【2−6】 夜会に響く警告
今宵、ハーレースリス学園には、普段の制服姿は誰一人として見当たらない。それどころか、みな、華やかなドレスやタキシードに身を包んでいる。その光景はまるで、宮殿のようだ。
その中の黒髪の二人組の少年は、仲よさげにパーティー会場へ向かっている途中のようだ。
黒と紺に金色のアクセントが入ったタキシードを身にまとっている少年――光柱凛。周囲を見渡して、落ち着きがないようだ。
「何を呆けているんだ」
それをたしなめる、襟に紋章が刺繍されてある黒のタキシードの少年――タウノ・マキネン。
「いや、みんなが普段と違う格好だから、落ち着かなくて」
「それだけか。どうせ、すぐ慣れる。だから、あまりソワソワするんじゃない。こっちまで恥ずかしくなる」
「何だよ、その言い方。冷たい奴め」
タウノの通常運転は、凛の緊張を解くのに最適だった。そのまま、歩みを進めていると、ヒールの音が前から近づいてくる。体のラインが目立つマーメイドドレス、平均より高めの身長、真っ直ぐな深い青色の髪。そして、澄んだ空の瞳は、凛を捉えていた。凛は、少しビビっている。
「え? 俺のこと見てる? 誰、あれ?」
「そうみたいだが、知り合いじゃないのか?」
「知らない、知らない」
一体、誰なんだ。しかも、ドレスだから学年もわからない。
凛が心中、混乱していると、その女子は、凛の前で立ち止まった。そして、一礼する。
「初めまして、コウチュウくん。一年Aクラス。レナータ・マエストリです。少しお時間よろしいですか」
レナータ・マエストリ。この国の十大貴族の一つ。マエストリ家の令嬢である。凛は、以前、十大貴族について、王太子妃就任の際にトモカから教えてもらっている。なので、マエストリと聞いて、つい身構えてしまった。
「え、あの……な、何の用ですか?」
「少しお話したいことがあります」
見知らぬ女子からのお誘いほど警戒するものはない。ここは、丁重にお断りしなければ。
「すみません。待たせている人がいるので」
「長くは引き留めません。三分ほど、お願いできませんか?」
「え、えっと……」
俺、何で懇願されてんの?
「ミネルヴァさんのことなのですが……」
「「え?」」
凛とタウノの声が重なる。そして、タウノは凛にぐっと親指を立てて、その場から去ろうとした。凛は、慌ててタウノの腕を掴む。
「待て待て待て待て」
「嫌だね。ミネルヴァ案件なら、俺は対象外だ。また、後でな」
「いや、助けてくれよ!」
必死に説得しようとする凛をレナータは、じっと見つめる。
「引き留めてしまい、すみませんでした。では、楽しいパーティーを」
レナータは、そう告げるとくるりと背中を向けた。
「……ただ、一つだけ」
そして、足を止め、振り返らずに続けた。
「今夜は、ミネルヴァさんから目を離さないでください」
「え?」
「では、ごきげんよう」
それだけ言って、会場へ入って行った。そして、凛は、ふと気づいた。
「……待て」
「な、何だよ。リン」
「ミネルヴァって、どっち? トモカ、ユリカ。もしくは、両方ってこと?」
タウノは、明後日の方向を向いていた。
「俺は、何も知らない。何も聞こえない」
「え? 手伝ってくれないのか」
「どうせ、ユリカは婚約者とベッタリしてるだろ! お前は、トモカとベッタリしとけ! はい、解決。俺、いらない」
タウノは、怒涛の勢いでまくし立てる。
「な、何でそんなにあの人たちと関わりたくないんだよ」
凛は、とうとう聞いてしまった。
「あの銀髪姉妹。あいつらに目をつけられると、一生振り回されるんだ」
「銀髪姉妹ってことは、エレナさんとユリカのこと?」
「そうだ。ある日は、禁域の泉に立ち入ったり、またある日は、盗賊団を壊滅させたり……。あんな地獄をもう一度味わうなんて、二度とごめんだ」
「それ、いつの話だ?」
「初等部の低学年くらい」
タウノは、恨みがましく過去を語る。そこで、凛は疑問に思った。
「お前、小学校一緒なのか?」
「いや、違うが」
タウノは、あっさり答える。
「じゃあ、どうやって知り合ったんだ? 相手は、一応、この国の令嬢だろ」
「家のパーティーだよ。そこで、同じ年頃だからって、挨拶しに行ったのが地獄の始まりだ」
「へぇ」
パーティーで出会うなんて、完全に貴族の世界である。凛にとっては、親の友人の子どもを紹介される感覚が一番近い。
「まあいい。こんな話、長々とした所で時間の無駄だ。早くお姫様の所に行ってやれ。騎士様」
凛は、タウノにバシッと背中を叩かれる。
「痛っ!」
「何だよ、大げさだな。そんな強くないだろ」
凛の背中は、赤くなっているのでは、と思うほどにジンジンと痛みが残る。
「いや、お前。自分が思ってるより、馬鹿力なの自覚しろよな」
凛は、少し涙目でタウノに訴える。
「悪かったよ」
タウノは、申し訳なさそうに謝罪の言葉を述べる。すると、ケロッとした顔に戻った凛は、歩き出す。
「じゃあ、入るか。今夜の舞台へ」
凛は、自分の鼓動が周囲に聞こえてしまうのではないかと思うほど緊張していた。そして、ドアの前で必死に深呼吸していると、後ろから声がかかった。
「凛くん」
凛が振り向くと、そこには仮面を付けた少女がいた。その少女が纏うのは、夜のような黒いエンパイアドレス。そして、レースで薔薇をあしらえた上品なデザイン。それは、まさに凛のタキシードと調和している。
「……トモカ?」
少女は、仮面を外す。すると、深い青色の瞳と見慣れた顔があらわになった。
「ピンポーン! あなたのパートナーのトモカでーす! 何で疑問形だったの? ちょっと傷ついちゃった」
トモカは、頬を膨らませる。
「だって、それ付けてたから、声しかわからなかったんだよ」
トモカは、コクコクと頷く。
「うんうん。分かる。仮面付けられると、誰ですか? ってなるよねー。だから、私、仮面舞踏会とか絶対に行かないって決めてるの」
「いや、仮面舞踏会の目的は、身分をあやふやにすることだよ! 私は誰でしょうゲームする所じゃないんだよ!」
タウノがついツッコミを入れてしまう。
「すげえ……キレがいいな」
凛は、思わず感心する。その隣で、トモカは肩を揺らしている。
「アハハ。タウノくん、相変わらずだねー。その調子で、これからもよろしく!」
「これからも、だけは断固拒否したいんだが?」
「えー、ショック。今日だけは、仲良くしてよー」
「だから、会いたくなかったんだ」
タウノは、ボソッと呟いた。しかし、あれだけ嫌がっていた割には、なんだかんだ普通に話している様子を見て、凛は少し意外だった。
「まあいい。さっさと行ってしまえ」
タウノは、二人の後ろに回り、背中をとんっと押す。
「え? もう話さなくていいの? タウノくん、凛くん」
「甘いひとときを邪魔するほど、野暮じゃないからな」
タウノは、ひらひらと手を振る。
「それじゃあ、いい夜をー」
「またな、タウノ」
二人は並んで、光に満ちたパーティー会場へと足を踏み入れた。




