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静かな蒼月、その瞳の先に  作者: 色炉
第1章 学園生活開始
10/38

【1−10】 女の子は大変なんです

早朝、トモカ以外いないはずの部屋にメイド姿の女性がいる。その人物は、どこから持ってきたのか、食事を載せたワゴンを押して、トモカの寝室に入る。そして、ベッドの前に立ち、フライパンとレードルを構える。その後はもちろん。レードルをフライパンに叩きつける。鐘を鳴らすように。

カンカンカンカンカンカンカンカン

「おはよーございまーす!トーモカちゃーん!」

「ぬわぁぁぁぁ!耳がぁ!」

布団の中に潜り込んでいたトモカは、一瞬で飛び起きた。そして、目の前にいるメイド姿の人物を睨みつける。

「エレナ!一体、私になんの恨みがあるっていうのよ!」

「寝起きでもわかるのか」

メイド姿の女性の輪郭は、ゆらゆらと揺らぎ、形が変わっていった。そこに現れたのは密偵用のスーツを身にまとった銀髪の美女。エレナ・ミネルヴァだった。

「トモカ、寝起き悪いから、起こすための丁度良いものを探して。で、見つけたのがフライパンとレードルだった」

「私、あと一時間寝たいんだけど」

トモカの本来の起床時刻まであと一時間ある。

「あぁ、寝ないで。ちゃんと用があるから来たの」

エレナは、ワゴンに乗せたクローシュの一つをパカっと開ける。その中には、一通の手紙が入っている。

「国王からの招待状。明日、王太子妃のお披露目パーティー。ミネルヴァ家からは、スカルノ伯父様、トモカ、パパ、ユリカ、そして、私が参加することになった」

昨日のユリカの成果は、これのことだろうか。国中大騒ぎ。見事に有言実行している。

「...わかった。じゃあ、また明日」

トモカが再びベッドに戻ろうとする。

カァンッ!

「だぁ!!!」

今度は、トモカの耳元で盛大な音が鳴り響いた。トモカは、その場でうずくまる。

「だから、今日からドレスや装飾品を仕立てるために、一緒に屋敷に帰ることを伝えに来た」

トモカの耳の奥では、まだわんわんと音が反響しているので、エレナの言葉は聞こえていない。

「心配しないで良い。ちゃんと学園には、申請した」

まだ呆然としているトモカをエレナがひょいと抱きかかえる。

「え?なんて?」

「今日から3日間、お休みだ」

「...イチョウ...みかん団?」

トモカの鼓膜は、まだ正常ではないようだ。

「...」

エレナは、申し訳ないと思いつつ、トモカを馬車まで連れて行った。馬車の中には、ユリカがウトウトと舟を漕いでいる。馬車の出発後、やっと鼓膜の振動が収まったトモカは、キャンキャンとエレナに文句を言い続けた。そして、そんな中でもユリカは、すよすよと寝息を立てていた。エレナは、そんな妹を横目にぼんやりとすることにした。


*    *    *


「「おかえりなさいませ。お嬢様方」」

ミネルヴァ家本邸に到着すると、使用人一同が一斉に挨拶を始める。

「ただいまー」

「みんな、毎度しなくていいよって言ってるのにね」

「お祖母様から何か言われてるんだろう。’そのほうが面白いし、仕事サボれるぞ’みたいな」

「「あー」」

トモカとユリカは、ケラケラと軽快に笑うお祖母様を思い浮かべる。

「三人娘ー。早く来なさーい」

大広間から女性の声が聞こえてくる。トモカたちは、ぱたぱたと急ぎ足で向かう。大広間は、色とりどりの布地で埋め尽くされ、ドレス職人や仕立て屋、宝飾師たちが休む間もなく動き回っていた。あちらでは裾を縫い、こちらでは宝石を並べ、誰もが時間との戦いを繰り広げている。その中には、ユリカとエレナの母・マリーもいた。

「おはよう。みんな、思ったより遅かったわね。何かあったの?」

「特に何も」

「そう。なら早く、服を脱いでちょうだい。急ぎだから、ドレスのサイズを合わせて、靴とかアクセサリーとかも組み合わせるだけだからね」

「「はーい」」

それから、三人はされるがままのお人形のように、着て脱いでを繰り返した。何回やったのかなんて数えられないほどに。途中、ユリカがブローチに要望を付けてみたが。

「今日は、時間がないからわがまま言わないの」

と、マリーに注意された。


外はとうに暗くなり、月が出始める頃、ようやく一段落したようだ。

「奥様、これでいかがでしょうか?」

「...そうね。これが一番可愛いわ。三人、並んでもいい感じのバランス。これで行きましょう」

「それでは、翌朝までに仕上げてまいります」

「えぇ。お願い。ご苦労さま。食事とか用意してるから、休憩できるときに摂ってちょうだい」

「ありがとうございます。それでは、失礼いたします」

そして、大広間の扉は、閉じられた。

「あの人たち、まだ寝れないのか...」

「大変だねー」

「それがあの人たちの仕事だから」

エレナがげっそりした様子で扉を見つめる。三人娘唯一の成人は、自分の境遇でも重ねているのだろうか。

「まぁ。エレナちゃん、そんな事言わないで。今でもまだまだ軽い方なのよ。お仕事」

ユリカは愕然とマリーの方を見る。エレナは、そんな気はしていたと、言わんばかりにため息を吐く。トモカは、大変そうだなとどこか他人事のように三人を眺めていた。と、廊下から話し声が聞こえてきた。

「あ、パパたちじゃない?」

「男性陣もようやく終わったのね」

ユリカとマリーが声のする方へ体を向ける。足音が近づくとともに、姿を表したトモカの父・スカルノとユリカとエレナの父・ダルク。

「おや、レディたち。お疲れ様」

「...遅かったな」

彼らは寝間着姿だった。

「パパたち...もうお風呂入ったの?」

「ん?そうだが」

「ずるい!」

「するい!不公平だ!」

ユリカとトモカは、ダルクたちを非難する。

「俺たちは、子どもと違うからな。いちいち、サイズを測らなくていい」

「いや、それ、パパだけでしょ!伯父様は、パパより体格が良いから、絶対毎回サイズ合わせしてるでしょ!」

「いや、ユリカ。兄さんは、確かに俺よりガタイが良いが、別に鍛えているわけじゃないから、サイズの変動なんて滅多に起こらない。でしょ?」

「...まぁ」

スカルノは、ただ淡々と答える。だが、トモカは知っている。もうすぐ四十代に差し掛かろうとしている父が体の衰えを危惧し、密かに、体力トレーニングをしていることを。だが、本人は筋肉がつきにくい体質なのか、娘のトモカから見ても、あまり変わっているようには見えない。

...言わないでおこう。

トモカは、父の尊厳のために静かに口を閉じた。


*    *    *


本日、朝早くからハーレースリス学園の正門には、貴族の馬車でごった返している。その理由は、ただ一つ。学園に通う子供たちのお迎えである。先日、王太子妃の決定が国中に知れ渡った。そして、今日の午後から王宮で王太子妃のお披露目パーティーがある。そして、国中の貴族が招待されており、多くが王宮へ向かうため、急いで支度を整えようとしていた。そんな数多の馬車の一つ。黒髪の青年たちが乗っている馬車の中。

「...」

「どうした。凛。体調が優れないのか?」

「...ほんとに、俺がパーティーに出るのか?兄さん」

凛は、兄の光柱秦(こうちゅうしん)を訝しげに見つめる。

「別に、いいじゃないか。こんなこと滅多に無いぞ。大丈夫だって、俺の知り合いもいっぱいいるからさ」

相変わらず、いい意味でチャラい秦を凛は言い負かすことができない。凛は、窓の外を見つめる。

「...嫌な予感しかしない」

凛はボソリと呟いた。

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