【3−1】 浮いて沈んで、ひとやすみ
ハーレースリス学園、夏の長期休み。それは、約二ヶ月間の生徒休日期間である。休みの間、原則として学園は立入禁止。生徒たちは、それぞれの故郷へ帰り、家族と過ごす。
……そう。
家族と過ごすのである。
「トモカ、ごめんけど、俺今日から帰るんだ」
凛は、申し訳なさそうに言った。
「あ、そっか……そうなんだ。寂しいなー。たまには連絡取ろうね」
「うん。休み明けにお土産持ってくるから、楽しみにしてて! またなー!」
「ばいばい……」
トモカは、凛と別れ、使用人二人と寮の自室へ向かった。そして、使用人がせっせと荷物を部屋の外へ運び出し始めると、トモカはあからさまに肩を落とし、膝から崩れ落ちた。
わ、私の夏休みプランがーー!!
トモカは、これまで普通の家の子と友人になっていないようだった。今までの国外の友人。例えば、フィーズ・セルノーなんかは、ジェンセンドール国の北方に位置している国。ラキシガーナ帝国に実家があるが、帰宅するまでの時間と労力を考えて、ジェンセンドール国に別荘を建てている。そして、家族に会いに行く時は、たいてい、一週間ほどで、すぐにこちらに帰ってきているようだった。対して、光柱凛。大陸から離れた島国・龍玉国から大陸中央のジェンセンドール国に来ている。交通手段は、陸路で一週間、海路で四日間、空路で二日間とあるが、空路は桁外れに値段が高い。そして、トモカが今までの凛の様子からたどり着いた結論は「一般家庭の人」。そうである、空路で秒でただいまーだの、他国に別荘を建てるだの、金持ちにしかできないのだ。
「トモカお嬢様、積荷は以上ですか?」
髪の短い使用人がトモカに声をかける。だが、目の前には床に転がっているトモカ。
「私のアホ私のアホ私のアホ私のアホ私のアホ私のアホ」
使用人は、すぐにトモカに駆け寄る。
「お、お嬢様!? どうされましたか? まさか、先ほどの方に何かされたのですか!」
使用人があわあわしていると、もう一人の使用人もやって来た。
「エマ、何を騒いでいるの? 早くお嬢様に確認してもらわなきゃ……って、お嬢様!?」
「ソフィー、これは、一体どうしたらいいのでしょう?」
うずくまっているトモカを使用人二人が囲い込む。
「お嬢様、顔を上げてくださいませ!」
すると、トモカの呪文のような「私のアホ」がピタリと止まった。
「……凛くんが……」
「リンとは、先ほどの方でしょうか」
「リン様が? どうしましたか」
「……今日から帰るって……」
「「……」」
使用人二人は顔を見合わせた。
「それは……」
「……お気の毒にございます」
「違うの!」
トモカは、ばっと立ち上がった。
「凛くんは、何も悪くないの! 悪いのは、私!」
「まぁ、何をされたのですか?」
「何もしてない!」
トモカが頭を抱える。
「夏休み、凛くんと遊びまくるはずだったのに!」
「……」
「海に行って、川に行って、街に行って、一緒に思い出作るはずだったのに!」
「……」
「二人で魔法の練習もしたり……」
そこまで言うと、トモカは、再び床に突っ伏した。
「なんで今日から帰っちゃうの……?」
「……」
「なんで……今日なのよぉーー!」
「お嬢様、これから長期休暇だからですよ」
エマがご尤もなことを言う。
「リン様は、どちらに帰られるのですか?」
「……龍玉国」
「えっと」
「確か、大陸の東にある島国だったような」
「すごく遠いですね!」
「そうよ! すごく遠いのよ! だから、セルノーみたく国内にいてくれるって思ったの!」
「あの方は、わざわざ国内に別荘を建てられましたからね」
「あぁ、帝国貴族の方のことですね」
「あいつを基準にした私が馬鹿だった……」
トモカは、さらに落ち込む。使用人二人は、埒が明かないとトモカの介抱を諦めた。
「お嬢様、そのことは一旦置いて」
「えー……もうちょっと、聞いてよぉ」
「あとで聞きますよ」
ソフィーがトモカをひょいと抱え上げる。
「荷物はこれで全部ですか?」
「うん……」
「では、私どもはこれらを馬車に乗せますので、お嬢様は、お好きなところでいじけていてください」
ソフィーは、トモカを再び床に下ろす。
「ソフィー、冷たい……」
「時間は有限ではないのですから、用はさっさと済ませるほうがいいでしょう。エマ、手伝って」
「はーい」
ソフィーが積まれた荷物に手をかざす。そして、ぼそりと詠唱を唱えると、荷物がほんのり光を帯び、宙に浮かぶ。そして、ソフィーは、荷物を引き連れて、部屋を出ていった。その後ろをエマが着いていく。後ろで補助をするのだろう。
「トモカお嬢様、勝手に帰ったりしないでくださいね」
「……そんなことしないわよ」
エマもひらひらと手を振りながら、部屋をあとにした。
トモカは、物寂しい部屋にいても余計に虚しくなる気がしたので、寮から出て植物園へ向かった。いつもと違いすれ違う人など一人もいなかった。
そして、植物園の入口の扉を開ける。すると、芳しい花の香りが鼻腔をくすぐる。花々で溢れかえってるわけではない。よくわからない樹木や、薬草が大半を占めており、植えられている花は、ほんの十数株である。
「やっぱり誰もいない」
トモカは、植物園の奥へ歩みを進める。そして、たどり着いたのは花とも、木とも言い難い巨大な植物。幹があり、枝もある。けれど、枝には葉ではなく、幾層にも重なった赤い花弁が揺れている。側におかれた小さなネームプレートには「フィオレア」と書かれてある。由来は、花として生きる木。この植物園でも、ひときわ異質な存在だった。
「おいで、フィオナ」
トモカは、使い魔を召喚する。大きな体躯、白い毛並みに金色の瞳のディトラスウルフ。フィオナは、心配そうに、トモカにすり寄る。
「なになに? 大丈夫よ、ちょっとお昼寝したくなっただけなの。見張りお願いできる?」
フィオナは、トモカの後ろに回り、いつもと同じように座り込んだ。これは、肯定の意のようだ。
「ありがとう、私を探している誰かが来たら起こしてね」
トモカは、そう言うと、フィオナにもたれかかり目を閉じた。フィオナも、周囲を警戒しながら、目を閉じた。
そして___。
「あら……まるで、白銀と同じような魔力ね」




