねー」

トモカは、コクコクと相槌を打つ。

「トモカは、エレナさんの友人? と、ずいぶん仲がいいんだな」

「え?」

「『兄さん』って呼んでただろ? 俺の兄さんのことも、『兄さん』って呼ぶし」

「……」

私、親しい年上の男の人のことを『兄さん』って呼ぶと思われてる?

「あのね……さっきの茶髪の人は」

トモカは、事情をこと細かく話した。自分が誰彼構わず、『兄さん』とは呼ばないことも。

「エレナさん、結婚してたのか……」

「え? ショック?」

「いや。旦那さん、大変そうだなと……」

「わかる。私もエレナと生涯を共に、は難しいかな。私からしたら頼りになるお姉ちゃんだから」

トモカは、遠い目をした。

「でも、フーカン兄さんとエレナは、学生時代からの付き合いだから、お互いのことはよくわかって、結ばれたはずだよ」

「学生時代……。ユリカもそうだが、魔法士は、婚期が早い傾向でもあるのか?」

「え? アハハハ! 面白いこと言うね。凛くん」

凛は、突然笑い出したトモカに驚いた。

「まぁ、貴族は、権力のために若い頃から婚約者をあてがわれることが多いよ。でも、私たち魔法士御三家は、貴族とのつながりはあまりないんだよ。だから、ユリカとエレナは、普通の恋愛からだよ。二人とも運がいいみたい」

「そうなのか」

「龍玉国では、どんな感じなのかな?」

トモカは、眉間に指を当てて、記憶を掘り起こしているようだ。

「あ、ちょっと待って……好きな人に玉飾りをあげる風習あるでしょ?」

「今は、あんまりかな……。俺の曾祖母ちゃんの時代ならあったって言ってたけど」

「私、時代遅れだ!」

「誰から聞いたんだよ、それ」

トモカは、目を見開いて、すぐに伏せた。

「……見たことあった気がしたの……」

トモカは、小さい声で呟いた。それは、祭りの喧騒にかき消された。

「なにか言った?」

「ううん。何かの本で読んだことがあったのかも」

「そうか。もうすぐ順番来るぞ」

「一袋、三個入りだって、わけっこする?」

「確かに、他のものも食べるかもしれないしな」

トモカたちの順番が来た。

「いらっしゃい!」

「アプフェルキューヒレ、一袋ください」

「毎度あり!」

トモカは、お金を渡し、売り子から袋を受け取った。

「凛くん、座れる場所行こう」

「あぁ」


トモカと凛は、場所を移動した。しかし、やって来たのは紅茶専門店だった。

「えっと……トモカ?」

「何?」

「なんで、ここ?」

「座れるから?」

「あ、はい」

トモカは、店のドアを開けた。すると、ドアベルがチリンと鳴った。

「いらっしゃいませ」

初老の男性が挨拶をした。

「イアンさん、こんばんは」

「おや、トモカさん。こんばんは」

「イアンさん、バルコニー借りてもいい?」

「どうぞ、後でそれに合う紅茶を用意しますよ」

「ありがとう! 行こう、凛くん」


階段を上がって、三階の部屋の窓を開けた。すると、そこには椅子と机とキャンドルが設置されていた。

「早く食べよう! 冷めちゃうよ」

「あ、うん」

トモカは、袋の中から輪っか状のリンゴの揚げ菓子を取り出す。

「はい、どうぞ」

「ありがとう」

「「いただきます」」

トモカと凛は、まだホカホカの揚げ菓子に齧り付いた。すると、二人とも目を見開いた。

「「美味しいっ!」」

トモカと凛は、声が重なったのが、可笑しくて笑い出した。

「でしょ? 他にも、なんか食べたいものある?」

「飲み物は……紅茶があるのか」

「あ、ごめん。勝手に紅茶って言ったけど、苦手だった?」

「いや、好きだよ。こっちの紅茶は、種類がたくさんあって楽しいからな」

「えーっと、少し変わった紅茶は、どう?」

「変わった? 珍しい茶葉でも使ってるのか?」

「いや、何の変哲もないアッサムだよ……」

すると、トモカの口籠る。

「ただ……ちょっと……」

今度は、視線をそらし始めた。

「ちょっと?」

凛が首を傾げると、バルコニーの窓が開いた。そして、イアンがトレーに二つのグラスを乗せて、現れた。

「トモカさん、ミルクティーできましたよ」

イアンは、グラスをそれぞれの前に置いていく。

「……甘くて……冷たい……だけだよ?」

凛は、グラスの中に入った液体を眺める。

「これが、紅茶?」

「うーん……紅茶だよ?」

「ティーカップは?」

「熱くないし……」

「なんで熱くないんだ?」

「夏って冷たいもの飲みたいじゃん」

すると、イアンが口を開く。

「こちらは、トモカさんが考えたドリンクです。紅茶にミルクを入れて、冷まします。すると、ひんやり、濃厚なミルクティーが完成します」

凛は、紅茶を冷やすというトモカの斜め上の発想に驚いた。だが、しかし、飲まず嫌いなどしたら、もう二度とトモカにも両親にも顔向けできないだろう。

凛は、グラスを傾けて、液体を口に含ませる。

「……!」

思わず、目を見開いた。

冷たい!

けれど、紅茶の香りはしっかりと残っている。それに、ミルクのまろやかさと甘さが合わさって、思っていたよりずっと飲みやすい。

「美味しい……」

「でしょ!」

トモカも自分のグラスに口をつける。

「夏には、やっぱり冷たいものが美味しいんだよ!」

「確かに、なんて斬新なアイデア……。新しいメニューに取り入れたい発想だ」

凛は、すっかり料理人モードになって、解析を始めている。そんな凛をトモカは、微笑ましく眺めていた。

「お二人は、仲がよろしいですね」

「「えっ?」」

トモカと凛の声がまた重なる。

「そうかなー?」

「まぁ、悪くはない、な」

「ふふ、それでは、ごゆっくり」

イアンは、優しい笑顔を浮かべて、店内へ戻っていった。

「私、変だった?」

「そんなことはなかったと思う」

すると、二人は同時に笑い出す。

「……凛くん、瞳の魔法解いてくれる?」

「うん」

凛は、静かに目を閉じた。そして、再び瞼を開けると、そこには、漆黒ではなく、眩い星の黄金色が現れた。

「やっぱり綺麗だね」

トモカは、凛の瞳を見つめながら、ぽつりと呟いた。そんなトモカの顔には、迷いの色が浮かんでいた。

凛くんなら、言ってもいいかな。私の過去を……。

「……ねぇ、凛くん」

「何?」

「さっきの玉飾りの話。本で読んだことがあるって言ったけど……」

トモカは、キャンドルの火が映る青い瞳を凛にまっすぐ向ける。

「あれは、嘘」

「……」

「本当はーー」

トモカが口を開いた。

しかし__。

ドォンッ!!

夜空に、大輪の花が咲いた。一瞬、遅れて轟音が街に響き渡る。

トモカの声は、花火の音にかき消された。凛は、何かを言ったようなトモカの唇を見つめる。

「……ごめん。今なんて?」

「……ふふ」

トモカは、蠱惑的に微笑んだ。そして、夜空へ視線を向ける。

「……またいつかでいい?」

凛は、しばらくトモカを見つめていた。

やがて、その言葉の意味を深く追及することなく、静かに頷いた。

「……うん」


いつか、この人には話したい。

トモカは、そんな小さな決意だけを胸の奥にしまった。

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