【2−9】 謝らなきゃ、い、今すぐに
クラリスは、たおやかな笑みを浮かべ、淡々と告げた。
「オクベスタ家を十大貴族から追放します」
王国機密文書
オクベスタ家に対する処分決定書
オクベスタ家当主、アンドロス・オクベスタ。
其方は、王国の機密に属する文書を不法に持ち出し、これを窃取したことが確認された。
王国の秩序を揺るがし、王家ならびに諸侯の信頼を著しく損なう行為であり、十大貴族たる家門の者として到底看過できるものではない。
よって、ここに決定する。
アンドロス・オクベスタをオクベスタ家当主の地位より罷免し、オクベスタ家を十大貴族の座より永久に除名する。
また、当主アンドロス・オクベスタに従い、これに加担、協力、あるいはその利益を享受した者についても、その身分を問わず処分の対象とする。
これに伴い、オクベスタ家およびその郎党に認められていた一切の貴族としての権利、特権、権限を剥奪する。
本決定は撤回されることなく、本状をもって最終決定とする。
王命に基づき、ここに通達する。
ジェンセンドール国国王
ヘンリー・アビリオ・ジェンセンドール
「……」
ブランドンの顔は、青ざめていく。クラリスは、冷めた様子で立ち上がった。
「お察しの通り、これは決定事項。これを明日の明け方、あなた方の当主へ渡します。その五日後の明朝、オクベスタ家は、この国から出ていくことになるでしょう」
貴族からの没落。それは、高貴な暮らしから切り離されることではなく、国からの追放を意味している。ブランドンは、乾いた舌をどうにか動かした。
「な、なぜ……俺達が……」
「心当たりがないとは、言わせません」
クラリスがきっぱりと答えた。そして、トモカは青く深い瞳でブランドンを見る。
「……先ほど、私に嘘をつきましたでしょう」
「……っ」
ブランドンは、ビクリと肩を震わせる。もう何も取り繕え無いほど、追い詰められているのだ。
「我が家の文書を盗んだ犯人は、マエストリ家と」
トモカが鼻で笑う。
「私たちのことを国のお飾りだとでも思ってるのかしら。文書が盗まれ始めたのが、四ヶ月前。それで、どうして、私たちが何も情報を掴めていないと思いましたの?」
ブランドンは、身動きが取れない。それどころか、トモカと目を合わせることさえできない。
「一通目が盗まれたときから、すぐに入れ替え、あなたたちは、ただの紙切れを持ち帰っていったわ。お父様は、寛容ですから、一回なら見逃すとおっしゃりました。でも、どれほど間抜けなのか。何度も何度も、過ちを繰り返すなんて。そして、私たちは、あなた方を国にとっての不要な存在だと判断しました」
「その報告を受け、王家はすぐに決断しました」
この最悪に至るまでの経緯を淡々と告げていくトモカとクラリスは、まるでお茶会の歓談でもしているようだ。ブランドンは、突然の終わりを突きつけられ、気が狂いそうだった。
どうすれば、いい。なんで、俺が。俺だけのせいじゃない、大体、あいつがヘマなんてして逃げるから。あいつのせいだ。見た目だけが取り柄のあの女のせいだ。
一向に何も喋らないブランドンを見て、トモカとクラリスは、もう十分だろうと判断した。
「では、失礼するわ」
「えぇ。いい夜を」
そして、ブランドンを残して、休憩室を後にした。扉が閉まる。その瞬間、重苦しい沈黙だけが部屋に残った。
廊下を歩きながら、トモカが口を開いた。
「クラリス先輩、お疲れ様でした」
「トモカも。こんなことに巻き込んじゃって申し訳ないわ」
「でも、楽しかったです。あんなこともう二度とできないじゃないですか。先輩が、王妃になったら、今度こそ身動き取れなくなっちゃいますもん」
「ふふ、そうね」
クラリスが小さく笑う。
「今日は、私が普通の女の子として過ごせる最後の日かもしれないわ」
「それじゃあ、いっぱい楽しみましょう!」
パーティー会場へ向かう途中、仮面を被った金色の髪をもつ、豪奢な赤いドレスを身にまとった少女が佇んでいた。
「お待たせ。さぁ、行こう」
少女が頷く。トモカがその少女の手を引く。
「ゲストが二人もいるなんて、今夜は大盛り上がりよ。きっと未来の後輩たちに語り継がれるに違いないわ」
そして、パーティー会場のドアが開かれる。仮面を付けた二人の少女に周囲の注目が集まる。トモカが、大きく息を吸う。
「今夜の特別ゲストが到着しました!」
その一声とともに、二人の少女はゆっくりと仮面を取る。
まず、現れたのは、落ち着いた紫色の髪。鮮やかな赤い瞳。その姿を見た瞬間、会場が大きくざわめいた。
「クラリス王太子妃ーー!」
そして、もう一人。シャンデリアの光を反射する金色の髪。色素の薄い澄んだ空のような水色の瞳。仮面の下から現れたのは、誰もが知る美しい顔だった。
「そして」
トモカが楽しそうに声を張り上げる。
「アイリス・オクベスタ様です!」
「「えっ!?」」
次の瞬間。会場から歓喜の声が上がった。
「クラリス様だ!」
「嘘でしょ!?」
「アイリス様もいるわ!」
「相変わらず、お美しい……!」
先ほどまでとは、打って変わって会場は一気に熱気に包まれる。その中でトモカは、満足そうに笑った。
その後、クラリスとアイリスを中心にして、パーティーはこれまで以上に盛り上がった。それを横目に、トモカは、色とりどりの料理をつまんでいた。
「あー。美味しい。今夜は、疲れちゃったよ」
「おい。肉料理ばかり取ってるんじゃない。こっちのサラダも食べろ」
どこかのおかんのような指摘をしてくる正体は。
「口出ししないで。セルノー」
フィーズ・セルノー。ミルクティーブロンドの髪を少し伸ばし、グレーがかった青の瞳。普段と違うタキシード姿は、まんま王子様である。だが、どこか疲れているように見える。
「あら、ずいぶんとやつれて、可哀想に。はい、これあげる」
トモカは、容赦なく肉巻きをフィーズの口に突っ込む。
「むぐっ」
「それで、何か用?」
フィーズは、もぐもぐと口を動かし、肉巻きを飲み込んだ。
「ザインが探してたぞ」
「……?」
「間抜けな顔をするな。少し話したいことがあるって言ってたぞ」
トモカは、一瞬、脳裏に何かがよぎった。
ん、あれ?ちょっと待てよ。私、何か忘れてる気がする。
「わかった。それで、ザインは、どこ?」
フィーズは、辺りを見渡す。
「さっきまで、一緒にいたから……あ、あそこでリンと話してるぞ」
「え? どこ?」
フィーズより身長の低いトモカは、中々、姿を見つけられない。
「じゃあ、一緒に行くか」
「案内よろしく!」
「ん」
フィーズが腕を出してくる。エスコートをする所作である。トモカは、それを見て、何をしてるのかと考えたが、フィーズの育ちの良さを理解すると、何もおかしなことではないことに気づいた。そして、トモカは、フィーズと腕を組み、歩き出す。
「そういえば、誰かと踊ったの? 浮気者」
「そんなわけ無いだろ。勝手に浮気者とか言うな」
「鏡見た? すごいやつれてるよ」
「そりゃ、お前も体験してみるといい、十何人の女子に囲まれる状況を」
「嫌だ」
「まったく、俺はミレイ一筋だって言ってるのに……」
ミレイとは、フィーズの婚約者である。親が決めた、いわゆる、政略結婚なのだが、どうやら相性が良かったようで、今は、お互いにぞっこんである。
「ここで、のろけるな」
「俺が、いつのろけた」
「今にも、始まりそうだった」
「始まっていないだろ」
「時間の問題だった」
トモカがけっと吐き捨てるように言った。
「なんだよ。あたり強いな」
「いつも通りよ」
「そうか。それじゃあ、案内終了だ」
トモカたちのすぐそこに凛とザインの姿が見えた。
「ありがとう。セルノー」
「じゃあ、いい夜を」
「いい夜を」
トモカは二人のもとへ駆け寄った。
* * *
「凛くん、ザイン。ごきげんよう」
「トモカ」
「トモカ、ごきげんよう。じゃあな、リン。トモカ」
ザインは、それだけ言うと、その場を離れようとした。
「え? ザイン、私に用があるんじゃなかったの?」
「いや、もう終わったから、いい」
「そ、そう」
あれ、もしかして、さっきのこと気づかれてる?
ザインの言う「用」に、全く心当たりがないトモカは、先ほどの休憩室での出来事を思い浮かべた。いや、まさか。
「ん? トモカとザインは、もう踊ったのか?」
凛が何気なく尋ねる。
「踊る?」
トモカは、首を傾げた。
「……」
ザインの足が止まる。しかし、彼は何も言わなかった。
「……あ!」
そういえば、私、ザインとダンスの約束してたじゃん! 忘れてたー!
「いい。それも含めて、もうトモカに用はなくなったからな」
ザインは振り返らない。
「二人とも、いい夜を」
「え?」
そう言って、ザインは去っていった。トモカは、しばらくその背中を見つめる。
「あれ、怒ってるよね?」
「怒ってるかはわからないが、用がなくなったのは本当だったみたいだぞ」
「でも、私、ダンスの約束したのに……。忘れるなんて」
トモカは、人との約束を忘れるという最低なことをしてしまい、相当、ショックを受けているようだ。
「謝らなきゃ、い、今すぐに」
すぐさま、ザインを追いかけようとするトモカの腕を凛が掴む。
「何? 凛くん、私ザインに謝ってくるから」
「ザインは、もしトモカが謝罪をしたがっているようなら、後日にしてほしいと言っていた」
「え?」
なんだ、その文脈のない言伝は。まぁ、今の状況に陥れば、理解できるが。
トモカは、少し納得のいかない顔でザインが向かったほうを見つめる。そして、ぼそっと呟いた。
「わかったわよ」
しばらくして、トモカは凛に尋ねた。
「凛くん、まだダンス踊る? それとも、友達のところ行ったりする?」
「……」
凛が何かを言いかける。
「その……トモカ」
少しだけ視線をそらす。そして、意を決したように口を開いた。
「人がいないところで話したい……です」




