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静かな蒼月、その瞳の先に  作者: 色炉
第2章 プロムパーティー
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【2−11】 表裏一体

トモカと凛が室内に入ると、庭園の植え込みから三つの人影がぬっと現れた。一人は、銀髪。もう一人は、亜麻色の髪。さらに、もう一人は、深い青色の髪。それは、先ほどまで庭園の植え込みに身を潜ませ、二人の様子を覗いていたユリカとエリックス、そしてレナータだった。

「おー。めちゃくちゃキュンキュンハッピーエンドだよ!」

「お前、ここまで把握済みってどういうことだよ」

「ここまでじゃないよ。リンくんがトモカに告白するところまで! 返事は、トモカ次第だったからわからなかった」

まるで、映画でも見ていたかのように話すユリカ。そして、その隣で、恍惚とした表情を浮かべていたレナータ。

「あぁ……あんなに可愛いトモカ様をこの目で拝見できるなんて……。私、幸せの過剰摂取で昏睡してしまいそうです」

「昏睡しないでー。レナータさん、気をしっかり保ってー」

「マエストリって、こんなやつだったっけ?」

普段、エリックスが見るレナータ・マエストリは、慎み深く、知的なおとなしい人物である。しかし、今、目の前にいるのは、「トモカ限界オタク」と呼ぶほかない何かだった。

「中等部の頃、一目惚れしましたが、日々、魅力が増していくあの方は、素晴らしい。同じ空間で生活できるなんて、こんな幸せあってもいいのでしょうか」

レナータは、まだ自分の世界へ旅立っていた。そんな彼女を横目にユリカがエリックスにこっそりと耳打ちする。

「面白いでしょ。レナータさん」

「あぁ、意外な一面があるんだな……」

「あー。ほんとに面白い!」


ユリカは、いつになく高揚していた。普段の生活では、刺激が少なすぎるユリカにとって、こういうイベントは、娯楽の一つとなる。しかし、イベントがある度に、何かハプニングがあるはずがない。なので、ユリカが身近な人を巻き込んで、ちょっとした『仕掛け』をすることもしばしば。このパーティーでも、ユリカは少し手を加えている。


*    *    *


とある日の放課後。時間がたまたまあった二人は、エリックスの部屋で課題を進めていた。だが、先に集中力の切れたユリカは、エリックスに話しかける。

「ねぇ、エリックス。トモカとリンくん、最近いい感じだと思わない?」

「いいって?」

「今にも恋が始まりそう、いや、もう始まってそうな雰囲気だと思わない?」

「まぁ、確かに、二人とも互いに気にかけている様子はあるけど……。ユリカ、何、企んでるんだ?」

ユリカは、にやりと口角を上げる。

「へへへ」

傍から見れば、美少女が無邪気に笑っているという大変微笑ましいもののはずだった。が、エリックスには、その笑顔がどうも危ないものにしか見えなかった。

「その顔……、ろくな事考えてないだろう」

「失礼な。ちょっとだけ二人の恋を応援するだけだよ。ちょっとだけ」

「『ちょっと』ねぇ……」

ユリカは楽しそうに笑った。


*    *    *


とあるよく晴れた日のジェンセンドール国王宮にて。 数ある部屋の一つにグランドピアノが鎮座している。そこは、天井が一面ガラス張りになっており、昼は、空から降り注ぐ陽光を、夜には、月明かりをそのままスポットライトととして取り込むことができる特別な部屋だった。そんな部屋で、ピアノを奏でている少女がいる。

コン、コン。

ドアがノックされた。

「王太子妃様」

王太子妃様と呼ばれた少女は、その手を止める。

「何か用ですか?」

「’クリスタル’からのお便りでございます」

少女は、赤い瞳を細める。

「……わかりました」

そして、少女はピアノの前を離れて、急いで執務室へ向かった。机の上にあるのは、『クリスタル』とだけ記された便箋。少女は、ペーパーナイフで封を切る。すると、手紙には、場所と日時、ドレスコード、そして、最後には追伸が添えられていた。


「少し疲れてしまうかもしれないけど、退屈な日々にはいい刺激になるはずですよ」


少女は、思わず小さく笑った。まるで、茶目っ気のある後輩が遊びに誘ってくれているような気がした。

「あの子は、ほんとに……」

呆れたような口振りだが、その口元には、笑みが浮かんでいた。どうやら断るつもりはないらしい。少女は、すぐに快い返事を送ることにした。そして、後日、少女は侍女を呼び、新しいドレスの注文を頼んだ。


*    *    *


そして、またとある日の放課後。ハーレースリス学園、某廊下にて。ユリカは、レナータ・マエストリを待ち伏せしていた。レナータは、この時間帯に廊下に飾られた壁画を見に来る習慣がある。

まだかなー。

ユリカが、よくわからない前衛芸術全開の壁画の前で大きなあくびをした。すると、向こうから深く青い髪の女子生徒が現れた。

「あ、来たー。レナータさん!」

「来た?」

レナータは足を止め、首を傾げる。

「ユリカさん、どうかしましたか?」

「ちょっと相談したいことがあるんだけど……」

「それなら、座ってお話しましょう。食堂はどうですか?」

「いいね、それ」

ユリカとレナータは、寮に併設している食堂へ向かった。


ユリカは、ミルクティーを、レナータは、紅茶を注文した。

「相談とは、何ですか?」

「実は」

ユリカは、普段の柔らかな笑みを捨てて、冷たい碧の瞳でレナータを見つめる。

「数ヶ月前から、うちの本邸に送られてくるはずの手紙、またはこちらから送るはずの手紙が行方不明なの。何か知らない?」

レナータは、平然と紅茶を一口飲む。

「もちろん、知っております。それに、もう真相はわかっていらっしゃるでしょう」

「うん!」

ユリカは、あっさりといつもの軽快な雰囲気に戻った。レナータは、どこか感心したように言う。

「やはり、ミネルヴァは、すべての分野において頭一つ抜けてますね。私どもがそのことに気づいたのは、ことが始まって、二週間後でした。普段、どれだけ気を抜いているのか思い知らされました」

「いや、二週間で勘付かれるなんて、うちもまだまだだねー。いつか、完璧に秘匿できるようになりたいものだよ」

「ふふふ」

「あはは」

ユリカとレナータは、薄っぺらい笑顔で、乾いた笑いを飛ばし合う。そして、二人して飲み物を一口飲む。少しの間、沈黙が続くと、ユリカがレナータに尋ねた。

「……ねぇ、怒ってる?」

「はい」

レナータは即答した。

「それはもうバチクソに。腹の奥がふつふつと煮えたぎっております」

口調がハチャメチャなレナータに吹き出しそうになるユリカ。

「そうだよねー」

「あの木偶の坊、いいえ。あの家は、一体、何がしたいのでしょうか」

紅茶のカップを静かに置く。

「トモカ様に迷惑をかけるだけでなく、そのお家の方にまで迷惑をかけるなんて。私、今にも領地のすべての騎士を引き連れて、あの家にカチコミたいところですのよ」

「うんうん。人に迷惑かけるなんて、駄目だよねー」

ユリカのその一言で、レナータが勢いよく立ち上がる。

「ミネルヴァのあなたから、そう言ってもらえるなんて……! では、今から、出兵いたします」

決して冗談ではない声色で言う。

「ちょっと待ちなさーい!」

ユリカは慌てて止める。

「な、何ですか?」

「そんなことしたら、あなたの家も危ないから……。もっと穏便で確実で大々的に、ことを済ませるのはどう?」

「穏便で?」

「うん」

「確実で?」

「うん」

「大々的?」

「うん」

「何ですの? それは、ぜひ聞かせてくださいませ!」

レナータは目を輝かせて、ユリカにずいっと近づく。ユリカはそんな彼女を見つめ、心の中でほくそ笑んだ。うまい具合に獲物が釣れたと。


*    *    *


そんなこんなで、ユリカの『仕掛け』は完了した。

エリックスを巻き込み。レナータを引き込み。そして、『クリスタル』の名のもとに、一人の特別な客人へ招待状を送る。


こうして。

当日に向けた準備はすべて整った。


ユリカの手によって、愉快な脚本が完成したのである。

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