【3−2】 その噂、本人は知りません
「フィオレア」の下で仮眠を取っていたトモカは、パチっと目が覚めた。フィオナに起こされたわけでもなく、何かの気配を感じたわけでもない。
今さっき、何か聞こえたような……?
フィオナは、突然起きたトモカを見つめる。
「フィオナもなんか聞こえた?」
トモカはフィオナに尋ねると、フィオナは首をこてんと傾けた。
「気のせい? 夢だったかな。まぁ、そろそろ、馬車に戻るか」
トモカは、立ち上がり、植物園から出た。すると、フィオナは、ピンと耳を立てて走り出した。
「え? フィオナ、どうしたの!」
フィオナは、人影に覆いかぶさっていった。
「でぇ! お、重い……」
「すみません、すみません! って、凛くん?」
「え? トモカ?」
「ちょっと、フィオナ! はーやーく、どーいーてー!」
トモカは、やっとのことでフィオナを凛から引っ剥がした。凛の顔は、よだれまみれになっていた。トモカは、急いでハンカチを渡す。
「凛くん、ほんとにごめん! 大丈夫?」
「うん。やけにデカい犬かと思ったら、フィオナだったとは」
「私も急に走っていくから、びっくりしたよ。ところで、凛くんは、なんでこんな時間まで学園にいるの?」
「じ、実は……」
凛は、恥ずかしそうに頭を掻いた。
「トモカを探してて……」
「どうしたの?」
「その、帰国のことなんだけど……」
「うん」
「俺、この休みは、ジェンセンドール国に滞在することになりました!」
「え」
* * *
時間は遡り、午前中。
凛は、龍玉国から来てくれた兄・秦と寮の部屋で荷造りをしていた。凛は、これから二ヶ月間、トモカに会えなくなることを憂いていた。秦は、そんな弟を見ながら、ニヤニヤしていた。
「兄さん、キモい」
「なんで理桜と同じこと言うんだ。いくら、俺でも心というものがあるんだぞ」
理桜は、秦と凛の妹であり、現在、中学二年生。多感なお年頃である。
「じゃあ、顔に出すな」
「人間が何のために顔を持っていると思っているんだ。自分の心情を表すためにあるんだ。わかるか?」
「でも、キモいものはキモい」
「……恋愛成就した途端、反抗期か」
凛は、なんで知ってんだよ、といわんばかりに勢いよく首を秦の方へ向ける。
「凛。俺に隠し事なんざ、百年早いんだよ」
「俺の周り、プライバシー無さすぎるだろ」
「これは、愛ゆえなんだ。兄心、わかっておくれ、弟よ」
「チッ」
凛は、盛大な舌打ちをかます。いつもしつこい兄だが、今日は、それが一層神がかっている気がする。
「ところで、タウノくんとは仲良くしているのか?」
「当たり前だろ。同室で仲良くしないって、どんなメンタルトレーニングだよ」
「そうかそうか。タウノくんも凛とは、まあまあ仲がいいと言っていた。これで、明日から安心だ」
「明日?」
「そう! お前は、明日からマキネン家でお世話になることになった!」
「……」
凛は、一旦、冷静に考えてみる。これが冗談なのか、本気なのか。普段なら、こういう唐突な話題は、九割増しで冗談である。しかし、凛は今までの記憶をたどる。たどってたどって……。
「凛、かぼちゃとじゃがいもどっちが好き?」
「急だな……。どっちも好きだけど、かぼちゃの方が好き。で、なんだよ、これ」
「別に。ただのアンケート」
ある日というには、最近すぎる、不可解なタウノとのやり取り。
そして、凛は、唖然と秦を見る。
「マジかよ」
「マ・ジ・だ・ぞ」
凛は、とりあえず秦の尻を蹴り飛ばした。
* * *
「荷造りが終わって、急いで、外に出たら、まだトモカの馬車があったから探してたんだ」
凛の健気さにトモカは思わず、感動してしまう。
「水晶経由で良かったのに……。私、見つけるの結構、難しかったでしょ」
「あぁ。心当たりがある場所は、全部回ったけど、全然見当たらないから」
「私、荷造り終わってから、植物園にいたんだよ。フィオナと一緒にお昼寝してたんだ」
「なるほど」
凛は、フィオナに目を向ける。フィオナは、ぶんぶんと尻尾を振っていた。なぜか、凛に懐いているようだ。
「でも、やったー。私、凛くんと夏遊びた過ぎて、帰国するって聞いた時、すごく落ち込んだんだから!」
トモカは、無邪気に笑った。
「それは、ごめん」
「謝る必要、全然無いじゃん。ていうか、空いてる日教えて!」
「えっと……そうだ! 花火大会の日は、絶対空いてた」
「ほんとに!? 私もその日空いてるよ」
「じゃあ、一緒に行く?」
「行こう! めっちゃ楽しみなんだけどー」
トモカは、凛の手を取って、ぴょんぴょん跳ねる。喜びを体現していると。
「お嬢様!」
突然の呼び声にトモカは、驚いてビクッと肩を震わせた。
「やっと見つけました。いくらなんでも遅すぎます!」
「帰りますよ、お夕飯が冷めてしまいます」
使用人二人がトモカの肩をそれぞれ掴む。そして、引きずるようにトモカを馬車の方へ引っ張っていく。
「えー。ごめん、凛くん、またね」
「あ、あぁ。またな」
別れを惜しむ間もなく、馬車に押し込められたトモカは、やたら、嬉しそうだった。
「お嬢様の機嫌、直ったみたいだね」
「本日最高の上機嫌だわ」
「じゃあ、やっぱりあの方が……」
「いいわね。真面目そうで、優しそうだった。お嬢様にぴったりよ」
狭い馬車でコソコソと話されても、はっきりと聞こえてきてしまう。トモカは、少しからかわれているようで、二人の話が気になった。
「ちょっと、二人とも何の話をしているの」
「何でもありません!」
「はい、何でもありません」
二人は、口を揃えて言った。トモカは、ならいいやと流した。
数日後、ミネルヴァ家本邸では、トモカに「いい人がいる」という噂で持ちきりになった。




