【2−5】 忘れられない一夜
プロムパーティー当日。凛は、自室に届いた郵便物を開封する。すると、中には、夜を連想させる黒と紺に、金色のアクセントが入ったタキシードが入っている。少し触れるだけで、その生地の価値が分かってしまう。
「う、わあ」
こんな高いものをもらったのは、生まれて初めてだ。
すると、後ろからそれを見る茶髪の男子が声を上げる。
「リン……。なんだ、その値段の桁が狂ったようなタキシードは。お前、金持ちだったのか」
「違うわ!ただの貰い物だよ。タウノ」
タウノと呼ばれた少年は、凛のルームメイトである。タウノ・マキネン。凛と同じくCクラス。
「どっかの貴族に恩でも売ったのか?」
「バカ言うな、異国からやって来た俺が、どうやったら貴族に出会えるんだ」
「じゃあ、誰から貰ったんだよ」
「えっと」
凛がタウノから目をそらすと、タウノが同封されていた便箋を拾い上げる。
「……差出人、トモカ・ミネルヴァ」
「あ」
「ミネルヴァからの贈り物ですか……」
タウノの背後にだんだんと暗雲が立ち込める。
「あいつらに関わるとろくな事がない。いいか、リン。何度でも言うぞ」
タウノがずいっと凛に近づく。
「俺とミネルヴァを接触させるなよ。特に、あの銀髪」
「わ、わかってるって」
凛がびくびくと返事をすると、タウノは、すっと凛から離れて、自分の支度を始めた。
なんであんなに、ミネルヴァのこと、嫌ってるんだろうか。
凛は、彼女たちに出会ってまだ日が浅いが、悪い人という印象など一欠片もない。ましてや、凛はトモカに対して、好意を抱いている。タウノに事情を聞こうにも、人の過去を詮索するのは、あまり好ましくない。そのため、凛はタウノの心境がいまいちよくわからないのだ。
「難しいなぁ」
「ん、何か言ったか?」
「いや、こっちの話」
そして、凛も身支度を始めた。
* * *
同時刻。トモカの部屋。
「完璧。この日のために、食事量を控えてきたかいがあった。どこもきつくない、うん、素晴らしい」
トモカは夜を思わせる黒のイブニングドレスを身に纏い、姿見の前でくるくると回っている。背中と肩を出している大胆な造形だが、そこに際どさはない。
「これで、凛くんと踊るとか最高! 一生、忘れられない夜になるに違いないわ。でも……」
こういう日に限って、順調に終わってくれない気がする。
「あ! そういえば、ザインと踊る約束してるんだった。でも、ちゃんと凛くんに言ったし…。いや、それでも、変な奴って思われてないよね?」
トモカの暴走が始まった。その時、呼び鈴が鳴った。
「来てくれたかな?はーい」
トモカがドアを開けると、そこには、深緑色のローブを被った人物がいた。
「どうぞー」
「ありがとう」
ローブの声は、女性のようだ。トモカは、その人物を部屋に招き入れて、ドアを閉めた。
* * *
一方で、ユリカとエリックスは、もう準備万端で、会場へ向かっていた。ユリカは、エリックスと腕を組んでいる。
「楽しみだねー。ふふふ」
ユリカは、怪しげな笑みを浮かべる。エリックスは、それを見て、不信感を覚える。
「浮かれるのは、分かるんだけどさ。なんか、様子おかしくない?」
「そう? 気のせいじゃない?」
「なんか、魂半分出ていったんじゃないかってくらい。こう、芯がないっていうか…」
確かに、さっきから酒でも入っているのかと思うくらい、ポヤポヤしているユリカ。だが、未成年なので、もちろん、飲酒なんてしていないだろう。――おそらく。
ユリカは、エリックスにビシッと指をさす。
「もう、これから始まるのは、パーティーだよ! 浮かれてなくてどうするの? こういうのは、羽目を外したもんがちなんだから。少々、おかしくてもおかしくないの!」
「わ、わかったよ」
ユリカのあまりのパリピ発言に、エリックスは、少し引いている。でも、やはり、ユリカの様子が変なのだ。エリックスは、とりあえず聞いてみることにした。
「今日、パーティーで何かあるのか?」
「うん」
ユリカは、あっさりと答えた。
「でも、ヒミツ。言わないよー」
しかし、指を口元に当てて、首を横に振る。
「え? 教えてくれないの?」
「うん。多分、エリックスにとっては、あんまり関係なさそうだし」
「そうなのか」
「誰かに聞かれたら、困っちゃうし」
「そんなに?」
「うん。国家機密事項である!」
ユリカは、いつの間にかサングラスをかけている。
「どっから出てきた、それ」
エリックスのツッコミは、流されて、ユリカは、今度は、つけ髭を取り出した。
「まあまあ、いずれ分かるさ。今、知る必要なんてないんだよ。わかったかい、エリックスくん」
「お前は、一体、何目線なんだ」
一連の茶番が終わったところで、元の姿に戻ったユリカは、再び、ぎゅっとエリックスにひっついた。
「お腹空いたー。早く入ろう」
「さっきまで、国家機密とか言ってたのに」
エリックスは、苦笑しながら、肩をすくめる。
「今日は、全部楽しみなのー!」
ユリカは、ぐいぐいとエリックスの腕を引っ張り、会場の入り口へと向かって行った。
今夜は、パーティー。思い思いの気持ちを胸に込め、色鮮やかな舞台へ。一生忘れられない夜になること信じて。




