【2−1】 始まりは一本の花束
ジェンセンドール国の王太子妃が決まったことにより、3日間国祭と同じ規模で国中は賑やかだった。そして、みなが名残惜しさを漂わせながら、日常が始まった。そしてハーレースリス学園では、魂を抜き取られたかのような、気力の失せた学生たちが複数名見られる。
「そんな...」
「もう二度とお目にかかれないなんて...」
「むごい!この世はなんて無慈悲なんだ」
そして、彼らが数分に一回発している言葉は。
「「ロートレック様...」」
この学園の三大美女と名高かったアメジストのように高貴でありながら、月光を纏うような柔らかな雰囲気の女子生徒。この度、王太子妃となったクラリス・ロートレック。
彼女は、王太子妃となり、学園を辞めることになった。ここの学園は、卒業するためには、論文を書かなければならず、学園側は、論文なしで卒業という特別待遇の用意ができていなかった。しかし、クラリスはその際、待ってましたと言わんばかりに卒業論文を学園側に提出。こうして、クラリス・ロートレックは、ハーレースリス学園を無事、卒業した。なので、学園の生徒たちにとって、別れを惜しむ間もなく、クラリスは光の速さで高嶺の花から雲の上の存在になってしまったのだ。
そして、もう一つ。アイリス・オクベスタが、学園を自主退学した。噂では、王太子妃に選ばれなかったことで傷心してしまい、国から出ていったらしい。しかし、真実はそうではない。
今朝、トモカに一通の手紙が届いた。差出人は、アイリス・オクベスタであった。手紙の内容は、今までのトモカに対する態度と精神操作魔法の使用、その他についての謝罪だった。そして、王太子妃候補としての役割を終えたため、国から離れて田舎に定住するとのこと。もう二度と社交界に姿を現さないとも綴られていた。
そうして、トモカにだけ真実を伝えたオクベスタ家の花形は、学園から姿を消した。
「__ということなんだけど...。なんで、私にわざわざ伝えてきたのかわからないんだよね」
トモカは、フィーズに相談している。
「俺に言って大丈夫なのか?」
「問題ある?」
「いや、特に無い」
「じゃあ、いいじゃん」
「俺の考察だが」
フィーズは、少し思考を整理する。
「彼女は、わざとトモカに絡んでいたり、嫌がらせしたかったわけじゃなかったんだろう。大方、十大貴族の令嬢。王太子妃候補。社交界の花形。本来の彼女には、重過ぎて、自分を歪めでもしないと保っていけなかった。家族、周りの期待に応えるために」
トモカは引いていた。
「...気持ち悪いくらいの考察力」
「気持ち悪いって言うなよ。優秀だろ」
トモカは、アイリスに精神操作を跳ね返した時に、アイリスの本音も聞いていた。そして、それはフィーズが言っていたこととだいたい同じであった。
「私、他の子たちみたいにできません。だから、たくさん頑張りました。でも、ついていくのがやっと。そしたら、卑劣なことしかできなくなった」
「私は、家族の期待に応えられそうにない。ルイ様だって、クラリス様のことしか見ていない」
「私の価値って何でしょうか」
トモカは、泣き方さえも忘れてしまっているアイリスの顔を思い出した。
「オクベスタさん。とても疲れてたの。あれは...もう少しで心が壊れちゃうほどに」
「そうか」
フィーズが時々、感じていたアイリスの笑みの違和感。あれは、心の亀裂が表面に零れてきてしまっていたものだったのかもしれない。
「俺には、わからないな」
「私も...」
トモカは、口を閉じる。そして、ぼそっと口に出した。
「私がわかるわけがないわ」
「何、寂しそうな顔してるんだ。オクベスタが恋しいのか?」
「ううん。クラスメイトがいなくなったのは、悲しいけど。オクベスタさんは、ここにいた時よりきっと幸せな時間を過ごしているはず」
トモカは、どこか安堵した表情を浮かべている。
「そうだな」
トモカとフィーズは、遠くを見つめる。社交界の花は散った。しかし、誰にも見られることのない土地で、彼女は自分だけの花を咲かせることができるだろう。一人の少女として笑えるように。そう、心から願うトモカだった。
* * *
放課後、トモカは凛のところに寄ろうとしていた。この間のクッキーのお礼である。
マカロン作ったけど、気に入ってくれるかな?
昨夜、熟考した果てに、トモカは、マカロンなら私でも作れるし、食べやすいのではという結論に至り、マカロンを大量生産した。
でも、男子だからジャンキーなものとかボリュームがある方が嬉しかったかな。
ぽやぽや考えていると、後ろから声をかけられた。
「トモカ」
「何?ザイン」
振り向くと、深い赤茶の髪を整え、濁りのない琥珀の瞳を持つ。筋肉質な体に彫刻みたいに整ってる顔。トモカと同じ御三家の人間。ザイン・ステルランドだった。
「少し話がしたいんだが」
「ここじゃだめな感じ?」
「うん...まぁ。トモカがいいなら、ここでもいいが」
私がいいなら? 一体、何の話をするつもり?
「いや、ちょっと待って」
トモカは考える。
しょうもない話ならここで終わらせてほしい、面倒な話だったら。うっかり、手が出そうになってしまう。でも、早く凛くんのところ行きたいし、前者に賭ける!
「ここでどうぞ」
人が行き交う廊下でザインが跪いた。そして、控えていた使用人から花束を受け取ると、ザインはそれをトモカの前に差し出した。トモカは、だんだん顔がひくつる。周囲の人々も、何事かと注目する。
「プロムのパートナーになってくれないか。トモカ」
「...」
どうしよう。忘れてたよ。めちゃくちゃ忘れてたよ。
プロムパーティー。この学園の長期休み前の恒例行事だ。年に二度開かれる、青春の一大イベントとして知られている。パートナーを申し込めば、ダンスを踊り、夜のバルコニーで想いを伝える者も少なくない。そんな幻想溢れた行事だが、トモカは、そういう他人とのパーティーになぞ、一欠片も興味が無いため、頭から抜けていた。
そうよ、あと一ヶ月もないじゃない。パートナー申請は義務じゃないから忘れてたよ。ザインとダンス...。嫌って言いたい。でも、こんな場所で言えない...。
「ちょっと待って。まだ時間はあるでしょ?考える時間ちょうだい」
「わかった」
ザインは、コクリと頷く。
「まだ決めてないから、花は受け取らないわよ。じゃあねー」
トモカは平常心を保ちながら、ザインのもとを離れた。
嫌だ。でも、このままフリーだとあいつと踊らなければいけない。誰か誘う? セルノーとか。いや、でも、あいつ私とプロムで踊ってくれるか? 婚約者持ちが?
トモカは、どうにかしてザインの誘いを断りたかった。すると、今度は前から声をかけられた。
「トモカ。久しぶり。あの後、大丈夫だった?」
「凛くん。全然平気だよ。傷一つついてないもの」
凛の記憶では、トモカを見たのは、王太子妃お披露目パーティーでトモカたちが刺客に狙われ、会場から去っていったのが最後だった。刺客だなんて、凛には縁のないものなので、あれから、ずっと心配だったのだ。
「ていうか、ちょうどよかった!」
トモカはカバンの中をゴソゴソと漁る。そして、お菓子を取り出した。
「はい。この前のお返しです」
「マカロン?美味しそう。ありがとう!」
凛の顔がぱぁっと明るくなる。トモカは、なんだかおやつを与えられた犬を見ている気分になった。
「ところで、なんか悩んでた?役に立てるかわからんけど、話くらいは聞くよ」
トモカは、そんなに顔に出てたのかと衝撃を受ける。そして、凛の優しさに甘えてみることにした。
「もし、頼んだら、お願いしたら。聞いてくれる?」
「もちろん。俺にできることなら」
よし、今ならお願いできる。
「私のプロムのパートナーになってくれる?」
凛は目を丸くする。だが、その表情はすぐに柔らかくなった。
「もちろん」
「本当に?ドタキャンは受け付けませんよ」
「わかってるって。ダンスを踊るだけだろ?」
「うん。そうそう。踊るだけ」
そう。まだ告白する勇気はない。まだ、友達のままで時間を重ねていきたいんだ。
「了解!」
「じゃあ、ドレス合わせようよ」
「うん」
「時間空いてる日あったら教えて。一緒に決めよう」
「うん。また伝えるよ」
トモカは、用事が済んだので、凛に手を振る。
「ばいばい」
「またなー!」
そして、二人は別れた。
よし、ザインは明日断ろう。実は、先約があったと。よしこれでおっけー。
しかし__。
* * *
翌日。トモカはザインに話しかける。
「ザイン。昨日のことなんだけど」
ザインは、どこか落ち着いたような顔をしている。
「実は、先約があったの。だから」
「リンだろ」
「なんで知ってるの?」
「昨日、見た」
「見てたの!?」
「いや、ドレスを揃えるという話し声が聞こえてきたから、覗いてみると、お前とリンがいた」
「そう。だから、私はあなたとはパートナーになれないの」
「返事は受け入れる。だが、せめて一曲だけ踊ってほしい」
ザインの予想外のしつこさにトモカは、眉間にシワを寄せる。
「パートナーがいるのに、他の人と踊らなければならないの?」
「周囲に誤解されないように配慮する」
一曲ぐらいなら。凛くんにも迷惑はかからないよね。
トモカは、少しだけ迷った後、小さく頷いた。
「...わかったわ」
「それでは」
ザインは去って行った。そして、トモカは、当日二人の男子とダンスの約束をしてしまった。
どこかの悪女にでもなった気分だった。そんな居心地の悪さを抱えたまま、時間は流れていった。




