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静かな蒼月、その瞳の先に  作者: 色炉
第1章 学園生活開始
11/38

【1−11】 君の知らない日常

王太子妃のお披露目パーティー当日。ミネルヴァ家一行は、二台の馬車で、王宮へ向かった。その一つの馬車には、スカルノとトモカの姿があった。

「そういえば、お祖母様は来ないんだね」

「そもそも今、国にいないからな」

トモカは、目を丸くする。

「え。全然知らないんだけど。どこに行ったの?」

「ウォーラルト国」

「ああ、叔母様の所か」

どうやらお祖母様は、一足先に孫に会いに行ったようだ。国の盛大なパーティーよりも自分のことを優先する。それでこそ、我らがお祖母様である。

「まあ、確かに、お祖母様にとってはあまり関心のないイベントだしね」

「あぁ、ただのお披露目だからな」

スカルノも興味がないのだろう。朝からうわの空である。だが、トモカとユリカにとっては、大切なイベントである。この度の主役であるクラリスは、トモカにとって作法の先輩であり、ユリカにとってバレエの先輩である。そんな尊敬する先輩が、王太子妃に選ばれたのだ。

「あれ?」

「どうした」

トモカはある重大なことに気づいた。先程までは、クラリスのパーティーにお呼ばれされたことに、嬉しくて舞い上がっていた。が、今まで社交パーティーにすら参加していないトモカ。参加したパーティーは、七回ほど。どれも御三家だけで開催されたものである。つまり、見知らぬ人だらけのパーティーは、今日が初めてだった。

「私、先輩にあったら、帰る」

「...ん?」

「知らない人がいっぱいいるパーティーなんて嫌だ!御三家のあの人数で苦手な人いっぱいいるのに、得体のしれない人たちの中に放り込まれるなんて絶対に嫌だ!」

トモカが必死に訴えても、スカルノはまるで聞いてない。ただ静かに窓の外を眺めているだけだった。

「ねぇー、先輩に挨拶したら、すぐに馬車に帰って良い?お父様ー」

「いや、許可しない。ユリカと一緒にいればいいだろ」

「嫌だー!」

トモカが駄々をこねていると、馬車はゆっくりと止まった。ほどなくして、扉が開かれる。

「行くぞ」

スカルノが先に馬車から降り、トモカもスカルノの後に続く。その瞬間、居合わせた貴族たちの視線が一斉に集まる。

「見ろ、あの銀髪」

「ミネルヴァ家だ」

「相変わらずの威圧感ですね」

「ですが...」

「あの黒髪の子は誰だ?」

最も注目を集めていたのは、トモカである。それも当然である。これまで一度も社交界へ姿を見せたことのない彼女は、貴族たちにとってミネルヴァ家にいる正体不明の少女となっている。

「トモカ、注目の的だー」

「全然嬉しくないんだけど」

「自業自得」

「そうだけど、そうなんだけど...」

ユリカとエレナに挟まれたトモカは、笑みだけは崩さず、小声で愚痴をこぼすのだった。

「黒髪...まさか隠し子では?」

「そんな噂、聞いたことがない。養女では?」

「いや、しかし、当主の隣を歩いているぞ」

もう嫌だよー。帰りたいよー。

トモカは、心の中で悲鳴を上げていた。


そして、一行はパーティー会場に入る。豪華絢爛な大広間には無数のシャンデリアが煌めき、美酒佳肴が並ぶ。色鮮やかなドレスや燕尾服をまとった貴族たちが談笑するそこは、まさに別世界だった。

「...すごい」

トモカは、感嘆の声をあげる。

「ぼけーっとするな。早く行くぞ」

スカルノは、冷たい一言を放つ。

「はーい」

「お上りさんだね」

トモカは、頬をふくらませる。トモカ以外は、よく来る場所なのでいつも通りの様子である。そして、スカルノは、人が集まっている場所へスタスタと進んでいく。すると、勝手に人は避けていく。ようやく、見えたのは王太子と王太子妃のクラリスである。

「おや、ミネルヴァ御一行」

「この度は、誠におめでとうございます」

スカルノが祝いの言葉を述べる。

「ありがとうございます」

王太子は、笑顔で返事をする。クラリスも横で一礼する。そして、トモカとユリカは、一歩前に出て、お辞儀をする。

「「おめでとうございます」」

「ありがとうございます」

今度は、クラリスが返事をした。そして、トモカとユリカは小さな声で。

「先輩、おめでとー」

「お幸せにー」

と、砕けた口調でクラリスに話しかける。すると、クラリスの張り付いたような社交的な笑みが、トモカたちの声を聞いた途端、くすりと柔らかな笑みに変わった。

「また、後で三人だけの場を設けてあげるよ」

「...ありがとうございます。ルイ様」

「それでは、失礼します」

スカルノが一礼すると、トモカたちもそれに続く。そして、王太子たちから離れた場所へ行くと、スカルノたちのもとにも人が集まってきた。

う、嘘でしょ。やっぱり、早く馬車に戻ればよかったー!

詰め寄ってくる貴族たちをスカルノが無視するので、ダルクが一人ずつ巧みにあしらっていく。

「あれ?エレナいないんだけど」

「一人で逃げたの?なんで連れて行ってくれないのよって...いた!」

「え、どこ?」

「あんな隅で誰かと話してる!」

トモカとユリカは、ぴょんぴょん跳ねて、人々の隙間からエレナを発見した。

私だって...。このくらい、すり抜けてやる!

トモカは、少しの隙間を縫うように進んで行く。人と人とのわずかな隙間を見つけると、小動物のように身体を滑り込ませた。

「トモカ?トモカ、私をおいて行かないでー!」

「道は自分で切り拓くもの」

「それ、絶対今じゃないわ!この薄情者ー!」

トモカは、ユリカを置いて、人混みから抜け出した。そして、エレナが談笑している隅の方へ向かう。エレナは、黒髪の青年と会話している。

「邪魔しちゃだめよね」

トモカはできるだけ、エレナと距離を取り、椅子に座る。

「「ふー」」

トモカの声が誰かと重なった。トモカが声がした方を向くと、いつもと違う雰囲気の凛がいた。

「り、凛くん?」

「トモカ...?」

「なんでここに...」

「そっちこそ...。いや、なんでもない」

凛は、トモカの出自を思い出した。

「俺は、兄さんに連れてこられたんだ」

「お兄さんが?」

「あぁ、あそこでミネルヴァさんと話してるだろ。あれがうちの兄」

トモカはもう一度エレナの談笑相手の青年を見る。黒髪に黒い瞳。まさに龍玉国の人の色彩だった。そして、なにより目元が凛にそっくりである。

「後で挨拶して良い?」

「え、良いけど」

「...緊張するから、ついてきてくれる?」

トモカが凛に尋ねると、凛が衝撃を受けた顔になった。

「え、え?どうしたの?ごめん。面倒だった?」

「い、いや。そんなことないよ」

凛がオドオドしながら、答える。

「ほんと?嫌なら嫌って行って良いんだからね。私に気使わなくて良いからね」

いや、待って。私のことを改めて貴族的な人間だと思っちゃった?距離を取られようとしている?そんなの嫌だ!普段通りに、親しみやすさ満載で。

「そういえば、先輩には挨拶した?私たちは、さっきしたんだけど」

「先輩...。あぁ、王太子妃のこと?」

「そう。先輩、めっちゃ幸せそうだった」

トモカは、嬉しそうに目を細める。

「そうなのか。俺は、あの人混みに揉まれて、王太子たちのもとにたどり着けなかったんだ。でも、ちゃんと挨拶すべきだよな...」

「じゃあ、私がついて行ってあげる。私も先輩に凛くんのこと紹介したいし」

先輩に見てもらいたい私の好きな人を。そして、恋バナに花を咲かせたい。

「ありがとう。でも、紹介って何?」

凛が首を傾げる。

「すごい優秀な子だから、もし必要ならスカウトしてみてくださいって」

「え、スカウト?俺、Cクラスなのに?優秀って」

凛は、トモカが冗談を言っているように見えないので、反応に困る。

「...凛くん、この前の試験覚えてる?」

「ペアでやるやつ?覚えてるけど」

「あの時、私、言霊教えたでしょ?」

「うん」

「あれ、龍玉国のすっごく昔の書物にあったんだ」

「...うん」

「あれ、かつての龍王が愛用してたやつなんだって」

「え...龍王が?」

龍王とは、古代の龍玉国の最大権力者であり、統治者の通称。かつて、その権威は大陸の東側にまで及んでいた。龍玉国の人ならば、知っていて当然のことである。

「うん。私がまだ幼かった時ね、お父様が龍玉国から言霊の先生を雇ってくれたの。それで、その先生、私には、レベルの高い言霊を教える気がなかったっぽいんだけど、私が先生の持ってきた古い書物を勝手に読み漁って、詠唱を覚えて、誰もいない庭で一人で唱えたの。すると...」

「すると?」

「すごい轟音とともに庭に大穴開けちゃったんだよね」

凛が驚いた顔をする。

「で、私が唖然としてたら、先生とお祖母様が来ちゃって。二人して、大笑いするの。多分、お祖母様は愉快で笑ってたんだけど、先生は、レベルの高い言霊を使える幼児に呆れて笑ってたんだわ」

「で、その時の言霊が...」

「そう。炎電裂空。あとから、先生がこれはかつての戦好きな龍王が作り出したもので、膨大な魔力とそれを制御する精神がいるから、使える者は多くないって言ったの。それで...」

トモカは、凛に急接近する。

「君、使えちゃったんだよねぇ。これはもう、紛れもない事実なんだよねぇ」

「いや...あはははー」

どうにか平常心を取り繕うとしているが、心の状況が見て取れる。逃げ場を失った小動物があわあわし始めるようだ。それを楽しそうに見つめるトモカ。その二人のもとに、エレナたちがやって来た。

「なんだ。ずいぶんアツアツじゃない」

「おいおい、凛。レディにいつまでも受け身なんてだめじゃないか」

「兄さん...」

凛の目線は、飄々としている青年に向けられている。

「おっと、失礼。ミネルヴァのご令嬢。お初にお目にかかります。龍玉国の外交官をしております。光柱秦(こうちゅうしん)です。弟がお世話になっています」

秦は正式に挨拶をしてきたので、トモカもそれに倣う。

「初めまして、光柱さん。ミネルヴァ家当主の娘。トモカ・ミネルヴァです。弟さんとは、仲良くさせていただいてます」

「やっぱり、お嬢様は違うな。ほんの一瞬で、空気が変わった。なぁ、凛」

「初対面の人にチャラチャラと...」

「あとで挨拶しに行こうと思ってたんですけど。まさか、そちらから来ていただけるとは」

「トモカ。こいつ相手に敬語なんて使わなくていいのよ」

エレナが秦を顎で指す。

「なんで、お前が勝手に決めるんだ。俺は、何も言ってないじゃないか」

「あんたがへらへらしだした時点で、もう尊敬すべきものは何もないわ」

エレナは言葉のナイフを秦に投げつける。

「うん。そうか。まぁ、改めて言うけどトモカちゃん、俺に敬語なんて使わないで。頼りがいのあるお兄さんとでも思ってくれ」

秦は、ドンと胸を叩く。

「はい。じゃあ、秦兄さんとでも呼ばせてもらおうかなー」

「おうおう。いきなりだな。だが、俺は大歓迎だ」

トモカと秦が盛り上がっていると、エレナが凛の方に近づいてきた。そして、こそっと耳打ちをしてきた。

「リンくん、私。ちょっと抜けるから、二人が余計なことしないか見てて」

「はい」

余計なこととは?と思いながら、凛はエレナを見送った。


エレナがその場を離れて、数分後、トモカと秦はまだ楽しそうに話しており、凛はそれを眺めながら、ジュースを飲んでいた。すると、カツカツと足音が聞こえてきたので、凛はエレナが帰ってきたのだと思った。

「おかえりなさい。ミネルヴァさん」

「...君は、誰だ?」

突然、聞こえてきた低い男の声に驚き、凛は見上げた。すると、そこには銀髪の美女ではなく、銀髪の美丈夫がいた。そして、その瞳に既視感を覚えた。

深海のような瞳だ。どこかで見たことある気が...。

「トモカ、帰るぞ」

「お父様」

「お父様?!」

凛が口に出した瞬間、急に周りの気温が下がった気がした。お父様と呼ばれた人の背後には、吹雪が見えてくる気がする。そして、その青く冷たい瞳は、より鋭さを帯びていた。

「す、すみません...」

「お父様?何してるの?弱いものいじめなんて、大人げないわ。ていうか、お父様、なんで不機嫌なの?私、まだ先輩と話してないから、帰りたくないんだけど」

「エレナが刺客を複数見つけた。巻き込まれないうちに、ここから離れるぞ」

「...私も手伝う。不公平じゃない。何も知らずに混乱に巻き込まれる人がいるなんて」

トモカはスカルノをまっすぐと見つめる。

「...」

すると、トモカの背後から矢が現れた。凛はとっさに反応しようとした。が、矢は凍りつき、床に落ちた。

「訂正する。ミネルヴァを狙う賊だ。こんなところでは、思う存分暴れまわれないだろう」

「了解」

トモカは、待ってましたと言わんばかりに、上機嫌になる。スカルノは凛たちの方へ向く。

「貴殿らは、ここにいてもらって構わない」

「じゃあ、凛くん。秦兄さん。またねー」

トモカは、ドレスの裾を上げて、一礼すると、スカルノと腕を絡ませて出口へと歩を進めていった。


そして、残された凛と秦。

「あれが日常茶飯時?」

凛は、まだ状況を飲み込めない。

「あれが名門ってやつか。華やかな舞台の裏は、案外物騒だな」

秦は周囲を静かに見渡した。

「じゃあ、俺達もそろそろ帰るか」

「え?」

「何が『え?』 だ。まだ食べたいものでもあるのか」

「いや...なんでもない。帰ろう」

あれが、トモカの日常なのか。

そして、凛と秦もパーティー会場をあとにした。

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