コラム 最初の鳴く虫
コラム 最初の鳴く虫
現代の「鳴く虫」というと、何を思い浮かべるだろうか。
セミを思い浮かべる人もいるかもしれないが、やはりバッタやキリギリス、鈴虫にコオロギといった、直翅類を思い浮かべる人が多いのではないだろうか。では、石炭紀の森に鳴く虫はいたのだろうか?
石炭紀の化石から、明らかに鳴く構造を持った昆虫は長らく知られてこなかった。
そのことから、たとえばリチャード・フォーティの「生命40億年全史」では、石炭紀を「静寂の世界」としてとても印象的に描いている。これには私も賛成で、少なくとも発音器を持った昆虫が競い鳴く現在の夜に比べて、はるかに静かな夜が待っていただろう。
しかし、2020年代になって、そうした石炭紀にも鳴く虫がいた可能性が示唆されつつある。
直翅類に似たティタノプテラ類(タイタノプテラ類)Titanopteranは、その中で最も確実な証拠が確認できるものである。従来三畳紀およびペルム紀から知られており、最初の鳴く虫候補として長らく扱われてきた。
2021年に記載されたTheiatitanは、さらに時代をさかのぼって後期石炭紀カシモビアンから産出した。Theiatitanの化石には発音器とみられる特殊化した翅脈がみられ、これが現状における鳴く虫の最初の証拠である。ただし、タイタノプテラ類という名前のイメージに反して翅の長さは3.5㎝ほどで、これは現在のクツワムシより一回り小さいくらいだ。
タイタノプテラ類の姿は謎めいている。
胴体部は三畳紀の巨大昆虫、Gigatitan vulgarisにおけるものしか知られていない。これは(三畳紀の酸素濃度は低かったにもかかわらず)翼開長30センチほどにもなる巨大昆虫であり、鎌状ともとれる大型の付属肢が保存されている。翅の大きさは体に対して比較的短く、活発な飛行能力は持たなかったようだ。
さて、タイタノプテラ類の鳴き方に関して、今回は考察を試みた。
タイタノプテラ類の翅にみられる発音器官は現在のキリギリスや鈴虫に見られるような翅をこすりあわせる方法とは違っており、こすりあわせたり、叩いたりする構造を持たない。そのことから、飛行中のバッタがキチキチと音を鳴らすように、羽ばたきによって翅の一部薄い部分がパタパタと動くことによって発音していたと考えられている。現生のこのような発音手段を持つ昆虫はすべて飛行中に音を鳴らす。
しかしながら前述のようにギガタイタンは飛行できなかった可能性が高く、となると、何かしらの独特な鳴き方をした可能性が考えられる。タイタノプテラ類の翅はさらに、光の反射を利用した他個体へのアピールに用いられたとも考えられている。
上記から、どのようにタイタノプテラ類が鳴いたのか考えることとした。
発音器の構造から、翅はこすりあわされるのではなく、高速でばたつかせることによって発音される。
そして、ギガタイタンの付属肢は極めて発達している…ということからして、枝にしがみついたまま高速で羽ばたくことによって発音するという、かなり奇妙な方法を本作では採用することとした。
さらに、全身を震わせることによって周囲の草を振動させる。これはカワゲラ類が腹部を枝に打ち付けることによってドラミングを行って異性を呼ぶのを意識した。
そして、近距離においては、指向性の高い光シグナルのほうが有効である。つまり、音によって他個体を寄せ、至近距離に来ると翅の反射によって同種個体であることを認識するという2段構えの行動パターンとなる。
このように、合理的かつ科学的に矛盾しない生態を考えるのはじつに、楽しい。
これは前回も書いたが、本作の時代はモスコビアンであり、カシモビアン以降の種が多くを占める巨大昆虫にはやや早すぎるということについては述べざるを得ない。しかしながら、カシモビアン以降の乾燥地植生がバシキーリアン~モスコビアンにおいても存在していたということからして、昆虫もまた植生と一緒に移動したと考えることができないだろうか。したがって、そうしたカシモビアン以降的な植生に付随する生物相として、この話ではカシモビアン以降から知られるグループも描いている。レピドフロイオスの森では声が聞こえてこなかったのは、そういう理由だ。




