報告
『あんたって子は本当、色々と予想の斜め上にブッ飛んでいくねえ』
「すんません」
夜。
食事の前にマザーに報告したんだが、呆れられちまった。
『謝る必要は全然ないさ。
むしろ計算違いがある、というのは喜ばしいことだ……わしにもまだ成長の余地があるって事だからね』
「そういうもんなの?」
『ああ、そういうもんさ。
それよりハチ、あんたその精霊?魔法?
とにかく能力はがっつり鍛え上げるんだよ、いいね?』
「鍛えていいの?」
『あったりまえさね。しっかりやるといいさ』
「わかった」
マザーが研究真っ最中のはずの『精霊』。
その精霊と先に交流ができてしまったわけで……機嫌を損ねたようでもなくて本当に良かった。
『あとその「勇者」の件だが、こっちでも問題が持ち上がってるネ』
「え、クリネルで?」
『ああそうさ』
あらら……それはまた厄介な。
「何かやらかしたのか?」
『どうも自分たちを本当に物語の勇者サマだと思っているようだよ?』
「……アホだろ」
『そうだねえ。
なんでも魔族をこの世界の敵だと思っていて、東大陸や南大陸は魔族の支配下にあるんだそうだよ。
自分たちは魔族の支配から開放する勇者と聖なるパーティーなんだそうだね』
「……大丈夫か?」
『ほんとにねえ』
勇者が世界を救うとか、変な和製RPGのやりすぎだろ。
ゲームの達成目標としてはわかりやすくて楽しいけど、現実とごっちゃにしちゃいかんよな。
『信じているというより、まぁ「信じたい」んじゃないのかねえ』
「……信じたい?」
『逆にハチ、あんたに聞くけどね。
右も左もわからない孤立無援の状態に突然放り出されてさ。
そこで困り果てている時に助けの手を差し出され、自分に都合のいい話を吹き込まれたら人間、どうなると思うね?
うさんくさいと内心思いつつも、耳を傾けてしまうんじゃないのかい?
「……可能性はあるな」
「だろう?」
「ああ」
全然知らない世界に突然投げ出され、困り果てている時に助けられ、さらに勇者様と持ち上げられる。
孤立無援ってやつは人間の心を疲れさせる。
まして今日の寝床も、食べるものすら定まらない立場でそれをやられたら?
そりゃあ、いきなりまるっと信じ込むほど人間はバカじゃない。
ゲーム脳の子供だって、何かヘンだぞって思う時はくるだろう。
だけど、怪しいと思う事と助けの手を拒否できるかは別問題だ。
矛盾を指摘して、再び孤立無援に投げ出されたらどうする?
……ありえない話じゃないよなぁ。
『だからまぁ、あの自称勇者の立場には同情の余地はあるね。
ただし実際の行動を割り引けば、間違いなくマイナスだけどね』
「……どういうこと?」
『その男がクリネルで最初に起こしたトラブルを教えてやるよ。
まずそいつはクリネルの町を見て「擬人化動物アニメかよ」とバカにしたように言ったらしいね。
住民の大多数が獣人族だからだろうが』
「……まさかと思うけど、それを」
『大声で言ったらしいね、聞こえよがしに』
「それ、変な事吹き込まれる以前の問題だろ」
なんだよそれ。
いくらなんでも失礼にもほどがあるだろ?
『さらにいきなりクリネルの領主館に押しかけ、勇者の来訪であるぞ通せと門番に命令したそうだよ。しかも門前払いしようとした門番に重症をおわせ、駆けつけた衛兵と戦闘に陥った』
「……おいおい」
『ちなみにクリネルにつく前に別の国では、冒険者ギルドでも問題を起こしているよ。
受付嬢にニュービーの……要はまだ人間族に近い姿の娘がいたんだが、それを見ていきなり腕を掴み『いいね、今夜の夜伽を許そう』と言い放ち、娘が従わないとみるや魅了の魔法とやらを使ったようでね』
「うえ!?」
『クリネルのギルドマスターの話では、どこの国でも公共施設の多くでは、意思に干渉するような術は一切使えないようになっているそうだよ……だから被害はなかった。
だけどそれは結果であって、受付嬢を魔法で縛って持ち帰ろうとしたのは事実だろう?
しかも、それで飛んできたギルド職員を壁に蹴り飛ばしたんだ……ぶつけられた勢いで壁にヒビが入る勢いでね。
ぶつけられた職員は首の骨を折ったよ。
近くにいた回復師たちが助けてくれなかったら、そのまま死んでいたろう』
「……うわぁ」
何が勇者だ、ただの犯罪者じゃないか。
「よくそんなやつが、おとなしくクリネルまで旅してきたな。
いや、問題起こしてんだから『おとなしく』はないか」
最悪「異世界人」カテゴリで俺にも悪影響あるんじゃね?
俺は頭を抱えた。
『それなんだがね。
そいつらはタシューナンから渡航してきたようだが、あっちでは大人しくしていたようなんだよ。
ただしタシューナン国内では鎖につないだ獣人奴隷を連れていたようだけどね』
「獣人奴隷!?」
おいおい。
「エマーンは獣人の国だしタシューナンだって王族が獣人だぞ。
そんなの連れて入国できるのかよ?」
『たしかにその通りだが、労働で借金を返したり罪をつぐなう、いわゆる借金奴隷や犯罪奴隷はいるからね。
あとエマーン入国時にはもう奴隷はいなかったようだよ。
どういう方法で手放したのかはわかってない。
だけどまぁ……状況からして憶測できる事なんてしれてるだろ?』
「……」
『自称勇者の態度が悪化したのも、その奴隷がいなくなり、欲望のはけ口がないからかもしれないね』
「ただのクズじゃねえかよ」
いったいそれの、どのあたりが『勇者』なんだ?
まさにネットの『ざまぁ小説』に出てくるクソな自称勇者そのものじゃねーかよ。
『だが、その強さだけは結構なもんらしいよ。
しかも戦闘に関してだけは連れの三人の女たちとも連携できてる。
クリネルの衛兵は精強で有名だそうだけど、それでもひとりでは対処不能なようだよ』
「チームプレイはそれなりにできてるわけだ」
なるほど厄介な。
「いや、でもちょっとまて。
召喚された勇者って事は地球人だよな?
あっちの人間が剣と魔法の戦闘訓練なんて」
まぁ一部の国なら剣は教えてるかもだけどな。
日本で一般人しているとピンとこないかもだけど、その日本ですら警察やら陸上自衛隊などでは当然、対人の訓練をしているはずだ。
どんなに武器が発達しようと、最後は結局そこだろうしね。
だが、もしそういう訓練を受けた人だったとしても、普通に人を斬り殺す生活にスパッと馴染めるか?
ましてや魔法なんて。
『ハチ、あんたの懸念は正しいよ』
「じゃあやっぱり?」
『元から真っ当な人間じゃないんだろうね』
「……なぁマザー」
『何だい?』
「マザーも元軍人なんだよな?」
『わしは人間じゃないから「軍人」ではないが、まぁ軍属だねえ。それがどうしたんだい?』
「あんたから見て、その勇者はどう見える?」
『ああ、そういう意味かい』
「ああ」
マザーは映像の中で笑った。
『どう見えるも何も、こんなやつ軍には基本、おいとけないねえ』
「え、そうなの?」
『あったりまえさ。
軍隊の基本は色々あるが、その基本は「規律」と「防衛」なんだよ?』
マザーが肩をすくめた。
『知ってるかい?
世にある戦争のうちのいくらかは、緊張感の高まってる時に、頭のおかしいバカが勝手に平和使節や偉いさんを殺し、それが引き金になってたりするんだ』
「……求めた結果でなくイレギュラーってこと?」
『そもそも戦争なんて、ないに越した事はないんだよ?』
「え、だって軍だろ?」
『それは軍イコール戦争屋と刷り込みたいバカどもの脳内妄想だよ。
そもそも軍の最大の価値はね、そこにいてドーンと構えてることさ』
「……」
『危険そうだから攻めるのはやめよう。
相手にそう思わせるのが軍の最大の仕事だよ。
戦争になって、実際に戦っちまうのは最終手段であり、お世辞にもいい状態とは言えないね。
平和裏に任期を終えて、惜しまれつつ勇退していくのが本来あるべき姿だよ』
「……つまり抑止力が本道?」
『当たり前だろ?
そもそも、わしら戦略頭脳に求められてきたのも「いかに戦わずに事をすませるか」なんだよ?』
当たり前だったのか。
「なるほど……そんな組織に勘違い勇者なんか入れられないよな」
それこそ、勝手に相手のエライさんを攻撃して戦争を引き起こしかねない。
「そうか……わかった、俺の勘違いだったゴメン」
『いいさ。
日本人ってのは軍事アレルギーが多くて知識も足りないようだからね。
なんでも聞いておくれよ?』
「おう、頼むわ」
軍事アレルギー……たしかにそうだなぁ。
軍事を否定したいならなおのこと、その軍事を知らなきゃそもそも否定できないだろう。
なのに、そのへんを全く考えず、ただ反対のための反対をするし、子どもたちにもそんな教育しかしてないもんな。
おかげさまで、軍事については社会人になってからゼロから勉強したつもりだったが。
なるほど。
俺、まだまだ勉強不足だわ。




