シャリアーゼに向かおう
マザーに物騒な情報を告げられ、そして一夜が明けた。
「ん……」
今朝は車中泊でなく、キャンプ場のテントサイトでの目覚めだ。
といっても俺のテントじゃない。
管理棟の裏に謎のゲル、遊牧民の家みたいなのがあって、何かと思ったら常設の貸しテントだったんだ。
よくわからない封印みたいなものがなされていたが……管理棟で『一泊』の手続きをすると使えるようになったんだよね。
「……」
鳥の声がきこえる。
爆睡しているアイリスをそのままに、俺は簡易ベッドを抜け出した。
外に出ると、さわやかな森林公園キャンプ場の風景。
霧がたちこめていて、風にそよぐ木々の葉の音とか、そういう自然音だけが聞こえている。
「ああ、いいね」
こんな朝は久しぶりだ。
これが厳密に言うと車中泊だってんだから、宇宙人の科学ってのは本当にすごいもんだ。
──さて。
しばし散歩をするのもいいが、その前にする事がある。
俺は炊事場で顔を洗うと、管理棟に足を向けた。
管理棟の奥には管理人室があり、そこには冷蔵庫がある。
冷蔵庫の中には野菜類などの他、昨日運び込んだ処理済みの生魚、それに干物もあった。
生魚は塩水につけた後、陰干しのようにして収納してあったが──。
「おー、ちゃんと一夜干しになってら」
干物はわかるが、一夜干しは釣りのアニメで作ってるのを見ただけだ。
完全に見様見真似だったんだが……干物は冷蔵庫でも作れるって本当だったんだなぁ。
視線を巡らせると、管理人室はそれだけで暮らせるようにもなってるようで、IHコンロにミニ炊飯器まであった。
しかし。
「これ、保温機能ないじゃん……って俺のせいか」
俺は仕事の関係で、帰宅時間が不安定になりがちだった。自炊のつもりだったのに買って帰る事もあった。
それで、たくさん炊いて保温しておくのでなく、食べたい時に食べたいだけ炊くスタイルを採用したんだ。
だからウチには、おひとりさま用にスパッと炊ける炊飯器具しかない。
無洗米と組み合わせると、たしかに「食べたい時にすぐ炊ける」仕組みが出来上がったわけで……。
俺の記憶から道具類を作っているんなら、そりゃあ、そうなるわな。
とりあえず、1.5合炊きに米と水をいれ、炊飯スタート。
次に、鍋に昨日食った魚たちの切れっ端を洗ってぶち込みIHコンロで煮る。
だしの元もあるようだけど、ちょっと味付け程度にはなるだろう。
これまた昨日使った野菜の切れっ端類を刻んでいると、お湯が湧いて魚のダシが出始めた。
「ふうむ……悪くないか?」
ごそごそやっていると、ゲルもどきからアイリスが出てきた。
アイリスは俺の居場所がすぐわかったのか、まっすぐ管理棟に近づいてきた。
管理人室の窓をあけ、声をかけた。
「おはようアイリス」
「おはよう──パパ、わたしがやるぅ〜」
「ありがとよ、でもその前に手と顔を洗ってこい」
「わかったぁ〜」
ふらふらと去っていくアイリスを見て、俺は作業を続けた。
しばらくするとアイリスがやってきて、俺に何かをつきだした。
「なんだ?」
「パパ、歯磨き」
「あ」
「いってきて。やってるから」
「おう」
言われるままに歯磨きをして戻ると、アイリスが俺のあとを引き継いでいた。
「これ飲んでて、もう少しかかる」
「……手伝うことないか?」
「お魚焼いてて」
「おう」
はやっ!めっちゃ早っ!
そんなことをしているうちに次々と完成し、ふたりで朝食となる。
ごはん、焼き魚に簡単だが味噌汁……よしよし、人間らしい朝食だ。
「よし、いただきます」
「いただきます」
朝食を開始。
その席で、アイリスが口を開いた。
「ねえパパ、順調に行くとシャリアーゼまでどのくらい?」
「早ければ午前中、遅くとも昼すぎには着くだろうな、順調なら」
残りは200kmくらいのはずだ。
光学迷彩で隠してあるとはいえ、これ以上近づくと気づかれるかもしれない──そう思っての設定だった。
「確認するけど、外から見るだけだよね?」
「ああそうだ、市街には入らない。そういうのは東大陸までお預けだよ──ただ」
「ただ?」
「俺まだ、この星の文明をまったく見てないんだ。ただのひとつもね。
だから是非、渡航前に見たいんだよ」
いきなり砂漠からの旅だった。
ルワンさんとの会話も砂漠の中だったし、あの少女の死んでたところも、要するにあれは昔の祭壇、要は遺跡ってやつだ。
つまるところ、俺はこの世界のちゃんとした『町』を一度も見ていないんだよな。
「市街の写真だけ撮って、そして東に向かう街道に入る。
南大陸の渡航方法は聞いてないが、きっとマザーのことだ……海上から迎えをよこすんじゃないかな?」
「あー……うん、たぶんそうだと思う」
「だよな、他にないもんな」
俺は航空機ってやつを知らないし、試作したという話も聞いてない。
来るとしたら、おそらくは船だろう。
「よし、食べ終わったら出発するぞ!」
「はーい……ねえパパ?」
「ん?」
「管理人室に、こんなのあったよ」
「お、パイン飴じゃん」
こんなものまで再現されてんのか。
「いいね、それ舐めながらいこうぜ」
「え、それいいの?」
「ん?どゆこと?」
「え?」
俺とアイリスは、なぜか見つめ合うことになった。
「あー……よくわからんけど、アイリスはもしかして、車に乗ってて飴をなめるのはダメだと思ってる?」
「えっとね……車に乗る時は口にものをいれたり、おしゃべりするのはマナー違反だし、だいいち危ないんだよ?」
「……それもしかして、あの女の子の記憶だよね?」
「うん」
ああ、それで理解できた。
「ちなみにアイリス、レブル乗ってる時に俺とおしゃべりしてたのは、この世界にない乗り物だからだな?」
「うん」
単車はもちろん自転車もないって話だもんな。
つまり。
アイリスが言ってるのはこの世界の、馬車のような乗り物でのマナーか決まりって事だな。
「マナー違反ってのはともかく、ものを口にいれたりおしゃべりすると危ないってのは、なんとなくわかったぞ」
「?」
「サスペンション、つまり衝撃吸収用のバネだよ」
俺は簡単に説明した。
「車で砂利道から舗装路に出たら、車が揺れなくなったろ?
けどな、あれでもだいぶサスペンションで揺れが軽減されてるんだぜ?
もしサスペンションが全然なかったら……あの砂利道では、すごい事になってたと思うぞ。
たぶん舌かんだり、何かこぼしたり」
「……」
「そういう事があって、そういうルールができたんじゃないかな?」
「……ありうる」
「だろ?」
「うん」
俺たちは、うなずきあった。
そして食事の約30分後。
俺たちはシャリアーゼに向かって出発した。




