【2−3】 もどかしいというのが恋なのだ
トモカは、比較的運動神経がいい方だ。なので、幼少期のダンスの稽古は、頭で覚えるより、身体で覚えているようなものだった。そして、相手は、主に家族。その家族も、もちろんダンスができる。それ以外だと、心当たりがあるのは、フィーズ・セルノーぐらいである。そのため、トモカは、ダンスができない相手との練習はこれが初めてだった。
ミネルヴァ家本邸。その一つの部屋から優雅なピアノの音色が聞こえてくる。その部屋には、黒髪の少女と少年がダンスをしていた。
ピアノの伴奏が止む。トモカと凛は、終わりの一礼をする。
「...どうだった?」
トモカたちのダンスを見ていたメイド。レナは、パチパチと拍手をしている。
「お嬢様は、相変わらずの腕前でございます。が、リン様。あまりにもたどたどしいです」
「そうだねー。ちらっと見たけど、リンくん。なんか気を張りすぎてる感じがするよ」
ピアノを弾いてくれていたユリカも凛のダンスはなかなかのものらしい。凛は、申し訳なさそうに顔を背ける。
「凛くん。運動神経いいよね?」
「まぁ。平均的に言うと...」
「頭で考えるんじゃなくて、なんかさ、身体が勝手に動かない?」
「いや...うん。言いたいことはわかるよ。でも...」
「でも?」
凛は、黙り込む。そして、眉をひそめる。それを見て、トモカは慌てる。
「え? もしかして、体調悪いの? ごめん、気づけなくて」
「い、いや、違くて」
「やっぱり、隣にお手本がいるんじゃないか?」
エリックスが顎に手を当てながら、答える。
「あっ。じゃあ、私とエリックスが踊るわ」
「ピアノは私が演奏します」
「よろしくー」
ユリカは、エリックスに手を差し出す。エリックスは、その手を取る。レナが、ピアノを弾き始める。優雅な音色とともに、ユリカとエリックスがステップを踏む。二人のダンスは、一心同体である。
「ほら、トモカたちも」
ユリカが唖然と見ていたトモカと凛に促す。
「それじゃあ、凛くん」
「ああ」
凛はトモカの手を取る。そして、凛は、一呼吸置く。
「一、二、三、はいっ」
トモカと凛も音楽に乗って、ステップを踏む。しかし、凛がバランスを崩す。凛は、トモカの手を離さないので、トモカもバランスを崩す。
「わわっ」
「ご、ごめん!」
あと一週間でできるかな? ちょっと厳しいんじゃない?
「リン様、僭越ながら、私と踊っていただけませんか」
「レナさんと?」
「はい、背丈を変えれば、何か違いが見えてくるかもしれません」
確かに、凛とレナの身長差は、小さい。凛の方が少し高いぐらいである。
「じゃあ、お願いします」
「はい」
ユリカがピアノを奏で始める。すると、さっきまでぎこちなかった凛の動きが、消えた。
「え?」
「一気に上手になった...」
「さっきとは別人だな」
トモカとエリックスは、凛の変わりように目を丸くする。
そのまま、曲は終わった。凛は、一度もつまずくことなく、踊りきったのだ。
「凛くん。上手だったよ」
「そう?」
「身長差が大事だったんだ」
トモカは、今まで気が付かなかった。初心者には、身長も重要なのだと。トモカが、ほうほうと頷いていると、レナがトモカに寄ってきた。
「いいえ、お嬢様、違いますよ」
「何が?」
「原因は、ダンスのお相手です」
「何よ。私が下手くそだって言いたいの?」
「リン様は、お嬢様と踊る時だけ、常に肩や腕に力が入りっぱなしでした」
レナの言葉がよくわからないトモカ。レナは、どこかニマニマしている。トモカが首を傾けた。
「それって、どういうこと?」
レナは、いたずらっぽい笑みを浮かべる。
「意中の相手とこんな距離で手を取り合うなんて、緊張して当然でしょう?」
「意中の相手? ...勘違いじゃない?」
凛は、肩がびくりと震えた。
「ち、違...」
凛は、否定しようとしても何も言えない。耳まで真っ赤になっていた。
この反応は、私でも意味がわかる。
トモカも凛に釣られて、顔が赤くなっていく。凛とトモカの間には、何とも言えない空気が漂っている。その外では、興味津々なユリカといたたまれない様子のエリックス、そして、もどかしそうにしているレナ。
「おい、気まずいぞ。俺ら、ここにいていいのか?」
「別にいいじゃない。確かに、邪魔かもしれないけど、このまま行けば、告白シーンが見られるかもしれないわ」
「そうですよ。でも、何か時間かかりそうです。トドメの一発が欲しいです」
「じゃあ、私が背中を押してあげる!」
ユリカは、すかさず凛の背後に回る。そして
「あ~手が滑っちゃった〜」
パチンと指を弾く。すると、小さな風が生まれる。
「え?」
凛の体は、正面のトモカに向かう。が、とっさに身を引いたトモカの横を過ぎ去り、そのまま、ドアに突っ込んだ。そして、部屋の外に出てしまった。
「あちゃー、失敗」
ユリカが頭を小突く。一方で、凛は、何が起きたか分かっていないようだ。
「いたた。何で俺、飛ばされたの?」
「君は」
「へ?」
「今日は、飛んできたのか」
凛が顔を上げると、銀髪の美丈夫。先日のパーティー以来だ。
「お、お邪魔してます...」
「最近、よく会うな。だが、俺は君の名前を知らない。トモカの友人か」
その冷たい眼差しは、思わず身構えたくなってしまう。凛は、反射的に背筋を伸ばした。
「ご挨拶遅れました。光柱凛です。トモカと同じ学園に通っています」
「なるほど。同級生か。今日は、どうして?」
「実は、ダンスの練習をさせてもらってます」
「近々、プロムがあるな。その練習か」
「はい」
「パートナーは、決まっているのか?」
「あ、はい」
スカルノは、部屋を覗き込む。中には、ユリカをペシペシ叩いているトモカとくすくす笑っているレナだけだ。
「それは、練習が必須だな。相手は呼ばなかったのか?」
「相手は...トモカです」
「...」
スカルノは、数秒黙った。そして、無言で見つめてくる。何か言いたげであるが、口に出そうとする気配はない。
「トモカとどういう関係だ」
「もちろん、ゆ、友人です!」
「...本当に、友人なのか?」
スカルノは、迫力のある顔で凛に迫る。凛は、怖気づいてしまいそうだ。
「ちょっとお父様!」
トモカがそこに割り込む。
「私たちダンスの練習中だから。用があるなら、後でもいいでしょ」
トモカは、スカルノをじっとにらみつける。凛は、寸前のところでトモカに助けられた。
「それとも何? 私が友達とダンスすることさえも許してくれないの?」
「いや、ただ様子を見に来ただけだ」
「そう。あ、じゃあ」
トモカが凛の腕に絡みつく。
「お父様もアドバイスちょうだい。これから踊るから」
スカルノは、やはり何も言わない。ただ静かに、凛のことを見ている。
「ユリカー。ピアノお願い」
「いいよー」
トモカは、凛と手を取り合う。そして、曲に合わせて踊り始める。すると、凛は先ほどとは見紛うほどに上達していた。タイミングもステップもばらばらだったのに、完璧に近い状態になっている。
凛くん、すごい。
トモカが凛の顔を見上げると、今まで以上に冷や汗をかいていた。だが、凛の動きは至ってスムーズだ。トモカは、心配になりながら、ダンスを続ける。
そして、曲は終わった。
「どうだった?」
「すごい。今までで一番良かったよ!」
「はい。リン様のダンスの上達の速さ。目を見張るものですね」
ユリカとレナは、絶賛する。
「お父様?下手くそなら下手くそって言って。その代わり、ちゃんと理由もつけてね」
「...ダンスは御の字だ。だが、リンの表情。何を緊張している。そんな顔でうちの娘とダンスとは」
「...」
スカルノの厳しい忠言に凛は、肩を縮める。
「凛くん。大丈夫?」
「大丈夫」
凛は、自分が緊張している自覚はあった。が、ここまで顔に出ていたとは思っていなかった。
言えない。トモカのお父さんが怖くて、表情管理までできなかったなんて。
「まぁ、それはお父様がいるせいだと思う」
トモカが凛の図星をついてくる。
「ダンスの方に問題が無いなら、今日はもう終わろう。いい?凛くん」
「うん。なんとなくコツ掴めた気がする。今日は、もう疲れたし、俺はお開きでいいよ」
「よし、じゃあ帰ろー」
「では、学園までお送りします」
みんながぞろぞろと部屋から出ていく。その時、スカルノは、レナにしか聞こえないような声で囁いた。
「最後までよろしく頼む」
レナもほんの小さな声で答える。
「了解」




