危険情報
いったい、どういうことだ?
たぶん俺は、そう言いたかった。
けど、あまりにビックリしてしまったせいか、俺の頭はフリーズしてしまって「どうして?」という言葉すら、頭に浮かんでこなかった。
かわりに、隣にいたアイリスが口を挟んだ。
「どういうことですか、お館様?」
『探査機が証拠を押さえてあるよ、ほれ』
マザーがそう言うと、空中にウインドウがひとつ、パッと開いた。
そしてそのウインドウは、どこか知らない部屋と、知らない人間たち──獣人族とよくわからない種族の二名だが──と、その会話が写っていた。
『シャリアーゼに中央国家の軍が侵入すれば』
『ええ、おそらく完全に露見するでしょう。
だから入れられないのよ。
かわいそうとは思うけど、私は一国の首長だもの。国民を優先するわ』
『しかし飛竜なみの速さで走れる乗り物など、人間族側の自由にさせるのも危険ではありませんか?』
『ええ、そうね。
だから、かわいそうだと言ったでしょ……運がなかったのね』
『それは……さすがにまずいのではありませんか?』
『どうして?
魔力のない異世界人なんて、彼らは欲しくないでしょう?
アーティファクトさえ手に入れば、文句は言わないと思うわよ?』
『それは……』
「……」
なんだこれ?
いや、いくら俺が平和ボケの日本人でも、今の二名の会話と態度を見れば、意味は当然わかる。
困惑したのは、それじゃない。
……この山羊の頭の女……そりゃ山羊の頭をしているとはいえ獣人族、つまり人間なんだろ?
こいつ、なんでこんな「普通」なんだ?
同じ人間を、こんな、単に邪魔な物体を排除するかのように……。
俺だけ殺して、車を敵に渡すだって?
しかも、こいつ。
俺を殺す指示を出したちょっと後にはもう、同じ相手となんか愛を語ってるじゃねえかよ!
なんなんだよ。
いったい、なんなんだよこいつ!!
『──ってハチ、ハチ!大丈夫かい、話を聞ける状態かい?』
「パパっ!」
「っ!?」
気がつくと、俺はマザーに強く呼びかけられ、さらにアイリスにゆすられていた。
視線を回すと携帯電話の方は通話終了していて、マザーの顔ウインドウが浮いていた。
あ、ああ、そうか……非常事態とみなされたのか。
何ボケてるんだ俺。
「すまん、大丈夫だ……マザー、続けてくれるか?」
『まあまあお待ち、まずは気を楽におし。アイリス嬢』
「うん、パパこれ飲んで」
お茶を飲まされて、やっと俺は落ち着いた。
「はぁ……おう、もう本当に大丈夫だ。続き頼む」
『うむ、ではゆっくり行くからネ。
まず状況から言えば、こっちも対策を進めているところさ。
まず、言うまでもないが、たとえ、かりに殺されてもあんたは死なない。だから心配はいらないよ?』
「ああ」
そうだった。
もう人間じゃない俺は、たとえ殺されてもマザーが再生してくれるはずだ。
はぁ……。
『とはいえ、今あんたが感じているように、殺される可能性があれば怖いのは当たり前の事さ。
だから、改めて聞くよ。
ハチ、あんたはどうしたい?
無理をする事はないんだよ?』
「そうだなぁ……まぁ遠くから見るくらいなら問題ないかな?」
『──ほう、あくまでもそのまま行くのかい?
そうかい、しかし、予定変更はいつでも受け付けるから、いつでも言うんだよ?』
マザーはそして、さらに続けた。
『ただし、行くにしてもビークルからは一歩も出てはダメだよ?
シャリアーゼを見て、気が済んだら町から離れるんだ。
海沿いに細いが街道が走ってる、そちらを通ってシャリアーゼから離れるといい』
「え、下車禁止?」
俺は首をかしげた。
「たしか例のエネルギーって解析できたんじゃないのか?」
『いや、現状ではせいぜい、受け流したり食い止められる程度さ。
恥ずかしい話だがね、細かい原理などは未だに不明なんだ』
不明?
「不明なのに、対応方法はわかったのか?」
『実はね、調べていてピンときた事があったのさ。
銀河には数多の文明があるんだが、その中にいくつか、ここのエネルギーと似たような力を扱う文明があったのさネ。
で、まさかと思って、そちらに現状を流して問い合わせてみたんだが、その返事がきた。
現在もテスト中だが、それで少し前進しそうではあるよ』
「問い合わせたって……ここはマザーにとっても異世界なんだろ?」
『ああ、間違いなく異世界だったね。今回通信してみて、改めて確認したさ。
だけど、それほど遠い世界線ではなかったようでね、元の世界と同じ国家群なども確認できたんだよ』
「へぇ〜……」
それは頼もしいこった。
「もしかして、それを使えば、例の魔法ってやつが使えるってこと?」
やっぱり呪文となえたりするのだろうか?
『何を想像してるのか知らないが、杖を振り回してピピルマとかやりたいのかい?』
「かんべんしてください」
俺、男なんで。
そんな魔女っ子みたいな事やらされたら精神的に死にます、ええ。
『心配しなくても、使いこなすのには訓練が必要だし、少なくとも今のあんたには無理だよ。
とはいえ、ちゃんと稼働すれば徒手空拳に破壊力を乗せたり、弾丸も跳ね返すくらいに頑丈にはできるようだよ?
あと、あらかじめプログラムしたものを発動する事で、射撃くらいはできそうだネ』
おおっ!
こんな不穏な状況で、身の守りを固められるのか!
「そりゃ頼もしい!」
殺されるかも、みたいな会話の後だったので、これ以上なく頼もしいものに思えた。
「それでそれで、いつ頃できるんだ?」
『まてまて、あわてるんじゃないよ。今、テスト中だ』
「そっか……俺にできる準備はあるか?」
『特にすることはないね。
テストが終われば導入作業に入るけど、それも寝ている間にやってる、いつものバックアップとデータ更新の範疇ですんじまう事さ』
「え、俺の身体って、毎日そんなメンテナンスしてたの?」
そんなに世話のかかるもんだったのか、この身体?
『何いってんだい、毎日バックアップしてなきゃ、万が一にあんたを復活する時どうすんだい?』
「あ……最後にセーブしたデータに戻されるって事?」
『そのゲームみたいな言い方はどうかと思うし技術的には全然違うけど、ま、あんたの主観的には、その認識でいいよ』
なるほどなぁ。
『ああでも、心の準備はしといておくれよ?』
「心の準備?」
『ああ、武器をもつ者としての自覚さ』
マザーはうなずいた。
『あんたの事だ、力を与えても普段それを使う事はないだろう。
うん、力を乱用するのは愚かなことだ。
だけどね。
大切なもの、守ろうとしたものが害されている時にまで、盲目的に暴力はいけないと一切使わないのは、これまた実に愚かなことだ』
「……地球には、無抵抗主義を貫いて業績をあげた人もいるけど?」
『知ってるとも、あんたの記憶で見たからネ。
けど、その人とあんたでは、あまりにも立ち位置が違いすぎる──だいいち、あんたは死にたくないだろ?』
「もちろん」
『ああ、そうだろうネ。
ならば、わしの言いたいこともわかるね?』
「ああ、わかる。悪いな、変な混ぜっ返しをして」
『いいさ、確認してみたかったんだろ?』
どうやらお見通しらしい。さすがだ。
俺の言葉──無抵抗主義の人の話は、あくまで例えであって俺の考えじゃあない。
単にマザーがどう反応するか、知りたかっただけだ。
マザーもそのあたりはわかっているようだ。
『力におぼれて、他者を無用に抑圧するのは良くないことだ。
だけど同じくらい、守りたいもの、守るべきものを守らないのもおかしな事だろう。
必要なのは、バランス、それに覚悟さ』
「覚悟?」
『たとえ、こっちの言い分が百パーセント正しくても、相手の縁者には悪とみなされる事もあるだろ?
善悪は絶対でなく相対的なものだからね。
だから、覚悟だけはしておかないとね』
「ああ……そうだな」
俺はうなずいた。
「やっぱりアレか?
そのうち、適当な盗賊を殺してみるって事も必要なのかね?」
『あー……それは今すぐには必要ないね』
「今すぐには?」
問い返すと、マザーはにやにやと笑った。
「な、なんだよ?」
『あわてるなって事サ。
今のあんたはまだ、この世界の旅をはじめて間もない。アイリスという相棒も得たばかりだ。
だから、今はまだそんな事気にするな……そういう事サ。
いずれ落ち着いたら、そこからゆっくりと、そういう問題も解決していこうじゃないか』
「……けど、その間に何かあったら?」
そうだ。
戦闘が必要な場面が発生したら、どうする?
けど、そう言おうとしたら、突然にアイリスに抱きつかれた。
「あ、アイリス?」
「その時は、パパを守るのはわたしの仕事」
「……」
あー、うん。
なんていうか、その。
『これアイリス、わしを数にいれんかい』
「うん訂正、わたしとお館様の仕事」
「……」
あー……困ったな。
いやま、まっすぐ抱きついてないおかげで気づいてないみたいだけど。
あーうん、アイリスさんや。
君のアレがその、実に生々しい……そうだよな、まだノーブラだもんな、布一枚だもんな。
先刻もレブルに2ケツしてて、背中にこう、素晴らしい感触だったもんな。
そんなこんなでドギマギしていた俺は、結局その時の会話をそれで終わらせてしまった。
翌日、自分がとんでもない大失敗をやらかしてしまう事に、俺はまだ気づくよしもないのだった。




