【3−5】 父、仕事を増やす
トモカは、カヴィアンのもとを訪れたあと、そのまま夕食を食べにダイニングへ向かった。そして、珍しいことにスカルノが席についていた。
「お父様、一緒に晩ご飯なんて久しぶりだね」
「……まぁ、たまにはこういう時間のために、仕事を休憩するのも悪いことではないだろう」
「へぇー」
トモカはスカルノの隣の席につく。しばらくして、料理が運ばれてくる。しかし、トモカは少し憂鬱な目でスカルノを見る。
「仕事って大変?」
トモカが過去に数えられないほど、スカルノに尋ねた言葉。
幼い頃は、家でも外でも姿を見せない父が恋しかった。そして、家で時々、見かけた父を引き止め、言うのだ。「お仕事、たいへん?」と。そこで、返ってくる言葉は「大変だ。だが、今だけだ」と。その時のトモカは、父の視線は、まるで凍てついた氷から少しだけ温かなものを感じたような気がした。
もう子どもではないと思っているトモカが最後にこの言葉を使ったのは、何年前だったろうか。また、同じ返答をされるかと、思っていたが、今回は少し違った。
「大変なのは、この仕事が向いてないからだろうな」
「……え?」
トモカは、耳を疑った。あの厳粛で、弱みなんて見せない父が弱音を吐いたのだ。
「急にどうしたの、お父様。む、向いてない?」
スカルノは、より深い青の瞳をトモカに向ける。
「俺も、望んで当主になったわけじゃないからな」
魔法師御三家が一つ。ミネルヴァ家。そして、現当主であるスカルノ・ミネルヴァは直系の血を継ぐ者である。しかし、この家を率いるのは、決して直系の中から選ばれるわけではない。
では、その選考方法は?
まだ魔法師御三家が繁栄したばかりの頃、カヴィアン・ミネルヴァが他家の始祖とともに作り出した鏡。その鏡に写るものが自分か否か。言葉通り、鏡写しの自分であれば、当主に選ばれない。しかし、自分以外の何かが鏡に映し出された時、否応なく、当主に選ばれる。
それは、人を導く才能も、圧倒的な魔法も、賢者と称されるほどの知性でさえも、関係ない。始祖たちがどういう意図でその鏡を作ろうと思ったのかは、誰にもわからない。実際、本人に聞いても、はぐらかされて終わる。
そして、選別時期は、いつでも誰でもというわけではなく、新年に成人した者からである。現当主であるスカルノは、二十三歳のときに選ばれた。
「今でもあの鏡が忌々しくてたまらない。そして、あの時の自分を呪ってしまいたいぐらいだ」
スカルノは、行儀悪く机に肘を立てる。トモカは、そんなことは眼中になく、唖然とスカルノを見る。
「そんな話、初めて聞くんだけど」
「言ったことがないからな」
スカルノは、さらりと当たり前のように答える。
「お前も早くてあと二年後には、あの鏡にふるいにかけられる。当主になることにどうしても、後悔を覚えるなら、あの儀式から逃げてもいい。鏡に映らない限り、別の誰かが選ばれるかもしれないし、まだ俺が当主であるだけだ」
「お父様は、逃げたかった?」
「もちろん」
「じゃあ、なんで逃げなかったの?」
「逃げたら、お前に会えなかったからな」
スカルノが二十三の時、トモカはまだ生まれていない。
「お前とお前の母親を守るために、当主になることを選んだ。けれど、思ったようにはいかなかった」
「そうだったんだ……」
スカルノは、何も言わなくなった。トモカもどういう反応をすればいいかわからず、混乱していた。しばらく沈黙の時間が流れる。すると、スカルノが先に口を開いた。
「その、つまりだな……いつでも何でも相談してくれと言いたかったんだが……」
トモカには、スカルノの思惑は、何も伝わってこなかった。しかし、相変わらず、口下手な父にトモカは、どこか安心感を覚えた。
「全然、わからなかったんだけど! お父様のレアな教訓ね。うんうん。しっかりと心に留めておくよ」
スカルノもトモカのいつも通りの様子に、安堵したように青い目を細めた。そして、トモカはフォークとナイフを手に取る。
「よし、早くご飯食べよう」
「そうだな」
スカルノは、食前酒を口に流し、フォークとナイフを手に取る。そして、二人はどこか嬉しそうな雰囲気を漂わせながら、食事を終えた。
* * *
トモカは、食べ終わってもまだ席について、スカルノの方をチラチラと見ていた。対して、スカルノはそれに気づいていないふりをしながら、食後のワインを少しずつ飲んでいた。すると、トモカは、目を閉じて大きく息を吸って、はぁーとゆっくり吐いた。そして、スカルノの方に視線を向ける。
「……あのー。お父様に話したいことがあってー」
「なんだ?」
「えっと……。朝にさ、恋人のこと何も言わないって言ったけどー。やっぱり、お父様には言った方がいいなぁとか思い始めて」
「ほう」
「私、同級生の男子と、付き合うことになりました」
「うん」
「はい、おしまい」
トモカは、笑顔で席から立つ。スカルノは、情報量の少なさに驚いて、ワイングラスを落としてしまいそうになった。
「……おしまい?」
「うん!」
「で、では、そいつの性格は?」
「優しい。気が利く。おもしろい」
「体格は?」
「普通かな? 平均的」
「得意科目は?」
「えー。なんて言ってたっけ。体育?」
「趣味は?」
「料理」
「な、なるほど」
スカルノは、だんだん質問のネタがなくなってきた。
「ちなみに、出身地はどこなんだ」
「龍玉国」
「龍玉国……」
スカルノの脳裏を過ったのは、前回、家で見たトモカの友人の黒髪の男子。
『ご挨拶遅れました。光柱凛です。トモカと同じ学園に通っています』
スカルノは、急に立ち上がった。それに、トモカは驚く。
「え! 何、どうしたの」
「目星がついたぞ」
「な、なんの?」
「コウチュウ・リンとかいうやつだな」
「な、なんで、わかったの?」
「以前、丁寧に自己紹介してくれたからな」
「それだけで!?」
スカルノは、机に置いてあったベルを鳴らす。すると、ダイニングのドアが開き、スカルノの側近であるバルトが入ってきた。
「バルト」
「はい、何の御用ですか?」
「トモカの同級生のコウチュウ・リンのことを徹底的に調べろ」
「は?」
「……コウチュウ様が、何か?」
「要注意人物だ」
バルトは、スカルノの後ろにいるトモカの方を見ると、静かに椅子を持ち上げてスカルノに殴りかかろうとしているところを、使用人に羽交い締めにされていた。
「さ、作用ですか。では、最低限調べてまいります」
「何?」
「お嬢様のこととなると、すぐに職権乱用を行う癖は、直したほうが良いかと。ですので、コウチュウ様については、必要最低限の情報だけお持ちいたします」
「……そうか」
「そうでございます。では、失礼します」
バルトは一礼すると、ダイニングをあとにした。
「むぅー! やっぱり、お父様には、何も言わないからー!」
羽交い締めにされたトモカの叫び声は、ダイニングに、響き渡った。
こうしてスカルノは、久しぶりに仕事を休んだにも関わらず、自ら新しい仕事を増やしたのである。




