【2−7】 星の瞬き、夜の旋律
パーティー会場は、光に満ちていた。そして、入場したトモカと凛は、周囲の注目を浴びていた。
「あれは、ミネルヴァさんだわ」
「隣にいるのは、誰だ?」
「でも、お二人ともお似合いですね」
「まるで、夜が顕現されたよう」
この場では、珍しい艷やかな黒髪を持つトモカと凛。そして、黒と紺を基調としたドレスと正装。その姿はまさに、静けさと優雅さを湛えた夜そのものだった。
「おぉ~。私たち、注目の的だよ。凛くん」
トモカが満更でもない様子であるのに、対して、凛はマネキンのように硬直していた。そんな凛を見て、トモカは意地悪そうな笑みを浮かべる。
「凛くん? 緊張してるの?」
「やっぱり、こう。大勢の人に注目されるのは、まだ、慣れなくて……」
凛は、少しでも緊張を紛らわせようと、ギュッと目をつぶっている。トモカは、それを可愛らしく思った。そして、凛の腕をぐいっと引っ張る。
「ほらほら、楽しいダンスの時間だよ。緊張なんてしてないで、リードしてよ。私のパートナーさん?」
凛は、とっさに目を開ける。すると、トモカの花のような笑顔が飛び込んでくる。凛の緊張は、吹き飛んでしまった。そうだ。今夜は、お硬い社交パーティーではない。ただの子どもたちだけのパーティー。必要以上に緊張することなどない。
「ごめん。変に緊張してた」
凛の表情はふっと柔らかくなる。凛は、トモカを舞踏の間までエスコートし、トモカに一礼して、そっと手を差し伸べた。
「俺と踊ってくれますか?」
凛の黄金を隠した黒い目は、まっすぐトモカに向けられた。
「もちろん」
トモカは、差し出された手に自分の手を重ねた。
そして、幻想的な音楽が奏でられる。トモカと凛は、ゆっくりと足を踏み出す。トモカは、凛の動きに身を委ね、凛は、トモカと歩幅をゆっくりと合わせる。凛は、慎重に堂々とトモカを導いていく。そこには、おぼつかない様子の凛はいなかった。ダンスを完璧に自分のものにしている。
「すっごく上手になってるんだけど……。凛くん、すごい」
「誰かさんのおかげだな」
「うんうん。優しくて、ダンスがとても上手な、可愛い私のおかげだね!」
「それ、自分で言うのかよ」
二人は、くすくすと控えめに笑い合う。
華やかに着飾った少年少女たちが踊っている。その中でも、二人は夜空に浮かぶ星のようだった。
やがて、音楽が大きくなり、トモカはくるりと回る。赤みがかる黒髪は、ふわりと揺れる。そして、凛がそっとトモカを引き寄せる。すると、周囲はますます二人に注目する。
「綺麗……」
「あの男子、異国の顔立ちだというのに、とても上手ですね」
「お二人とも、お似合いだと思いません?」
しかし、そんな言葉などトモカと凛の耳には届いていない。二人は、目の前の相手とダンスを楽しむことしか考えていないのだ。
「ふふ。楽しいなぁ」
「そうだな」
「私、こんなに楽しくダンスできるなんて初めてかも」
「俺も初めてだけど、こんなに楽しいダンスはもう二度と味わえないかも」
「あら、嬉しいこと言ってくれる。社交辞令のつもりは、ないんだけど?」
「そっちこそ」
トモカと凛は、普段通りに話しながら、ダンスができるようになっていた。
そして、曲が終盤に差し掛かると、二人は、最後のステップを踏む。二人の動きは、重なり、音楽が静かに途切れた。一瞬の静寂。その後に会場中から、拍手が沸き起こった。
トモカと凛は、拍手に驚いた。
「え? ダンスの後って、拍手するの?」
「みんながしてるってことは、普通のことなんじゃないか?」
「いやいや、お二人さん。いいもの見せてもらったよー」
トモカと凛が少し混乱していると、ユリカとエリックスがやって来た。
「二人ともすごかったな。どこのプロかと勘違いしてしまうほどだった」
「この拍手は、二人へ、だろうね」
すると、トモカの顔がみるみる赤くなっていく。
「えー。それは、なんか、恥ずかしいんだけどー」
普段、あれだけ注目されるというのに、変なところで恥ずかしがるトモカを見て、凛は、ついふっと笑ってしまった。それをトモカは目ざとくを見つける。
「な、なんで笑ったの?」
「いや、なんか可笑しくて……」
「人が恥じている様子のどこが可笑しいのよ!」
トモカは、凛をぺしっと優しくはたく。そんな何気ないやり取りの中、一人の人物が声をかけてきた。
「ご歓談中、失礼。ミネルヴァさん、少しよろしいですか?」
ブロンドの髪、色素の薄い青の瞳、美しいと言える顔立ち。そして、タキシードに施された見覚えのある家紋。彼は、ブランドン・オクベスタ。ジェンセンドール国十大貴族の一つ。オクベスタ家の子息であり、かつて、社交界の花だったアイリス・オクベスタの従兄弟である。
「あ、ブランドンだ。どうしたの?」
ユリカとエリックスと同じAクラスであるため、面識のあるユリカが返事をする。
「あぁ、こんばんは。ミネルヴァさん。でも、今日、用があるのは、トモカさんの方なんだ」
「私にですか?」
トモカは、敬語になり、ころりと令嬢モードに切り替わる。凛は、少しずつトモカの性格がわかってきた。警戒している相手には、確実に一定の距離を置く。そのために、普段の元気ハいっぱいな少女ではなく、おしとやかな淑女を演じているのだ。
「はい。少しお話したいことがあります」
凛は、ブランドンの笑みには、どこか影があるような気がした。しかし、ユリカとエリックスは特に気にしている様子はない。
「そうですか。では、場所を変えましょう。みなさん、また後で」
トモカがそう言うと、ブランドンとともにその場を離れていった。二人の姿が人混みに消える。
凛は、トモカの様子が心配になり、ユリカたちに話しかけた。
「な、なぁ。今さっきなんか」
「ブランドンの不穏な笑み……か?」
エリックスは、気づいていないふりをしていたのか、大したことのないように答える。
「うん。失礼だとは思うが、とても怪しく見えたんだが」
「そりゃあ、悪いこと考えてたら、あんな顔になっちゃうよねー」
ユリカがくるりと顔を凛の方に向ける。
「悪いこと?」
「大方、トモカになんか恨みでもあるんじゃない?」
その時、凛は、パーティー前の忠告を思い出した。
『今夜は、ミネルヴァさんから目を離さないでください』
「それじゃあ、トモカが危ないじゃないか! 俺、行ってくる」
「まぁ、待て待て」
エリックスが、慌てて立ち上がろうとする凛の腕を掴む。そして、真剣な顔で言った。
「今夜、危険なことなど起きない。万が一ならぬ、億が一はあるかもしれないけどな」
ユリカが凛に尋ねる。
「リンくん。歌劇が失敗に終わるところを見たことがある?」
「まだないけど……」
「脚本さえあれば、それのとおりに動いていれば、滅多なことなんて起きないでしょ」
ユリカは、凛にいまひとつわからない説明を続ける。
「ここで、リンくんが動いてしまったら、それは例外となって、修正を入れなければならなくなってしまう。だから、リンくんは、ここで大人しくトモカを待ってて」
「でも、俺」
「『目を離さないでください?』 ってそれも、織り込み済み。だから、気にしないで」
凛は、ユリカを凝視する。
「なんで知ってる?」
ユリカは、にこっと微笑む。
「ちゃんと、目撃したから。ねー、エリックス」
「あぁ、リンがマエストリと話してた時だろ」
まさか見られていたとは思わなかった凛は、その理由を知って安堵した。が、同時にこの二人に隠し事ができる気がしないとも思った。
「というか、ユリカは、どこまで把握済みなんだ?」
エリックスがユリカに尋ねる。
「私が知ってるのは、クライマックスまで。エンドロールは、知らなーい」
そう言って微笑むユリカの姿には、どこか妖艶な雰囲気が漂っていた。




