【3−8】 花火の下で、君に告げる
「お嬢様、あちらを」
「え? 何?」
レナが指差す方には、背の高い男二人。そして、それに挟まれた凛がいた。
「り、凛くん……」
トモカは、愕然とした。
しかし、それも束の間。男二人と目が合った。
「ん? あそこにいるよ」
「なんかピリピリすると、思ったらトモカか」
「あれ? ホントだ。トモカー!」
三人がトモカたちのもとへやってきた。そして、トモカは片方の男に見覚えがあった。
「フーカン兄さん! 久しぶり!」
「おう! 元気そうだな、トモカ」
元気よく返してくれる青年。暗めの茶髪に、淡い緑の瞳。彼は、フーカン・テドウィッチ。エレナ・ミネルヴァの夫である。
すると、フーカンの隣にいた金髪の青年が口を開く。
「……おや、私には、挨拶してくれないの?」
とても男のものとは思えない、繊細で凛とした声が彼の口からこぼれた。
「「えっ?」」
トモカと凛は、青年を凝視する。青年の碧い瞳の色は、やけに見覚えがあった。
「も、もしかして……」
トモカは、その青年だけに魔力探知をかけた。すると、感じた魔力は。
「エレナ?」
「せいかーい」
金髪の青年は、自慢げにピースした。
「な、なんで、男になってるの……?」
トモカは、エレナが変装の名手というのは、知っていた。たまに、お巫山戯で別人になって目の前に現れるから。しかし、その性別は、あくまで女性だった。
「まぁ、普段の格好だと、目立つし、男も寄ってくる」
本来のエレナは、スタイリッシュな銀髪美女である。
「だから、今回は初の試み。男になってみよう」
「……ちょっと、声、男のやつに戻して」
トモカは、見知らぬ男からエレナの声がするのが奇妙すぎた。
エレナは、咳払いをすると男性の声になった。
「これ、結構きついんだよ」
「何が?」
「身長ごまかすために、ずっと浮いてるんだよ。足、触ってみて」
トモカは、エレナ(男)の脛あたりを手で払ってみる。すると、スカッと空を切った。
「うわ」
「すごいでしょ。幻影魔法と滞空魔法をずっと発動中なんだよ」
どこか誇らしげな顔をしているエレナ(男)。
「エレナは、一体何を目指してるの……?」
「俺にもわからん」
夫にも妻の心中は、わからないようだ。
「ところでレナ。君は、ずっとトモカの傍にいるの?」
エレナ(男)は、トモカの後ろに控えている侍女に目を向ける。
「いえ。お嬢様がリン様と合流でき次第、私もお祭りを満喫しようと考えています」
「なるほど、では、私たちと一緒に廻るか?」
「よろしいのですか?」
「あぁ、もちろん。俺たちは別にデートしてるわけじゃないしな」
「では、お言葉に甘えて」
レナは、エレナたちのもとへ近づくと、二人に腕を引っ張られ、エレナとフーカンの間に入れられた。
「おや。まるで、男性を侍らせている女性の気分です」
「よし、これなら声も掛けられないだろう」
「じゃあ、またね。二人とも」
そして、賑やかな嵐が去って行った。
「……私たちも行こうか」
「う、うん」
トモカと凛は、露店が並ぶ通りへ向かった。
露店には、甘いお菓子や塩辛い肉、他にも、装飾品、化粧品、古本など様々だ。しかし、進めば進むほど、人は溢れかえっていった。
「す、すごい人だ……」
「凛くん、大丈夫? 人酔いしてない?」
「うん、大丈夫。……なんか食べたいものとかある?」
「確かに、お腹すいたなー」
トモカは、辺りを見渡した。すると、めぼしいものを見つけた。
「あ! あれ、食べよう!」
「あのリンゴの揚げ菓子?」
「うん! 美味しいよ。お祭りといったらの定番だね」
トモカと凛は、リンゴの揚げ菓子の露店の列に並んだ。
「それにしても、エレナさん。会う度に、人物像が変わっていく」
「そうそう。様子がおかしくない美人なんて存在しないんだよ」
凛は、トモカの「美人」に、複数人含まれている気がした。
「話しかけられたときは、めっちゃ驚いたんだぜ。見たことないイケメンが馴れ馴れしいんだ」
「怖いねー。不審者でしかないねー」
トモカは、コクコクと相槌を打つ。
「トモカは、エレナさんの友人? と、ずいぶん仲がいいんだな」
「え?」
「『兄さん』って呼んでただろ? 俺の兄さんのことも、『兄さん』って呼ぶし」
「……」
私、親しい年上の男の人のことを『兄さん』って呼ぶと思われてる?
「あのね……さっきの茶髪の人は」
トモカは、事情をこと細かく話した。自分が誰彼構わず、『兄さん』とは呼ばないことも。
「エレナさん、結婚してたのか……」
「え? ショック?」
「いや。旦那さん、大変そうだなと……」
「わかる。私もエレナと生涯を共に、は難しいかな。私からしたら頼りになるお姉ちゃんだから」
トモカは、遠い目をした。
「でも、フーカン兄さんとエレナは、学生時代からの付き合いだから、お互いのことはよくわかって、結ばれたはずだよ」
「学生時代……。ユリカもそうだが、魔法士は、婚期が早い傾向でもあるのか?」
「え? アハハハ! 面白いこと言うね。凛くん」
凛は、突然笑い出したトモカに驚いた。
「まぁ、貴族は、権力のために若い頃から婚約者をあてがわれることが多いよ。でも、私たち魔法士御三家は、貴族とのつながりはあまりないんだよ。だから、ユリカとエレナは、普通の恋愛からだよ。二人とも運がいいみたい」
「そうなのか」
「龍玉国では、どんな感じなのかな?」
トモカは、眉間に指を当てて、記憶を掘り起こしているようだ。
「あ、ちょっと待って……好きな人に玉飾りをあげる風習あるでしょ?」
「今は、あんまりかな……。俺の曾祖母ちゃんの時代ならあったって言ってたけど」
「私、時代遅れだ!」
「誰から聞いたんだよ、それ」
トモカは、目を見開いて、すぐに伏せた。
「……見たことあった気がしたの……」
トモカは、小さい声で呟いた。それは、祭りの喧騒にかき消された。
「なにか言った?」
「ううん。何かの本で読んだことがあったのかも」
「そうか。もうすぐ順番来るぞ」
「一袋、三個入りだって、わけっこする?」
「確かに、他のものも食べるかもしれないしな」
トモカたちの順番が来た。
「いらっしゃい!」
「アプフェルキューヒレ、一袋ください」
「毎度あり!」
トモカは、お金を渡し、売り子から袋を受け取った。
「凛くん、座れる場所行こう」
「あぁ」
トモカと凛は、場所を移動した。しかし、やって来たのは紅茶専門店だった。
「えっと……トモカ?」
「何?」
「なんで、ここ?」
「座れるから?」
「あ、はい」
トモカは、店のドアを開けた。すると、ドアベルがチリンと鳴った。
「いらっしゃいませ」
初老の男性が挨拶をした。
「イアンさん、こんばんは」
「おや、トモカさん。こんばんは」
「イアンさん、バルコニー借りてもいい?」
「どうぞ、後でそれに合う紅茶を用意しますよ」
「ありがとう! 行こう、凛くん」
階段を上がって、三階の部屋の窓を開けた。すると、そこには椅子と机とキャンドルが設置されていた。
「早く食べよう! 冷めちゃうよ」
「あ、うん」
トモカは、袋の中から輪っか状のリンゴの揚げ菓子を取り出す。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
「「いただきます」」
トモカと凛は、まだホカホカの揚げ菓子に齧り付いた。すると、二人とも目を見開いた。
「「美味しいっ!」」
トモカと凛は、声が重なったのが、可笑しくて笑い出した。
「でしょ? 他にも、なんか食べたいものある?」
「飲み物は……紅茶があるのか」
「あ、ごめん。勝手に紅茶って言ったけど、苦手だった?」
「いや、好きだよ。こっちの紅茶は、種類がたくさんあって楽しいからな」
「えーっと、少し変わった紅茶は、どう?」
「変わった? 珍しい茶葉でも使ってるのか?」
「いや、何の変哲もないアッサムだよ……」
すると、トモカの口籠る。
「ただ……ちょっと……」
今度は、視線をそらし始めた。
「ちょっと?」
凛が首を傾げると、バルコニーの窓が開いた。そして、イアンがトレーに二つのグラスを乗せて、現れた。
「トモカさん、ミルクティーできましたよ」
イアンは、グラスをそれぞれの前に置いていく。
「……甘くて……冷たい……だけだよ?」
凛は、グラスの中に入った液体を眺める。
「これが、紅茶?」
「うーん……紅茶だよ?」
「ティーカップは?」
「熱くないし……」
「なんで熱くないんだ?」
「夏って冷たいもの飲みたいじゃん」
すると、イアンが口を開く。
「こちらは、トモカさんが考えたドリンクです。紅茶にミルクを入れて、冷まします。すると、ひんやり、濃厚なミルクティーが完成します」
凛は、紅茶を冷やすというトモカの斜め上の発想に驚いた。だが、しかし、飲まず嫌いなどしたら、もう二度とトモカにも両親にも顔向けできないだろう。
凛は、グラスを傾けて、液体を口に含ませる。
「……!」
思わず、目を見開いた。
冷たい!
けれど、紅茶の香りはしっかりと残っている。それに、ミルクのまろやかさと甘さが合わさって、思っていたよりずっと飲みやすい。
「美味しい……」
「でしょ!」
トモカも自分のグラスに口をつける。
「夏には、やっぱり冷たいものが美味しいんだよ!」
「確かに、なんて斬新なアイデア……。新しいメニューに取り入れたい発想だ」
凛は、すっかり料理人モードになって、解析を始めている。そんな凛をトモカは、微笑ましく眺めていた。
「お二人は、仲がよろしいですね」
「「えっ?」」
トモカと凛の声がまた重なる。
「そうかなー?」
「まぁ、悪くはない、な」
「ふふ、それでは、ごゆっくり」
イアンは、優しい笑顔を浮かべて、店内へ戻っていった。
「私、変だった?」
「そんなことはなかったと思う」
すると、二人は同時に笑い出す。
「……凛くん、瞳の魔法解いてくれる?」
「うん」
凛は、静かに目を閉じた。そして、再び瞼を開けると、そこには、漆黒ではなく、眩い星の黄金色が現れた。
「やっぱり綺麗だね」
トモカは、凛の瞳を見つめながら、ぽつりと呟いた。そんなトモカの顔には、迷いの色が浮かんでいた。
凛くんなら、言ってもいいかな。私の過去を……。
「……ねぇ、凛くん」
「何?」
「さっきの玉飾りの話。本で読んだことがあるって言ったけど……」
トモカは、キャンドルの火が映る青い瞳を凛にまっすぐ向ける。
「あれは、嘘」
「……」
「本当はーー」
トモカが口を開いた。
しかし__。
ドォンッ!!
夜空に、大輪の花が咲いた。一瞬、遅れて轟音が街に響き渡る。
トモカの声は、花火の音にかき消された。凛は、何かを言ったようなトモカの唇を見つめる。
「……ごめん。今なんて?」
「……ふふ」
トモカは、蠱惑的に微笑んだ。そして、夜空へ視線を向ける。
「……またいつかでいい?」
凛は、しばらくトモカを見つめていた。
やがて、その言葉の意味を深く追及することなく、静かに頷いた。
「……うん」
いつか、この人には話したい。
トモカは、そんな小さな決意だけを胸の奥にしまった。




