温泉にて
峠で一晩を過ごした俺たちは、何とか一日遅れただけで温泉地に到着した。
「今夜のご利用ですか……宿泊はなさいますか?」
「お風呂だけで、宿は駒止めを使います」
「アイリスちょっとまって」
「あ、はい、なんですか?」
カピバラ人ことカジヤン族に見とれていた俺なんだけど、アイリスが手続きしているので我に還り、あわてて呼び止めた。
「昼間の事があるから、屋根のある安全なところに停めたいよ」
「あ、そっか。
すみません、誰も入れない屋根付きの停泊所ありますか?」
「ありますよ、若干お高いですが」
「これでいけますか?」
途中でもらったお金を出してみた。
「そこまではいりませんが……いやまてよ」
カジヤン族の店員さんは、その人を食ったようなカピバラの顔を「む?」と少し傾けた。
「そうだ、貴賓室をお使いになりますか?」
「貴賓室?」
「お客様はタシューナンの名誉市民証をおもちでは?」
「あるけど……貴賓室ってマジで?いいの?」
「もちろんです、お見せいただけますか?」
「ああ」
見せると店員さんは別の店員に声をかけ、あれこれ話していた。
すぐに話はついたようだ。
「では、お代はこちらだけで結構ですので、残りはお納めください。
貴賓室がご利用になれます。
もちろん専用のお風呂が使えますし乗り物を含め、すべてを厳重な警備下におけます。
いかがでしょうか?」
「お願いします」
「わかりました、改めてようこそ峠の温泉宿へ。
お風呂はどうなさいますか?」
「先にいきます」
「わかりました」
「──で、なんで風呂まで一緒なんだよ」
「専用だから」
アイリスにぶったぎられた。
「別々に入る意味ないよパパ。
みんなで入って、みんなでまったりしよ?」
「あー……わかったわかった」
「うんうん」
まぁ女性陣がいいんなら、それでいいのかもしれないな……たぶん。
そうだと言ってくれ。
日本の露天風呂によく似た快適な岩風呂。
それはいいんだけど──。
なんで俺まで一緒くたなの?
あの。
俺、男なんですけど?
「はいムギちゃん頭だして──」
アイリスがムギの世話を焼いていた。
タオル一枚使わず完全すっぽんぽん。
そう。
「全裸」というより「すっぽんぽん」。
ははは……なんつーか色気のかけらもねえわ。
むしろ、まだ母親に風呂に入れられてた頃の微かな記憶を思い出すね。
まったり。
あきらめてアイリスとムギを見物していて、ふと気づいた。
「なぁアイリス、なんでムギを変身させた?」
最初は猫人族のままだったが、ネコミミに変身させてしまった。
そして再度、洗い始める。
「3つの体型全部で洗わないと完全にキレイにならないんだって」
うわっめんどくさっ!
「そりゃあ大変だ……俺も手伝おうか?」
「女の子だからダメ」
「あー、すまん」
「謝ることじゃないよ」
「おう」
さすがに子供とはいえ女の子、しかも他人さんの体触りまくったら問題か。
しかし。
「……むう、ネコミミ触らないで」
なるほど、ムギはネコミミ触られるのがイヤか。
なんか日本で読んだ漫画の子みたいだな。
「わかってるよムギちゃん。
だけどパパはその姿、喜ぶよ?」
って、何吹き込んでるんだアイリス!?
「ほんと?」
「本当です」
「おいウソ教えるな!」
「えーでもパパ、目線がエッチだよ?」
「な、なななな何を!」
いやまぁ。
ムギの猫娘姿を見て、つい胸や股間をみてしまったのは事実だが……それは人間と同じかどうかって意味であってだな!
「目線がエロい」
「……その言い方やめて」
ちょっと心にグサッときたわ。
ちなみにそんな事をしている間も、リンは涼しい顔で普通に入っている。
もちろん何も隠すどころか、まるでおっさんのようにドーンと大の字で入浴中。
両手も湯船の縁にそって広げている。
なんつーお大尽ぶり。
なんだかなぁ。
「気にするな」
「いや、君はもう少し気にするべきじゃないか?」
「なぜ?」
「さすがに色々と不用心でしょ?」
お湯が透明なのもあって、何から何まで丸見えだった。
だけどリンは目を細めてクスッと笑うだけだった。
……なんというか。
「ハチ殿が言いたいのはきっとアレか。
自分が共に入る事を許されるとすれば、それは男女の関係にあるアイリス嬢ひとりだけだと?」
「!?」
「何を驚く?そんなこと、よほど鈍い女でなければすぐわかるさ。
そして、たしかにムギ嬢とわたしはその立場にないんだろうな」
「だったら!」
「そして逆に尋ねるが、あのふたりを別々に入浴させるかねえ?」
「……」
楽しそうにムギの世話を焼くアイリスを見た。
ああうん、たしかに。
そんな俺の心境を見透かすように、リンは薄く笑った。
「ハチ殿、わたしは思うのだ。
我々は生まれも育ちも年代も見事にバラバラだが、マザー殿によって今ここにいる。
ならば我々というのは、ひとつの家族のようなものだろう。
しかもこの男女比で別々に風呂など非合理というもの」
「……」
「すでに露天風呂とやらで共に入浴しているのだろう?何を今さら?」
「の、野にある露天風呂と普通の内風呂は違うだろ!」
「……そうかね?」
「違うって!マジ違……」
だがその時、俺は日本で秘湯巡りした時のことを思い出してしまった。
おっさんたちの昔話の情報で行ってみた超田舎の混浴露天風呂が、近年ではことごとく男女別になり、色々と制約が厳しくなっていたことを。
法律だとか条例だとか色々言ってたなぁ。
「……」
「ふふふ」
絶句したところに、なんか余裕の顔で笑われた。
はぁ、やれやれ。
風呂からあがると、さらに驚くべきものを見る事になった。
「これは……ガラスだよな」
「超高度ガラスだな」
なんと贅沢なことに、風呂上がりにくつろぐ展望フロアまであった。
さすがの貴賓室。
「ずいぶんと高い技術があるんだな……おおサンキュ」
「パパ、座れば?」
「おう」
お茶をもらい、アイリスに言われるままにソファに座った。
湯上がりもあって、とてもいい気持ちだ。
「しかしすごいな、こんなもの作る文明もあるのか」
「んーパパ、これは作ったものじゃないと思うよ」
「そうなのか?」
「うん」
「根拠は?」
「技術レベル」
「……そうか、そうだよなぁ」
俺たち現代日本人はピンとこないが、板ガラスの製造には高度な技術が必要なはずだ。
やはり無理か。
アイリスの言葉に、さらにリンが付け足した。
「このガラスは古代遺跡から発掘したものだよ」
「発掘?ガラスを?」
「非常に強力無比な板ガラスでね、たぶん先の砲撃でも破壊できないぞ。
発掘中も傷ひとつつかなかったそうだ」
「へえ……すごいけど、妙にくわしいね?」
「調達に姉さまが関わったらしい」
「なるほど」
俺は透明な大窓を見返した。
「残っていた記録によると、星まで行く船に使っていたんだそうだ。
こうして見ると納得だな。
星に行く船に使うガラスなら、生半可な硬度じゃいけないんだろう」
「そりゃそうだ」
俺はふと、マザーの顔を思い出していた。




