【2−8】 その舞台裏、最後に笑うのは
トモカとブランドンは、人混みから抜けてパーティー会場の外。個室の休憩室に来ていた。
「改めて、よくお似合いですね。そのドレス」
ブランドンが薄っぺらい笑みを浮かべて、社交辞令を口にする。
「ありがとうございます。でも、早く本題に入ってくださいませんか。私、パートナーを待たせていますの」
それでも、トモカは、そっけなく答える。もちろん、こちらも薄っぺらい笑みを浮かべて。トモカは、ブランドンを警戒している。面識がないのに、接触。使用人も付けず、二人きりの密室。
___しかし、こういう状況は経験済みだ。
ミネルヴァ家。魔法士御三家という肩書きだけで、雪辱を晴らそうとしてくる人間は大勢いる。そのため、幼い頃から教育の一環として、護身術を身に着けたり、外出の際は、護衛を最低5人付けるなどの徹底対策が行われている。そのおかげか、トモカが九歳のときに起こった誘拐事件は、約一時間で幕を閉じた。さらに、ユリカが十三歳のときの襲撃事件は、エレナが一人で賊三十人を退けている。
こんな感じなので、トモカは、今回も思考を研ぎ澄まし、どうやってさっさとパーティー会場に戻るかを考えていた。すると、ブランドンは、口を開いた。
「父から耳にしたのですが、数ヶ月前から、ミネルヴァ本邸の紙媒体の文が盗まれているとか」
「……そういえばそうでした」
トモカは、わざとらしく口元に手を当てる。
「実は、我々オクベスタが秘密裏に調査したところ、犯人が判明しまして」
「そうなのですか?」
「はい。知りたいですか?」
なるほど、取り引きを持ちかけたいのか。
トモカは、ブランドンの裏を読む。
一体、オクベスタ家は、何が狙いなんだろう。
海のように青い瞳をまっすぐブランドンに向ける。
「では、対価が必要というわけですね。何をお求めですか?」
「対価ですが……」
ブランドンは、少し考えるように顎に手を当て、視線を右上へ動かす。そして、考えがまとまったのか、空のように青い瞳でトモカを見つめる。
「対価は求めません」
思いもしない返事にトモカの表情が少し揺れる。
「なぜ?」
「我々が勝手にしたことなので、見返りなど求めていませんよ」
トモカは、目の前の相手を信用していない。
そんな都合の良いことなど成立するはずがない。後になって、貸しを返してほしいなどと出されると、私たちが不利になる可能性がある。無理やりにでも、何か渡さないと。
「ですが、私個人が納得いきません」
トモカは、ニコリと笑った。
「あ。そういえば、父からレンデルカルトのパールをたくさんいただきましたの。後日、それをオクベスタ宛てに運ばせます」
「レンデルカルトのパール……!?」
ブランドンの表情が、初めて大きく揺らいだ。
レンデルカルト。
大陸の最北端の位置している国。そこで、採れるパールは、希少価値がとても高く、王族でさえ容易には手に入れられないと言われているほどだ。
「たくさん、ですか?」
ブランドンの声がわずかに震える。
「はい。たくさんありますので」
トモカは、嘘など言っていない。では、なぜ、中級貴族程度の財力のミネルヴァ家がそんな価値のものを大量に持っているのかというと。
話は少し前に遡る。
先日、トモカの叔母であるミラナ・アルドワンが夫とともにレンデルカルトへ訪れていた。目的は観光である。ほんの少し、町を見て回るだけの、穏やかな旅行のはずだった。
ところが、港に獰猛なスメールチシャークの群れが現れた。
「なんだ、あれは!」
「船がやられているぞ」
漁夫たちは、必死に銛や錨を投げつけるが、スメールチシャークたちは、それをものともせず、漁船を破壊していった。そこへ、通りがかったミラナ。ミラナは、状況を確認すると、
「あらまあ、大変」
すべてのスメールチシャークに氷槍を浴びせ、トドメに海に雷魔法を流した。すると、ミラナは漁夫たちから絶賛され、お礼として質の良いパールを小箱2つ分を獲得した。
一方その頃、市場では意識不明の重症患者が現れ、医師であるミラナの夫は、すぐさま人命救助に取り掛かった。懸命な治療の末、患者は無事、一命を取り留めた。そして、その患者は、レンデルカルトの宰相の孫だった。なので、当然、宰相から多大な感謝を受けた。その結果、レンデルカルトの年間収穫量分のパールを獲得した。
そして、家に帰り、自分たちや子どもたちのアクセサリーを作らせたが、有り余るパール。倉庫でキラキラ輝く「二百万粒」のパール。邪魔になってきたパール。いいことを思いついたミラナ。
数日後、ミネルヴァ家本邸の庭でキラキラ輝く「二百万粒」のパール。桁外れな量に抜け殻のようになるスカルノとダルク。
「「……」」
パールが、ガラス玉にしか見えないトモカとユリカ。
「これがパール?」
「こんなにあると、すごさがよくわからないねー」
パールを食べようとするエレナの使い魔チェインズスネーク。
必死にそれの口を抑えているエレナ。
「ルル。食べたらダメ」
その夜、パールは、ミネルヴァの宝物庫に入れられた。
「半世紀後にまた考える」
と、スカルノは未来の自分に責任を託した。
そんなわけで。
トモカの手元には、レンデルカルトのパールが有り余っているのである。
「私などが持て余していては、パールがただの石ころになってしまいます。なので、どうか受け取ってください」
「で、では厚意に甘えさせていただこう」
ブランドンは、思いもよらぬ収穫に満足しているようだ。
「それで、我が家に手を出した犯人は?」
「どうやら、マエストリ家の者です」
ブランドンのその言葉で、トモカの表情が冷めた。
「それは、本当ですか?」
「あぁ、もちろん」
ブランドンの表情は、変わらない。しかし、どこか身構えているようだ。
「それでは、私ある方をこの場にお呼びしたいのですが、よろしいですか?」
「……よろしいですよ」
「入ってきてください」
すると、休憩室のドアが開かれた。そして、現れたのは落ち着いた紫の髪に鮮やかな赤い瞳をもつ少女。
「失礼するわ」
その声は、柔らかくありながら、芯がある。ブランドンの表情が強張った。
「ロートレック先輩……」
「お久しぶりですね、ブランドン。その呼び方、とても懐かしいです」
彼女は、この国の王太子妃。クラリス・ロートレック。つい、数ヶ月前までこの学園に通っていた生徒でもある。
「なぜ、あなたがここへ?」
そう。本来、彼女は、この学園を卒業しているので、学園のパーティーには参加できないはずである。それでは、なぜ、華美なドレスを身にまとい、この場に来ているのか。
「今日は、特別ゲストとして呼ばれたので、この後、会場に向かいますわ」
ブランドンは腑に落ちないという顔をしている。トモカは、青い瞳を細める。
「私がクラリス様をここに呼んだ理由は、学生生活最後の醍醐味を味わえずに卒業してしまったのは、もったいないと思ったからです。もちろん、先生方の許可はもらっています」
トモカがニコリと笑う。
「もう一つ理由があります」
クラリスがどこからか紙を取り出した。ブランドンの視線がその紙に向く。クラリスは、淡々と告げた。
「オクベスタ家をジェンセンドール国十大貴族から追放します」
一瞬。休憩室から、音が消えた。
ブランドンの顔から、血の気が引いていく。
クラリスの手に握られた紙。
それが何を意味するのか。
ブランドンにも、すぐに理解できた。
先ほどまでとは、明らかに空気が違う。
これは交渉ではない。
――決定事項だ。




