冷蔵庫と情報
干物側が終わり、次は自分たちの食事の方だ。
といっても今日は主食がないわけだが、試食会と思えばこんなものだろう。
「やる!」
アイリスが、調理もすると宣言した。
まぁなぁ、俺よりうまそうだしなぁ。
俺はリーダーシップをとる事をすっぱりあきらめて、作ってもらう事にした。
なるほどアイリスの技術は本物だった。俺にもすぐわかった。
なんつーか、手際がいいんだ……って、あれ?
「ちょいまてアイリス」
「なに?」
「あれは何だ?」
ちなみに炊事場はガスでなく、よくあるキャンプ場の「かまど」だ。
アイリスが調理しているのは、魚をさばく関係で使った広い場所のかまどなんだけど……ちょっと離れた別のところでも、かまどに火が入っていて、小さい鍋が湯気をたてていた。
いったい、いつのまに?
「ああ、パパが干物づくりしてる時に、ちょっと」
「ちょっとて」
たしかに、慣れない魚に試行錯誤していたからなぁ。気づかなかったかも。
「あれ中身はなんだ?」
「お米」
……なに?
「米があったのか!?どこに?」
「これ、管理棟にあったよ」
「……無洗米じゃねーか」
しかも、俺がいつも買ってたやつだ。
野郎ひとりの炊事だろ、面倒くさいからって、いつもコシヒカリの無洗米を買ってたんだ。
それがそのまんま、そこにあった。
「でも、どこに?倉庫は見たつもりだったけど」
「管理人室みたいなとこにあったよ?」
「あ」
それって、もしかして正式な資材でなく、私物扱いってことか?
「あー……ああうん、わかった、なんかマザーらしいお茶目だわ」
たぶんだけど、アイリスに発見させるためにわざと変な場所に置いたんだな?
理由はわからんけど、なんともマザーらしいお遊びだった。
「それで、いくつあった?」
「四袋」
俺がいつも買ってた袋だから、5kgのやつが4つ、つまり20kgか。
「んー、どれくらい食うかにもよるけど、そう長くはもたないな」
ひとり頭10kgと考えたら、俺の昔の計算なら一ヶ月半もあればなくなったはずだ。
一合の米は、だいたい150gってところだ。
かりに10kgを150gで割ったとしたら、だいたい67食ってところになる。
実際はおかずも食べるからと少なめに炊いたとしても、せいぜい70食が限度だろう。
一日三食としたら、三週間と少しでなくなるわけだ。
ただし、ひとり一食一合というのは、決して少なくない。
俺はドライバーだし、アイリスも普段は座りっぱなしだ。
その状況で二人、一食二合におかずまで食べていたら、おそらく確実に多すぎる気がする。
この身体で太るかはわからないけど、その意味で言うと……適量はどうなんだろうな?
「んー、食べてみて決めるといいかも」
「だな、そもそもこの身体での食事の話だし、試してからの話か」
「わたしもそう思う!
それに、なくなって他から入手できないなら、その時はまた別途相談すればいいし」
「あー、それもそうか」
アイリスはにっこりほほえんで言いきった。
やがて食事が完成した。
しかし、計算違いがまた発生した。
「パパ、管理人室に冷蔵庫生えてた」
「……おい、冷蔵庫はタケノコじゃねえぞ。生えてくるわけが」
わけがないと言おうとして、俺はふと思いついた。
そう、ここはマザーの管理している空間だ。
いつのまにか冷蔵庫作って置いてあったとしても、不思議はないな、うん。
「ま、まあいい……で、大根が入ってたと?」
「野菜室に色々入ってたよー」
ははぁ、マザーの差し入れか。
それはありがたいけど……けど、なんでかな?
「アイリス、マザーに冷蔵庫作ってって頼んだか?」
「ううん、頼んでないよ。パパが頼んだんじゃないの?」
「俺もまだ連絡してねえよ、直接通信は非常時だけだしな……アイリス、食事がすんだらスマホちょっと貸せ」
「はい」
アイリスが使うようになってから、たいていスマホはアイリス用になっていた。
食事がすんだ俺たちは「ごちそうさま」をした。
そしてアイリスからスマホを受けとると、電話帳の「ま」の項目を開いて『まざぁ』とひらがなで書いている番号を呼び出した。
当たり前だが電話はすぐに出た。
「マザー、ちょっといいか」
『いいよ、なんだい?』
「冷蔵庫なんだが、作ってくれたのか?」
『ああ作ったよ』
「いつ作った?
俺たちが気づいたのはついさっきなんだけど、俺もアイリスも頼んだ記憶がないんだが?」
『そりゃあ、二人暮らしになったんだ。冷蔵庫くらいいるだろって思ってネ』
あー……単に気を回してくれただけかぁ。
「そういうことか、わかった、ありがとう助かる。
ついでに言うと、米とか大根もかな?」
『ああ、そうだよ。
本来なら、例の管理ロボットたちに田んぼと畑を作らせてるんだけどネ……そっちはまだ時間がかかるんだよ。
あんたのビークルと接続している以上、その空間の時間を早めるつもりはないからね。
それに当面は現地人と交流しないって決めただろ?』
「あ、そっか……取引して食料購入できないもんな」
『ああ、そうだよ。
交流するなと言ったのはわしだし、それで食料もなしってのは片手落ちだろう?』
「たしかに」
なんとまぁ……ほんとマザーって、こういうとこ頼りになるね。
「マザー」
『なんだい?』
「すまん、ありがとう。本当なら俺から先に相談すべきだった」
『謝る必要はないさ。
何せイレギュラーな状況だし、第一これは、わしの仕事の範疇だよ。
ああそうだ、ちょうどいい。
伝える事があったよ』
「え?伝えること?」
『ああ、そうさ。
ハチだけでなくアイリスにも聞いてもらうよ?』
「じゃあ、ちょっとまってくれ、スピーカーに切り替えるわ」
俺はスマホをスピーカーマイクに切り替えると、テーブルの上に置いた。
「いいぜ?」
『うむ、ではハチ、アイリスもよくお聞き。
まずは、良いニュースだ。
この世界にある各種職業ギルドおよび、主要国家との通信と交渉に一応だが成功したよ。
一般旅行者と考えて対応してくれるそうだ。
いくつかの国と地域を除けば、かなりの部分で安全が確保できたといっていい』
「え、ほんとに?」
『あくまで「かなり」だよ?まだ安心するには早いからね?』
「いやいやいや、それでもめっちゃ嬉しいですよ。
それってつまり、全世界指名手配みたいな状態で旅しなくてもいいって事でしょ?」
『そうだね、その問題は回避できたろうネ。
残った問題については後でアイリスに送信しておくからネ、好きにするがいいさ』
そういうと、笑い声が聞こえた気がした。
今、携帯でつながっているのは音声だけなんだけど、たぶんマザーは笑っている事だろう。
『で、だ……次は悪いニュースだ。
コルテアの首長、アリア・マフラーンという女だが、ハチの暗殺司令を出したよ。
しかも、直接命じるのでなく、暗に示唆して現場にやらせるという方法でね』
「な……え?」
俺は一瞬、言われた意味がわからなかった。
「あ、あんさつ……暗殺?誰を?」
『あんただよハチ』
「なん・で?」
いったい、どういうことだ?




