【2−2】 君に似合う一着を
今日は、休日。そして、凛がトモカとドレスを選びに行く日だ。凛は、待ち合わせ場所である学園の正門で待っている。待ち合わせ時間の三十分ほど前から。
早すぎだけど、待たせるよりマシだ。それに、ドレスは城下町で選ぶのかな?
先日、予定が空いている日が合ったので、トモカに伝えると、正門で待ち合わせをすることになった。馬車はトモカが手配してくれるという。
「おはよう凛くん。早いね」
「おはよう。トモカ」
トモカは、いつもおろしている髪をきちっとまとめている。それだけでも雰囲気が違って見える。この前のドレス姿も綺麗だったが、今日のラフな私服も似合っている。
やっぱり素敵だな。
すっかり恋に落ちている凛は、そんな感情を悟られないように、必死に平静を装う。
「今日は、城下町でドレスを買うのか?」
「うん。買うっていうか。仕立てに行くの」
「え?」
仕立て?
凛は、思わず固まる。
「え? 何?」
「サイズが合ったやつ買うんじゃなくて、サイズを合わせて買うってこと?」
「そうだけど...」
トモカが首を傾げて凛の方を見る。
それって、お貴族様とかがやってるやつじゃないか? てことは、俺の予算じゃ絶対足りない!
「お、俺、そんなに金持ってないよ」
「お金? いいよ。私のお願い聞いてくれたお礼も兼ねて、私が払うよ」
そう言ってトモカは、胸をぽんと叩く。凛は、首を思いっきり横に振る。
「そんな釣り合わないって! 分割してでも払うよ」
「そう?」
トモカは、少し悩む。そして、あっと何か思いついたようだ。
「城下町で美味しそうなスイーツ奢ってよ」
凛は、トモカの言っていることを理解するのに手間取った。
「...え?」
「これであなたも私にお金を使うでしょ? これで貸し借りなし!」
「本当にそれでいいのか?」
「いいわよ。何? あとで取り立てられるかもしれないとか思ってる?」
トモカは頬をふくらませる。
「私、そんなことしないよ。なんなら契約書でも書いてあげようか?」
トモカは、凛がすんなり納得してくれなかったことが心外だったようだ。
「いや、それは大丈夫。ありがとう...。食べたいものあったら、何でも言って!財布の中身が尽きるまでは」
「えー、本当に?」
トモカが凛の顔を覗き込んでくる。そして、瑠璃色の瞳と黒い瞳とばっちりと重なった。
「...凛くんの目って__」
トモカが何か言いかけると、馬のいななきが聞こえてきた。
「あ、あれ。トモカのとこの馬車か?」
「そうみたい」
馬車は、凛たちの目の前で止まった。そして、ドアが空いて、中から一人のメイドが出てきた。
「おはようございます。お嬢様、リン様。どうぞ」
メイドがトモカに手を差し伸べる。
「ありがとう」
トモカは、メイドの手を取り、馬車に乗る。そして、今度は凛に手を差し伸べる。
「あ、ありがとうございます」
凛は、少し緊張しながら、その手を借りて馬車に乗る。
「えっと...メイドさんは__」
「失礼しました。本日お目付け役を務めます。レナと申します」
レナは優雅に一礼する。
「トモカは一人で街を歩くのも駄目なのか?」
「いいえ。今回はご当主様の命令です。リン様にとっては、慣れないことかもしれませんが...。私のことは、いないものとして扱っていただいて結構です」
「いやいや、そんなわけには...」
レナが淡々と話す中、トモカは窓の外を見ながら、ブツブツなにか言っている。
「お父様め...。別に何もないのに...」
どうやら、トモカ自身もお目付け役のことは聞かされていなかったらしい。
「お嬢様のご友人が、龍玉国の方だなんて驚きました。私、何度か龍玉国に伺ったことがあります。自然が豊かで、とても素敵な国ですよね」
「えぇ。まぁ、この国と比べると、なかなかの田舎ですけど」
凛は、少し照れくさそうに笑う。
「でも、地元の俺でも帰ると心が休まる場所なんです。本当にいいところですよ」
「確か首都の繁華街に___」
「そうなんです!そこが____」
凛とレナは、龍玉国の話で盛り上がっていた。一方のトモカは、窓の外を眺めたままで何も言わない。
...なんで二人ともそんなに楽しそうなの。
そして、馬車は止まった。
「着きましたね。お待ちください」
レナは、馬車を先に降りる。そして、変わらず手を差し伸べる。
「リン様からどうぞ」
「あ、はい」
やはりこういう扱いは慣れそうにない。
「お嬢様」
「...ん」
トモカも馬車から降りる。しかし、その様子は乗った時とまるっきり違う。
なんか...不機嫌になってる!
凛は内心大パニック。幼い頃から父は言っていた。
『自分の大切な人。ましてや、愛する人の機嫌は損ねちゃいけない。それは、その人が一緒にいたくないと思っていることが表面に出てしまっているからね』
そんな凛の父は、愛妻家である。凛の母も、父といる時は、いつも幸せそうな顔をしている。二人が笑っていないときなど、凛の記憶には、存在しない。
「あ、あ、えっと。トモカは、どんなドレスにしたいとかある?」
「...一応」
「色とかは?」
「...黒」
「黒なら、神秘的で大人な雰囲気になりそうだな。トモカの髪の色なら、薔薇を取り入れてもいいんじゃないか? あ、レースも追加して」
トモカが目をぱっちりと開けて、凛を見る。
お! これは、機嫌直ったんじゃないか。
「いいと思う。ていうか、デザイン考えるの上手だね。料理だけじゃなく、衣服もできちゃうの?」
「いや。俺、この年になっても裁縫できないよ。ただ、今のは、トモカに似合うように考えてみただけだよ」
その言葉にレナと仕立て屋の店員がときめいている。一方、本来ときめくはずのトモカだが、機嫌が直ったことに自分で満足しているようだった。すると、店員は待ちきれず、凛に話しかける。
「今の取り入れてみてもよろしいですか?」
「え?」
「黒を基調に、薔薇とレースで彩る。トモカ様の新しいドレスを」
「え。知識も経験もない素人の提案なのに?」
店員は、目を輝かせて凛に詰め寄る。
「素人だろうと玄人だろうと関係ありません。お客様に最もふさわしいものを提供する。それが我々の仕事です」
凛は、店員の勢いに怖気づく。
「は、はい。どうぞ...」
「ありがとうございます。それでは、お三方、どうぞ中にお入りください」
店員の案内で店内に足を踏み入れる。壁一面には色とりどりの反物やレースが並び、ガラスケースの中には宝石のような装飾品が輝いている。凛は、思わず息を呑んだ。どれも一級品と思われる布地ばかりである。凛にとっては、場違いな気分がしてくる。
「少々、お待ちください。お茶を用意してきます」
店員の一人は、店の奥へ姿を消した。
「先ほどは、失礼しました。要件をお聞きします」
「来週、学園でプロムがあるの。だから、二人で揃えたドレスをお願いしに来たわ」
店員は、ペンを動かしていく。
「なるほど。それで、トモカ様のご希望は黒ということですか?」
「えぇ。でも、他の色でも構わないと思っているわ」
「いえ。黒は決定事項です。こちらの殿方から、承ったインスピレーション無碍にはいたしません」
「じゃあ、凛のも黒になるの?」
「はい。今のところ、お相手様のタキシードは、黒と紺で進めていこうと思っております」
「それなら___」
「なるほど。その場合___」
す、すごい。トモカもなんか具体的に要項を伝えてる。というか、さっきの俺の案が前提だけど、本当に大丈夫なのか?
「凛くん? 勝手に進めちゃってるけど、気に入らないところがあったら、遠慮なく言ってよ?」
「気に入らないなんて、そんな。全然、今ので満足してるよ」
「わかりました。では、生地を選んでまいります」
今度は、入れ替わりにお茶を用意した店員がやってきた。
「お待たせしました」
香りからして、すっきりとする種類の紅茶のようである。ティーカップとソーサーも一級品だろう。凛は、落としてしまわないか不安になる。
「凛くんに言っておかないといけないことがあって...」
「何?」
「えっとね...ザインと一曲だけ踊ることにしたの」
トモカは、申し訳なさそうな顔をする。
「ごめん。勝手なことして」
「そんな。気にしないでいいよ」
今しか言えないぞ! 凛。チャンスは今だけだ!
「実は...俺も言わなきゃいけないことがあるんだ」
「何?」
「実は...すごく言いづらいんだけど」
凛は、深呼吸をする。そして、トモカの目をまっすぐ見つめる。
「ダンスできないっぽい」
「...は?」
トモカは目を丸くする。
「トモカに誘われたあと、同室のやつに見てもらったら『おいおい。基礎中の基礎も微妙だぞ。運動神経いいのに、なんでできないんだ』って言われた」
凛は、生まれてこの方、お遊戯会の踊りしかやったことがない。社交界なんて知らない世界である。よって、貴族にとっての一般教養であるダンスは、凛にとっては、初めましてに等しいのだ。
残り時間は、あと7日。凛は無事、トモカとプロムでダンスを踊ることができるのだろうか。




