閑話・水面下にて
2021/07/22 : 爬虫類→哺乳類
さて、ここでひとつの状況を語ろう。
ハチが一度殺され、コルテア首長にマザーが釘をさしたあたりから、各国はハチに直接接触する事がなくなっていった。
今のところ、積極的に接触したのがタシューナンの王族兄だけ。
しかもその彼すらもハチ本人に利益を求めたのでなく、純粋な興味と、単に友誼を結びたいという個人的な気持ちによるものであった。
しかし、自国のために利益を求めるのは人間国家なら当然の健全な行動。
タシューナンの彼とて、長い目で見て友好に接した方がよいという軽い打算はあっただろう。
それにハチとアイリスはとりあえずペンディングとしても、その背後にいるマザーの存在はどうするか?
今回はハチとアイリスのあれこれは一旦置いておき、各地の状況に軽く触れておく事にする。
◆ ◆ ◆ ◆
まず、国をまたいで世界を通信で結んでいる、職業ギルド群たちの反応から。
多少大きいだけの商人から、大商会までもが所属している商業ギルド。
職人の仕事と生活を守る職人ギルド。
雑多な仕事の仲介をして仕事を支える一方、正式就職の斡旋から、果ては手に職を得たい人などの支援も行う、いわば異世界版の職業安定所である冒険者ギルド。
これらのギルドは業務連携の必要性もあり、共用する大通信網を長年使っていた。
しかしこれは古代の遺物を再利用しているものであり、保守もできない問題があった。
あるものを使っているだけで、いつ止まってもおかしくなかった。
ここにマザーが介入し、修復と再管理が始まった。
潜在する危険なトラブルを抽出し一掃。
各所の正式なアカウントが取得され、再配布。
アマルティア語のみで動いていたシステムを多言語対応にし、自分の使いやすい言語で操作できるようにアップデート。
通話だけでなくメッセージのやりとりが可能に。
さらに通信履歴をとる、各ギルドのみの全支所で小グループを作るなど、細かい機能改善が行われていった。
こうした通信環境改善の影響は職業ギルドだけでなく、これらとつながっている4つの国にも波及した。
中央大陸からの移民を迎え入れ、さらに各ギルドと連携して人の手配にも関わっていたシャリアーゼことコルテア。
この世界最大の宗教国である通称『聖国』。
中央大陸の北にある技術と遺跡の大学国、ケラナマー。
そして最後が東大陸のさらに果てにある魔族領。
これらの国は、歴史的経緯から職業ギルド群の通信ネットワークと接続していた。
中でも一番わかりやすくモメたのは、言うまでもないがアリア・マフラーンが問題を起こしたコルテアだった。
だがコルテアは復活も早かった。
アリアは自分の非をすぐに認め、最優先で対応を行った。
そうしている間にも中央大陸から亡命者が訪れ、仕事を、居場所を求めるからだ。
現在のところはアリア・マフラーンが暫定的に代表を続けているが、混乱が落ち着いたら改めて首長を選ぶとの事。
次にハチたちに興味を示したのは聖国。
といっても聖国の動きは利害によるものではなく、聖女シオリ・タカツカサの法王就任以来、異世界人の保護を掲げているためだ。
現状ハチたちは保護の必要なしと判断されているが、一度は面接を行うつもりらしい。
いずれハチたちにも関係者が接触するのだろう。
残るケラナマーと魔族領の反応は同じだった。
彼らは技術と魔法という方向性の違いがあるだけで、根っこは同じだからだ。
そんな彼らはハチたちの技術に大きな関心をよせたが、高度かつ異質であるという初期分析から、今のところはお互いに調査待ち。
オルガ博士が接触するようなので、双方ともまずは彼女の報告を待つつもりのようだ。
この世界には膨大な過去の遺物があり、しかもその中のいくらかは今も暮らしに生きている。
つまり、それらは過去のものではあるものの、同時に今の暮らしにも直結している。
この現実が、地球における考古学と、こちらの遺跡・遺物関連分野の最大の違い。
つまり、研究や解析に大きなリソースが使われているわけだ。
当然、代わりに本来の自然科学などの分野が遅れ気味ではあるのだが……。
当たり前だが研究には資金が必要だ。
各地に点在して活動している研究者も、だいたいケラナマーか魔族領のどちらかに所属しており、例外はあまりいない。
理由は簡単で、補助金制度があるからだ。
つまり論文を書いたり、それらの組織に定期報告を出す事で立場を認められると、補助金が出るシステムがあるからだ。
大金がもらえるわけではないが、食事と路銀には間に合う。
学者という人種は多くの場合、生活力がないのでこういう支援は役に立つ。
歴史的経緯で、一部の商会や聖国が面倒を見ている者たちもいるのだけど、これらの組織はだいたいケラナマーや魔族領ともつきあいがあり、一種の代理支援の形になっている。
こうして援助を行うことで、工業文明すら起きてない世界でありながら、そこそこの速さで──ただし一生の仕事と得たスキルが十年で使い物にならなくなったりしない程度の速度で──技術の発展が続いている。
◆ ◆ ◆ ◆
このように多くの国や団体がさまざまな反応を示していたが、中には一風変わった反応を示した者たちもいた。
そのうちの一つ。
エマーン国の一角にいた、その者たちは。
「センセ、やっぱりお会いしますの?」
「ああ、もちろんだとも」
「けど彼は、精霊分に汚染されていませんよ?
センセの研究分野とは違うのでは?」
「ああ、そっちの理由で会いたいわけではないからのう。
会いたいのは彼ら当人でなく、その背後にいる者じゃな」
魔族と思われる少女と……そして二足歩行するトカゲのような異様な存在が会話している。
この世界には様々な獣人族がいるのだが、それは基本的に哺乳類型のみのはず。
なのにそのトカゲのような存在は、異質ではあるが……たしかにその会話からして『ひと』なのだと思われた。
彼の種族名は『アルダー族』。
たしかに、いわゆるアマルティア国にはたくさんのアルダー族がいたが、この星を去った時にすべてのアルダーは退去済みである。この星には爬虫類系人類がおらず、わざわざ新たに入植するつもりもなかったからだ。
では何者か?
「かの者の『上司』がギルドの通信網を修復・再構築しておる話は聞いたであろう?
あのシステムの技術はオン・ゲストロの系列のものじゃからな。
それを修復しておるということは」
「センセの故郷からきた存在の可能性が高いという事ですの?
……もしかして、センセはお帰りになりたいんですの?」
不安げな少女の顔に、アルダーの老人はクスクスと笑った。
「心配せんでも、今さら戻ろうなんて考えはせぬよ。
ただ、かつての仲間に安否くらいは伝えたいかのう……できれば、じゃが」
「できれば?」
「まかり間違って、わし当人が向こうに戻る羽目になるのは勘弁じゃからな」
「えっと、それはなぜです?」
「リリスよ」
アルダーの老人は、不安げな少女に微笑んでみせた。
「ある程度成熟したシステムをもつ社会ではのう、途中退場すると戻るのが難しいんじゃよ。
わしは、自分の意思ではないとはいえ長い間、祖国から切り離されて連絡もできておらぬ。
行方不明ならまだよいが、もはや死者と認定されておる可能性も高い。
そうするとのう……戻っても最悪、無収入で居場所も何もなく、野垂れ死ぬ可能性もあるんじゃよ」
リリスと呼ばれた少女の目が驚愕に開かれた。
「そ、そんな……センセの故郷は進んだ社会ではないのですか?」
「資本主義社会というのは、年寄りは基本的にお荷物じゃからな。
だからこそ、今までの働きに応じた年金制度などでカバーしておるわけじゃが……。
しかし、ずっと行方知れずだったわしは祖国になんの貢献もしておらんじゃろ?
だとしたら年金はどうなる?」
「それは……つまり戻っても生活が成り立たないと?」
「それどころか、そもそも元国民と証明できるかも怪しいのう」
クックッと老人はまた笑った。
「そんなところに、身一つで送り返されるリスクは犯したくはないのう。
こっちにおれば、くたばるまで好きな研究ができるというのに」
「なるほど、それで安否の確認程度なら、という事ですわね。
センセ。
ですけど、そういう事なら直接会う必要はないのでは?」
「む?どういうことじゃ?」
「ケラナマーかギルドを経由して、管理者に連絡をしてもらうのです。
かの者の『上司』が管理者の仕事をしているのでしょう?
ならば、そちらにセンセのご事情を送れば、お話を聞いてもらえるのでは?」
「……なるほど、その手があったか。
リリスよ、ではわしを──」
「問い合わせくらいなら、わたしがいたしますわセンセ。
それよりセンセ、今日は姉様を冷やかしに参りませんこと?」
「おまえさんも、あいかわらずじゃのう。
オルガ嬢が心配なら心配と、すなおに言わんかい」
「わ、わたしは姉様のことなんて心配してるわけではっ!」
「おう、そうじゃったのう。フフフ」
老トカゲと少女のコンビは、仲よさげにそんな会話をしているのだった。




