科学とスライム
「エコ化の提案?」
温泉に一泊した翌朝、再び出発準備をしている俺たち。
といってもまぁ、俺たちと別に宿泊していた隊商からの情報収集が多いけども。
調査の仕事があるのでソレには参加せず、先に森林公園に潜っていたリンだが。
なんと、いきなりトイレのエコ化について提案されるとは思わなかった。
「公園各地の状況を調べているが、わたしが確認しただけでも十三箇所ほどトイレが設置されていた。
そのすべてが電気で管理され、水洗トイレというのか?あの形態になっていた」
「おう」
十三……そんなもんなのか。
俺もまだほとんど見てないんだけど、実はウチの森林公園って琵琶湖くらいあるらしい。
しかも管理棟のほか、温泉の建物の方にもトイレはある。
そう考えると、トイレがたった十三しかないっていうのは決して多くない。
まあ唯一の利用者である俺たちが奥を使ってないんだから、現時点でも多すぎだろうけどね……野生動物はトイレ使わないわけだし。
「あの維持管理システムは大変よくできているが、基礎部分に結構なエネルギーを使っているようだ。
あれを省エネルギー化して環境維持に貢献できないかとね」
「あー」
そういえば提案あればよろしくって頼んでたもんな。
「ちなみに、具体的な案はあるのか?」
「ある」
リンはそう言うと微笑んだ。
「スライムを使うんだ」
予定通りに出発してもよかったけど、そうならかった。
マザーに問い合わせてみたら、速攻で食いついてきたからだ。
『リン、スライム式のトイレだが、こっちで使われている「ペッタリ式」でいいのかい?』
「そうですマザー殿。
ただ全面的にこの世界の方式にしてしまうと維持管理方式も変わってしまいます。
ですから、まずは管理部分は既存のまま、現物の処理だけペッタリ式にするのはどうでしょう?
あと、利用頻度が少ない地域は水洗のままの方がいいと思います。
誰も使わないとスライムのえさがないので、だんだん非活性化して効率が落ちてしまいますから」
『なるほどなるほど、森林公園は限りなくエコにするつもりだから、それはいい考えだね。
だがリン、ひとつだけ問題があるよ』
「問題?」
『そのスライムがいないのさ』
映像のマザーは肩をすくめた。
『何しろ地球はもちろん、わしの範疇でも存在しなかった生き物だからね。
情報は集めてある。
だけどわしも確保してないし、森林公園にも一匹も放っちゃいないのさ』
「あ~……そういう事ですか。
それで逆に、こちらの世界で見慣れない虫などがいるのですね。
あれはスライムの代わりに分解者をやっているわけだ」
「そうそう、虫類とバクテリアだね」
「なるほど」
リンは眉をしかめてうなずいた。
「この世界ではスライムはよく使われますが、天然では沼沢地にしかいない生き物です。
たまに農村などで逃げて野生化した個体がいるくらいですが、すぐ食べられたり狩られたりしてしまいます。
ここの施設にも、予備はあれど整備維持用のものですから、譲ってもらうわけにはいきませんからね」
ほうほう沼沢地ねえ。
……ん?沼沢地?
「なぁリン、質問」
「何かねえ?」
お、リンのタメ口出た。
さすがのリンもマザー相手には敬語みたいで、なんか違和感あるんだよな。
「カジヤン族の村にはないのかな?」
「……なに?」
リンが俺を見て、そして目を剥いた。
「沼沢地の生き物なんだろう?
だったらカジヤン族の村やその近くにはいないのか?
いや。
いっそ村で何匹か売ってもらえたりは?」
「いるかどうかと言えばいるはずだが。
しかし直接取り引きか……村にいる彼らは貨幣経済がない連中だから、あまりおすすめはできないが。
あーいやちょっと待て」
フムフムとリンはうなずいた。
「マザー殿、そちらに今、サイカ商会の方はいらっしゃいますか?」
『ちょっとまちな……連絡はつけられるよ、どうしたね?』
「実は……」
リンは自分の提案について、話し始めた。
しばらくして。
俺たちはカジヤンの人たちに見送られ、温泉地をあとにしていた。
「まさか本当に直接話が通せるとは」
想定外にもほどがあるなぁ。
感心していたら、アイリスに突っ込まれた。
「え?パパ、できると思って提案したんじゃないの?」
「ただの思いつきだよ」
俺はもともと理系人間で、売買交渉みたいな事はどうも苦手だ。
だけど「問題解決の筋道を論理的に組み立てる」みたいな考え方はできる。
持っていないのなら、あるとこから調達できないか?
そしてスライムの生息地とカジヤン族の居住地が同じ『沼沢地』という話。
ただそれだけ。
本当にただの思いつきだったんだ。
「その『ただの思いつき』が大切なのさ」
クスクスと笑ったのはリンだった。
「素人のくだらない思いつきが、よいアイデアの元になる事もある。
違う目線から見るというのは大切なことさ」
「たしかに」
「それでカジヤン族の村だけど、距離は?どうやって行くの?」
「わたしが案内できるから大丈夫だ。
あと、完全に山を降りて平地になってからだから、まだ500km以上先だよ」
「了解、じゃあ今日中は無理だな」
峠からこっちの道はまるでバイパス道で、かなり良好に飛ばせるようになっていた。
だけど何があるかわからないので、時速60kmは越えないようにしているし、見通しの悪いところではさらに徐行する。
そんな500kmは決して近くはない。
俺はためいきをついた。
「ところで皆に質問なんだけど。
この中でこの世界のスライムについて知ってるのは、リンとムギかな?」
俺は全然わからない。
アイリスは学ぶ機会がなかったはず。
リンは当然知ってるとして、ムギも旅ぐらしの中で触れる機会はあったんじゃないかな?
「知ってる、でもよくわからない」
「うんうん、直接関わりのない一般人だとそんなものだろうねえ」
「オルガ博士は関わりがあったの?」
「正しくは姉さまでなく、姉さまの恩師だね」
「おー」
「で、スライムについて基本的な知識が欲しいかねえ?」
「ぜひぜひ」




