【2−4】 いっぱい食べる君が好き
そして、凛のダンス猛特訓を終え、トモカたちは、馬車に乗り、本邸をあとにした。馬車の中は、トモカ、凛、ユリカ、エリックス、レナの五人という中々窮屈な空間である。
「やっぱり五人は狭いね」
「五人用ではありませんから」
ユリカの何気ない言葉に、真っ当な言葉で返してくるレナ。
「ねぇねぇ、私と凛くん。途中で城下町寄っていい?」
「え、いいなー。エリックス、私たちも行く?」
ユリカは、目をるんるんに輝かせて、エリックスを見る。
「実は、俺、課題が終わってなくて...。できれば早く寮に帰りたいかな」
「あ、そうなの。じゃあ、デートはまた今度だねー。お二人は、私たちの分まで楽しんできて」
ユリカがトモカと凛に残念そうに手を振る。
「で!デートじゃ...」
凛があからさまに動揺する。対して、トモカはとてもウキウキしている。
「凛くん。準備はできてる? 私の胃袋を舐めないでよー」
今から、たらふく美味しいものを食べる気満々なトモカは、これから世間一般でいう”デート”を行おうとしていることに微塵も気づいていない。そんなトモカを見ていると、変に身構えてる自分が可笑しくなり、凛の緊張は解けた。
「でも、俺の財布の範囲内だぞ」
「わかってるって!」
その微笑ましい様子を見て、レナは、表情を柔らかくする。
「では、私はユリカ様方を学園までお送りしたあと、また迎えに上がります」
「わかった。二時間くらいかけてくれてもいいよ」
「それは、いけません。校則違反になってしまいます。一時間です」
トモカは、レナに諭される。
「はーい...というわけで、凛くん、一時間で十店舗回るよ」
「めちゃくちゃハード!」
「城下町に着いたようです。では、お嬢様とリン様は、ここで一旦お別れです」
トモカと凛は、馬車を降りる。
「また1時間後に」
レナがそう告げて、馬車は行ってしまった。
「それで、手始めに何食べるんだ?トモカ」
「うーん...。クレープ!」
トモカが少し先にあるクレープ屋を指差す。そこの看板には、クレープ以外にもケーキやアイスなどが載ってある。完全な甘味処だ。看板によると、一番人気な商品は、”キャラメリゼベリーベリーストロベリー”というクレープのようだ。トモカと凛は看板を見ながら、感嘆の声を上げていると、売り子に声をかけられた。
「ただいま期間限定。こちら、恋人価格で提供しております!」
「こいびとかかく?何だそれ」
「おー!安くなるよ。凛くん」
トモカは、ガシッと凛の腕を掴む。そして、絡みつく。
「え?でも、俺たち...」
「それでお願いしまーす!」
「かしこまりましたー」
そして、なぜか凛にもクレープが来た。近くのベンチに座って、トモカはクレープを頬張っている。
「やばぁ。美味しい。名前面白かったのに。安く買えてラッキーだったね」
「...そ、そうだな」
「どうしたの? クレープ、美味しくなかった?」
「いや。すごく美味しいよ」
なんか、さっきから、トモカって...。もしかして。すごい鈍感な子?
凛は、ようやくトモカの性質を理解し始めていた。そう、まさにそのとおり。トモカ・ミネルヴァは、とんでもなく鈍感である。凛視点だと、今日は、朝から恋愛イベントの連続だった。ミネルヴァ本邸での思わぬ密着ダンス、馬車の中のユリカのデート発言、そして、たった今の恋人価格。普通なら、どれか一つくらい意識してもおかしくはない。しかし、当の本人はというと。
「クリームいっぱい! いちごもいっぱい!」
食べ物を前にしたトモカの思考は、非常に単純化していた。美味しいものを食べる。ただそれだけだった。何を言われても普段以上にスルーしてしまう。現在、そんな状態に陥っている。
「...ここまでとは」
凛は苦笑しながら、小さくため息をついた。自分だけが勝手に意識して、自分ばかり勝手に照れていた気がする。その横では、トモカが一点を見つめている。その視線の先には、一軒の珈琲屋があった。そのスタンド看板には、新発売という大きな見出しとともに、ドリンクのイラストが描かれている。
「凛くん。次は、あの珈琲屋!」
トモカは、ばっと立ち上がる。
「は、早くない? 俺まだ食べてないんだけど」
「一時間しか無いんだから! 早くしないと、あっと言う間に、お迎えがきちゃうわ」
「ちょっと待ってよ」
凛は、クレープを味わう間もなく、口の中に押し込み、トモカの後を追った。
そんなこんなで一時間ぴったりに、馬車が来た。
「何店舗、制覇しましたか?」
「八...。十まであと二店舗だったのに」
「俺の財布は、あと一店舗が限界っぽい」
「お疲れ様でした。ですが、少し飛ばしますので、ご容赦ください」
「え?」
「きゃっ」
突然の揺れにトモカは、驚いて、凛に掴まる。それを、凛はどうにかして気を紛らわそうとする。
「どこのアトラクションよー!」
馬車の中でトモカの声が響いた。
門限に間に合いそうになかったのか、馬車の中とは思えないほど、上下左右に揺さぶられた二人は、想像以上の荒運転で学園に到着した。馬車を降りた二人は、ふらふらと足取りがおぼつかない様子だ。トモカの方が軽症のようだ。
「お疲れ様でした。それでは、またお会いしましょう」
「えぇ。ありがとう」
「あ、りがとうございました」
馬車は去っていくのを見送ると、二人は顔を見合わせた。
「今日は疲れたね」
「疲れたけど、すっごく楽しかった!」
「ていうか、あの恋人価格ってなんだったんだろうな」
「まだ国祭が終わってばかりだから、お祭り気分だったんじゃない? 面白いサービスだったね」
「今日は満足した?」
「もちろんです。だけど、名残惜しいのは」
トモカが拳をぐっと握りしめる。
「あと二店舗だったのに...」
「だから、財布が限界だって!」
トモカと凛が吹き出す。
「あははは!冗談だよ。いやー、今日は本当に楽しかったな」
トモカは体を揺らしながら、歩き出す。そんな背中を見て、凛は、無意識のうちに口に出していた。
「トモカ」
トモカは、振り向く。
「何?」
凛は、一呼吸置く。そして、トモカをまっすぐに見つめる。
「プロムのダンスが終わったあと、時間もらってもいい?」
トモカは、一瞬キョトンとしていたが、すぐに笑顔になった。
「いいよ」
凛は、思わず頬を緩めた。
「ありがとう」
「じゃあね」
「また」
そして、二人はそれぞれの帰路についた。
待ちに待ったプロムパーティー。
恋も陰謀も、それぞれの思惑も。
すべてはこの夜に交差する。
さぁ、人々の駆け引きの始まりである。




