【2−10】 私のお星さま
トモカと凛は、賑わう会場を後にして、学園の噴水庭園に来た。今夜は、新月。月明かりすらない庭園には、わずかな明かりしかない。聞こえるのは、噴水から流れ落ちる水の音だけ。空を見れば、輝きを放つ星々が一面に広がっていた。そんな星空の下にいるのは、二人だけ。しかし、凛はなかなか口を開かなかった。
「凛くん、話したいことって何?」
「……」
凛は、相変わらず黙ったままである。トモカは、何も言わない凛の顔を覗くが、その表情までは暗くてよく見えない。
「大丈夫? 体調が悪いの?」
「……いや」
「どうしたの?」
トモカは、周囲を警戒しながら、凛を気にかける。だが、どこか胸を高ぶらせていた。好きな人と、二人きり。そんなの期待するなという方が無理ではないか。そういえば、いつかの演劇でみたことがある。夜、想い人を連れ出して、月明かりのもとで、自分の愛を伝えるのだ。あの時は、なんてロマンチックな場面だと思った。いや、正確には、当時のトモカには、理解し難く、感動できなかった。だが、今なら少しだけわかる。この夜の熱気にあてられたのか。それとも、好きな人と二人きりという状況のせいなのか。普段なら、働くはずの論理的な思考が、どうにも上手く回らない。だからこそ、トモカは、この状況を楽しまずにはいられなかった。
「凛くん。言いたいことがあるなら、遠回しじゃなくて、はっきり言ってね」
「……わかった」
凛は、ゆっくりと顔を上げた。そして、まっすぐとトモカを見つめた。その時、漆黒であるはずの凛の瞳は、金色の星のように見えた。
「好きです。俺と付き合ってください」
「……へ」
トモカは、数秒固まって、ようやく声が出た。
今、す、好きって言われたし、付き合ってくださいって言われた。こういうとき、どうやって返せばいいんだっけ。やばいやばい、嬉しすぎて全然、落ち着けないんだけど!
「えっと、ちょっと待って。頭の中、整理したいから!」
トモカがあわあわと混乱している様子を見て、凛は、不安になってきた。凛の想定では、トモカはすぐに答えてくれるはずだった。が、まさか、こんなにも動揺するとは想定外だった。
確かに、俺の勝手でいきなり告白したけど。嫌なら嫌ときっぱり言ってくれるものだと思っていたのに。
「……」
トモカは、気持ちを落ち着かせるようにゆっくりと深呼吸をする。
気持ちの大きさや質が対等かわからないけど、私はあなたと一緒にいたい。だって、こんなにも夢中になれたの初めてだから。
「凛くん」
トモカは、凛に歩み寄る。そして、手を差し伸べる。
「よろしくお願いします」
きっと、トモカは今まで以上に幸せそうに笑っていただろう。凛は、はっきりと見えないのが惜しいと思った。そして、凛は、トモカの手を取る。
「こちらこそ、よろしく」
そして、二人は手をつなぎ、歩幅を合わせながら、室内に戻った。廊下に灯されたシャンデリアの明かりは、庭園のそれとは比べ物にならないほど、明るかった。そのため、トモカと凛は、久しぶりに互いの顔を見たような気がした。
「ふふ。凛くん、まだ顔真っ赤だよ」
「わかってるよ。あー、暑い暑い。トモカは、なんでいつも通りなんだよ」
「えー。私これでも、心臓バクバクなんだけどなー」
「本当に?」
「当然。だって、今、夢見心地なんだもん」
トモカがルンルンとスキップをすると、
ガクンッ
トモカの体が横に斜める。普段、ヒールで活動しないトモカが、ヒールでスキップをすると、もちろん、足をくじく。
「いったい!」
「あ!」
トモカが倒れる既のところで、凛がトモカの体を引き寄せる。
「びっくりした……」
「ご、ごめんなさい。調子乗りました……」
「トモカ?」
「凛くん」
「何?」
「瞳の色が……」
凛は、少しの間、固まる。見開かれた凛の目。瞳の色は、夜のような黒から、陽のような金へと変わっていく。
「色……えっ!」
凛は、慌てたように、辺りを見渡し何かを探し始めた。トモカも釣られて、辺りを見渡す。すると、近くの床にペンダントが落ちていた。それを拾い、凛に見せる。
「探してるの、これ?」
凛は、ペンダントを見ると、指を指した。
「それ! ありがとう!」
凛は、トモカからペンダントを受け取ると、すぐに首につけた。
「ふー。良かったー」
すると、凛の瞳は、再び、黒色に変わった。その様子をトモカは唖然と見ていた。
「ね、ねぇ」
「何?」
「それ、めっちゃ気になるんだけど、聞いていいやつ?」
トモカは、薄々気づいていた。凛の本当の瞳は金色なのではないかと。だが、金色の瞳なんて、聞いたことがなかったので、今までは「気のせい」で流していた。しかし、目の前で見てしまっては、気になって仕方がない。
「全然、いいやつだよ。目立つから隠しているだけだし」
凛はあっけらかんと答える。
「珍しくない? 私、今まで聞いたことすらなかったんだけど」
「龍玉国では、そこまで珍しいものじゃないかな。小学校のとき、他にも二人ぐらいいたし」
割合が全くわからない情報を教えてくれたが、凛の様子を見る限り、龍玉国では、あまり珍しいとは言えないものなのだろう。
「ねぇ、凛くん」
「何?」
「目立ちたくないから、色変えてるんだよね?」
「あぁ」
「じゃあさ……」
トモカは、少しだけ考えた。
「私と二人きりのときは、ペンダント外してくれる?」
「いいけど、そんなに気に入った?」
「そういうわけじゃないけど……」
トモカは、凛の瞳を見つめる。
「ありのままの凛くんが見たいなって」
「……」
凛は、少しだけ目を見開いた。そして、照れたように笑う。
「……わかった」
その返事を聞いて、トモカは嬉しそうに笑った。
二人の間を、静かに夜風が通り抜けていった。




