トンネル市
トンネル市がだいぶ近づいてきたところで、マザーから通信が入った。
『アイリスの髪留めの解析結果が出たよ?問題なしだ』
「そりゃよかった」
アイリスがタシューナンで知り合ったメイドさんからもらったそうだけど、魔法らしきものが付与されていたんだ。それの解析を頼んでいた。
「結構時間かかった?」
『おかげさまでデータが色々ととれたからね。次からは早いよ?』
「なるほど」
学習しながら解析していたってわけか。
「ちなみに、かかっていた魔法は何だったの?」
『疲労回復だね。
どうやらメイドたちがよく使う髪留めで、友達同士でも贈りあったりするそうだよ』
「へえ……」
ならば、本当に善意のプレゼントだったわけか。
それは本当によかった。
アイリス、本当に嬉しそうだったからな……。
その笑顔が裏切られずにすんで、本当によかったよ。
「ところでマザー」
『なんだい?』
「いや、もうすぐトンネル市なんだけど……なんか山なんだけどさ。
地図で見たところ、間違いはないみたいなんだけど……トンネル市って海でなく山に面してるの?」
目の前に広がっているのは、なぜか山。
地図を見ても、その向こうは海のようだけど、けど俺たちの車からは山しか見えない。
『ああ、クリューゲル道とやらの入り口は、山腹に開口する形になっているからネ』
「ほう……じゃあ、もしかしてトンネル市って」
『いかにも、なにもないところにトンネル景気でできた町さね。
今はトンネルが閉鎖中で閑古鳥が鳴いているが、昔はにぎやかだったようだよ?』
ほうほう。
「閉鎖になった理由はわかってるの?」
『50年ほど前、タシューナンを侵略した人間族国家が、トンネルを使ってエマーンにも攻め込もうとしたらしいね。
この時、皆を逃して「しんがり」を務めた日本人の男が、日本語の難解なキーワードを使ってトンネルの出入り口を封印したようだね』
ほう。
「ちなみに、そいつはどうなったの?」
『死んだようだね』
「……どういう経緯で死んだのか、聞いていいか?」
『ああ、いいさ……別に悲惨な最後ともいえないものだからね』
「?」
悲惨な最後とはいえない?
『その話の前に、ひとつ伝達事項があるよ。
ハチ、「魔力」の件だけどね、何とか利用できる目処が立った。
実は、既にデータ更新で、あんたも使えるようになってるよ』
「え、ほんとに?」
もしかして、俺も『魔法』ってやつが使えるってこと?
あー……でも正直、アニメの魔法少女みたいなのは勘弁なんだけどな。
「マザー、それで利用方法とかはどうなってるんだ?
まさかと思うけど、アニメの魔法少女みたいな事させるわけじゃないんだろ?」
『やりたいなら、そうするけど?』
「勘弁してください」
『だろうねえ』
けらけらとマザーは笑った。
『現時点で使えるのは原始的なものだね』
「原始的なもの?」
『自分の内側に働きかけるものサ』
自分の中に働きかける?
『ふむ、わかりにくいかい?
だけど考えてごらんよ。
問題のエネルギーは生命体に干渉し、自然界での生き残り率を高めるんだ。
そして、その宿主の生命体ごと増殖したり、その意思によって賦活化する事で広がっていく。
だったらその力の発露も、扱いやすく強力なものであるのが道理だろ?』
「……自然界での生き残り……!?」
思わず、あっと声が出た。
『うん、察しが良いねハチ、そういうことさ』
「なるほどそうか、そういうことか!」
自然界で、生き物が有利に生き残るためには何が必要だ?
そう、道はふたつ。
いち生物として強力になるか、逆にどんどん繁殖するかの二択だ。
野生動物たちがそうであるように。
なるほど……なるほど!
すがすがしいほどにわかりやすい!
「なるほど、つまり自己強化が基本ってわけか」
『いかにも、そのとおりさ。
それで、さっきの日本人の話に戻るんだがね。
彼はその自己強化の最たるもので、途方も無い事ができたらしいよ』
「ほほう、というと?」
『なんでも自分を超戦士に変えて、タシューナンを侵略していた万単位の人間族の軍を滅ぼしたそうだよ。たったひとりでね』
「いぃ!?」
『彼は殿軍どころか、それをはるかに上回る働きをしたわけだ。
まぁ当人も最後には、疲れ果てていたところを暗殺者に殺されたようだけどね』
「マジか……」
そんなことまでできるもんなのか?
なんてこった。
『彼の用いた技法は研究されて、後に英雄化と名付けられたそうだよ。
だけど、強大な魔力と溢れる想像力がないと……つまり日本人でないとうまく発動しないそうだよ』
「英雄化、ねえ」
細かいことはよくわからないけど、理屈はわかる。
自分が超サイ○人になれたら、そりゃ誰にも負けないだろうさ。
誰にでもできるとは思わない。
だけど、本当にできるなら、そりゃ英雄にだってなれるって事か。
トンネル市が近づいてきて、道の分岐が見えてきた。
うん、選択肢だな。
俺はマザーへの質問を中断して、アイリスに問いかけた。
「アイリス、トンネル市で立ち寄りたいところはあるか?」
「わたしはないよ?」
「了解、じゃあここは通過するか」
「パパ、あのトンネルは見ないの?」
だいぶ町に近づいたおかげで、封印された開口部がここからでも見えていた。
「うん、それはたしかに魅力的だけど、やめておくよ」
「どうして?」
「今は走りたい、そして国境を越えたいからさ」
背後の情勢は、まだ安定してないはずだ。
歓迎してくれたふたりのタシューナン王族も、タシューナン国内では買い物くらいしか勧めなかった。
早めに渡り、エマーン側にも話をつけとけって言ってたもんな。
「トンネル自体はエマーン側からも見られるんだろ?あっちで見学するさ」
「ん、わかった」
それで会話は終了した。
「よし、じゃあトンネル市は回避するぞ」
「はーい」
俺はハンドルを国境にむけ、車を走らせた。




