【3−6】 花火大会の打ち合わせ
ミネルヴァ家本邸の二階の窓から庭を凝視している黒髪の少女が一人。そして、その後ろで鉛筆を回しながら、その様子を眺めている銀髪の少女が一人。
「すごい、集中力だね。トモカ、もしかしてレポートもう全部終わってる?」
「ん? そうね。学園からの課題は、もうこの写生だけね」
トモカは、部屋の窓から庭を眺めて、筆を走らせている。トモカのキャンパスは、濃い桃色の花が満開の植木がだんだんと完成しつつある。
「えー! いいな、いいなー。まだ三週間しか経ってないのに、そんなに終わってるなら、あと一ヶ月暇だねー」
「いや、私。来月は、試験受けなきゃだから」
「あ! そっか。忙しいねー」
トモカは、すぐにキャンパスに目を移す。そんな様子を見ながら、ユリカは、ニマニマ笑っている。
「でー? 来週の予定は?」
「来週……。あぁ、花火大会ね」
「リンくんとは、もう打ち合わせしたの?」
トモカの筆がピタリと止まる。そして、沈黙の間が流れる。
「……リンくんと。打ち合わせ。しましたか?」
トモカは、消え入りそうな声で答えた。
「……まだ、でーす……」
「ま、まだー!?」
ユリカの叫び声が屋敷に響き渡った。
「実は、休み入ってから、連絡取ってなくて……。時間取ろうとは、思ってたけど、いつの間にか、机の上で寝落ちてて……」
トモカが頭を掻く。ユリカは開いた口が塞がらない。
「そ、そんな、一緒に待ち合わせて、露店回って、花火見て、帰るだけだし……」
「違う! 男のことを何もわかってない!」
「お、男?」
「トモカは、ただリンくんと過ごせたらいいって思ってるけど、リンくんは、違うかもしれないでしょ」
「どういうこと?」
「まず、待ち合わせ場所と時間。人混みの中で、どれだけ早くお互いを見つけられるか!」
「……そんなことまで考える?」
「考えるの! 恋愛は、準備が九割!」
「次に、花火を見る場所。人が多いところか、人の少ないところも考えたいかもしれない! 最後に、予算。どれくらいいるのか、遊ぶのか、食べるのか」
ユリカがビシッとトモカを指差す。
「相手をより楽しませるための工夫をしたいかもしれない!」
「な、なるほど」
「わかったなら、今すぐ、リンくんに連絡取って! ほら、水晶持ってきて!」
「は、はい」
トモカは、自室に駆け戻り、連絡用水晶を持ってきた。
「ほら、掛けて」
「まだ、お昼だし、凛くんいないかもしれないし」
「いいから、掛ける!」
「うぅ……」
トモカは、否応なしに凛に着信した。
すると、すぐに凛は応答した。
『もしもし。トモカ?』
「あ、凛くん。こんにちは。急にごめんね」
『いや、全然。どうした?』
「えっと、花火大会……の待ち合わせについて、話したくて」
それから、トモカと凛は水晶越しに当日の打ち合わせについて、話した。
『オッケー。それでいいな』
「うん。まぁ、もし見つからなかったら、じっとしててね。私が魔力探知かけるから」
『わ、わかった』
「それじゃあ、またねー」
『またな!』
「これでいい? ユリカ」
「そうそう。これで、もう資格の勉強に集中できるでしょ?」
「えー。それが狙いだったの?」
「いやいや、受からなきゃ、次の貴重な休みだって没になっちゃうよー」
「私のことを見誤っているんじゃない? こんな資格、すこーし勉強すれば、満点合格よ」
「……言ったね?」
「言ったわ」
「じゃあ、もし満点じゃなかったら、ダブルデートで叔母様のところ行きましょう」
ユリカが勢いよく立ち上がった。
「えっ? ダブルデート? しかも、なんでウォーラルト国まで行かないといけないのよ!」
「叔父様に将来を占ってもらいに行こう! 決定!」
「叔父様? いつも忙しいじゃない! 絶対、迷惑になるわ」
トモカとユリカの叔母、ミラナ。彼女の夫は、ウォーラルト国屈指の医者であり、国内外問わず、年中飛び回っている。そんな彼は、占星術にも長けており、的確に未来を占ってくれる。
「うんうん。叔父様がお休みの日を確認するから全然大丈夫!」
ユリカは、問題なしと言わんばかりに、親指を立てる。
「……」
多分、私が満点合格でも連行されるんだろうなぁ。
トモカは、貴重な休みを姪に潰される叔父を気の毒だと思った。
* * *
ジェンセンドール国南部。開けた土地に佇むガラス張りのサンルームが目立つ邸宅。その庭には、人の背丈を裕に超えるヒマワリが咲き乱れている。
そこにスケッチブックを持った少年が二人。茶髪の少年、タウノ・マキネンは、さらさらと流れるように筆を走らせている。一方で、黒髪の少年、光柱凛は、何度も一筆描いては消してを繰り返している。
そして、黒髪の少年は集中が切れたのか、隣で黙々と筆を走らせている茶髪の少年に話しかけた。
「タウノの家って、なんか植物園みたいだよな」
「まぁ。土地のあらゆるところに花やら木やら植えてるからな」
「家の人の趣味?」
「そんな感じ。うちのばあちゃんが言うには、命とともに過ごすことが俺たちにとって大切なことだってさ」
「あ、そういうのなら、うちにもあるぞ! 自分も人も満足させてこそ料理人にとっての最重要点。親父と母さんが言ってた」
凛の実家は飲食店を経営している。料理人としての心得なのだろう。
「おぉ、そういうのいいな。いつか行ってみたいな、お前の店」
「いつでも来てくれよ。俺の友達って言ったら、割引してもらえるぜ」
「なんだ、それ。ちゃんと通常価格でいただくよ」
「えー。おまけで団子も付いてくるのに?」
「団子が食べたかったら、注文するさ」
「俺の友達っていうのが、恥ずかしいだけだろ?」
「……別に金に困っているわけじゃないんだ。俺は、一人の客として料理を楽しむために行くんだ。リンの名前を出してまで値下げするなど、もってのほかだ」
「あ、そうですかー」
「タウノー! タウノー!」
すると、家の方から女性の声が聞こえた。
「ジェーンさんの声だな」
「母さん、どうせまた子猫が一匹見当たらないとか言うんだろうな」
約二ヶ月前、マキネン家の飼い猫が子猫を産んだ。そして、現在やんちゃ盛りな子猫たちは、家中あちこちに散らばっている。そして、おやつの時間なのに、全員集まらないから、タウノの母、ジェーンは、探すのを手伝ってほしいのだろう。
タウノがスケッチブックを置いて、立ち上がった。
「ちょっと行ってくる」
「あ、お前のスケッチブック見ていい?」
「いいぞ」
そして、タウノは家の方に走っていった。
凛は、タウノのスケッチブックを拾い上げた。そして、先ほど彼が描いていたヒマワリを、まじまじと眺める。
「なんで、こんな写真みたいに描けるんだ?」
凛は、ペラペラとページをめくっていく。そこには、いくつもの見事な絵が現れる。
すると、凛は、不思議な植物の絵にたどり着いた。
「なんだ、これ? 木? 花?」
木の幹にのびた枝。しかし、葉は一枚もなく、代わりに花が生い茂っている。
「見たことないから、夏の花じゃないんだな」
「リンくーん! 一緒におやつの時間にしましょーう!」
すると、家の方からよく通る女性の声が聞こえた。
「ジェーンさん。相変わらず、よく聞こえる声だなぁ」
凛は、二人分のスケッチブックを持って、家の方へ向かった。




