其の八
ー地獄 火口層ー
2体の巨大な鬼が人目、いや、鬼の目を気にしながら立ち話をしている。
「我らが最優先すべきは無有の即位を阻止する事。」
寛威が確認するように言い放つ。
「ああ、そしたらどっちが閻王になっても恨みっこ無しだ。その後は選闘祭でも何でも存分に殺り合おうじゃねえか。」
右手の拳を左手で揉み鳴らす李武。
「ふっ…そうだな。」
寛威が冷笑を浮かべていると、巨大な岩石群が形取る螺旋階段から真っ白な外套を纏った何者かが降りてきた。
「おっ、大陰魔様のお出ましだぜ。」
「茶化すな李武。今回の計略の鍵となる者ぞ。」
やがて螺旋階段を降り終える人間大の外套の者。
巨大な2体の鬼と並ぶと、サイズ感の違いがはっきり分かる。
やがてその者は寛威と李武を見上げ、嘲笑気味に問いかける。
「ふふふ…久しいのう鬼共。
元気にしておったか?」
女性の声だ。
「ふっ…相変わらずの尊大さ。
本当に我らを鬼と認識しているのか。」
寛威は冷笑を浮かべたまま。
「良い機会だ。
計略実行の前に一度ひねり潰してやろうか?」
李武がそう言い放つと、ただでさえ巨大な筋肉がみるみる内に肥大していく。
瞬間
李武の眼前に金色に煌く糸が舞う
と、同時に白い外套を纏った女性は李武の背後に移動していた。
「はっはっはっ!相変わらずの速度。
貴様は陰魔にしておくには惜しいな!」
李武の筋肉が元の大きさに戻っていく。
「その速度と"幻月"は閻魔大王をも欺こうぞ。
では話を始めよう。」
寛威が感心した様子を見せながら本題に入ろうとする。
「待て。その前に残りの月の花をこちらに渡すと確約しろ。」
女性が印を結んだ右手を差し出すとその指先からは黄金の光が放たれる。
「わかっている。
安心しろ、あれは我らには必要の無い物だ。
無有を消した後は好きに使えばいい。」
寛威と李武が人間サイズの女性の手の上に自分の手をかざすと、黄金の光は2体の手の中に吸い込まれていった。
「承った。では、計略内容を聞かせよ。」
黄金の光の行く末を見届けた女性が本題に入るよう促すと寛威が淡々と話し始めた。
「閻魔大王の側近に千治という鬼が居る。
そいつを殺して"裁きの尺"を奪う。」
「裁きの尺?」
「本来、長クラスの鬼には3人の側近が付いているが、過去に行われた選闘祭で閻王の側近は全滅してしまった。
しかし閻王は即位と同時に消滅しかけていた側近達の魂の欠片をかき集め、裁きの尺に留めた。
そしてその時に偶発的に生まれたのが千治という鬼だ。
以来、閻王は千治を我が子のように可愛がり、大切に育ててきた。
裁きの尺には鬼の唯一の弱点、地獄の業火である"獄炎"を操る力が宿っている。
今は千治がそれを制御しており、鬼が鬼へと攻撃を仕掛けると自動的に獄炎に焼かれる仕様になっている。
強大な力を持つ鬼の間で私闘禁止の掟が守られているのはその為だ。」
「ではその尺を奪い、獄炎で無有とやらを抹殺すると…?」
「いや、本来裁きの尺を使えるのは閻王だけだ。
それに無有の能力は少し特殊でな。
あやつがいくら弱いとはいえ、争えば些か面倒だ。
そこでだ、無有には千治殺しの罪を着せ、閻王直々に裁いていただく。
そして我らは裁きの尺を奪い取った後、無有の居ない日鬼族を全滅させる。」
「日鬼族を全滅させる?
無有を消すだけではないのか?
なぜそんな事をする?」
女性が当然の疑問をぶつける。
「いや何…目障りなんだよ。
あいつらの陽素が気に入らない。
赤い肌が気に入らない。
弱い鬼は地獄に要らない。
理由なんてそんなものさ。」
会議に飽きが来ている李武が欠伸をしながら言い放つ。
「ふふふ…さすがは元人間。
くだらない思考回路をお持ちのようだ。
では妾の幻月で無有になりすまし、千治を殺せば良いのだな?
今すぐ殺ってみせようか?」
女性は右手を差し出し、鉤爪を研ぐかのような仕草を見せる。
「待て、閻王を騙すのはそう簡単ではない。
それなりに準備をせねばならぬ…とはいえ、もうじきそれも完了するがな。
そうだな…次の満月の晩、正界は血月の周期。
特に月に縁深いお前には都合が良いだろう。
決行はその時だ。」
寛威が巨大な身体の前に腕を組みながら計画を練る。
「…良かろう。妾は月の花さえ手に入れば地獄がどうなろうと知った事ではない。
では次の満月の晩にまた会おう。」
そう言うと女性はその場を離れ、螺旋階段を上がっていった。
「ククク、生意気な女狐め。
しかしこれで目障りな若造が消え、弱い日鬼族も滅びる。(そして我が地獄の王になる。)」
「ケケケ、ぶち殺してやるぜ。(てめえら夜鬼も全員な。)」
地獄の入り口に佇む寛威と李武の表情は、禍々しくも、野心を秘めた嗤いを浮かべていた。




