第63夜 先手
明里と夏水が去った陽神の間。
漆原が結界を解き、口を開く。
「白石さんはどうだ?」
「うむ…周期と陽素の割合が概ね合致しておる。
おそらく太陽の巫女じゃろう。
月美学会が何をしようとしているのかはわからぬが、良からぬ事を企んでいるのは確かじゃ。
早いところ奴らを止めねば、この場所が露呈するのも時間の問題じゃろうな。」
千陽は東の窓の方を向き、背中越しに話している。
「やはりそうか…。
もう一度言い伝えを聞かせてくれないか?」
漆原は考え込み、顎に手を当てている。
「よかろう。
"千に一度 降臨せし二人の巫女
陰陽合わさる血月の夜 常の闇へと誘われ"
…これが言い伝えの内容じゃ。」
千陽と漆原の間にわずかな沈黙が流れる。
しばらくして漆原が口を開いた。
「千年に一度、太陽と月の巫女が誕生する。
そして血月の夜に2人が合わさった時、世界は闇に包まれる…
こんなとこか?」
「ああ。わしの見解も同様じゃ。
陰陽とは月と太陽を表し、おそらく太陽の巫女があの子じゃろう。
そして月の巫女が…」
「繭子か…」
漆原が繋げる。
「お前の話じゃと、月美学会は血月の夜にあの子を繭子に取り込ませようとしていた。
古い文献によると、最後に2人の巫女が現れたのが約千年前じゃ。
"常の闇へと誘われ"が何を意味しているのかはわからぬが、ろくな事でないのは確か…。」
漆原は相変わらず考え込んでいる。
「この言い伝えってこれで全てか?」
「そうじゃ。
少なくとも我らに伝わっているのはこれで全てじゃ。
…いずれにせよ、月美学会を止めねばのう。」
「………そうだな。
引っかかる点はいくつかあるが、今はあいつらを止めるのを最優先に動く。」
漆原は顎から手を離した。
「じゃあ俺は白石さんのところへ寄って戻るよ。
頼むなバアさん。」
「お前がわしに頼み事をするようになるとは…
丸くなったのう染一。
…安心せい、ここに居る限りしばらくの間は大丈夫じゃろう。」
千陽が漆原に向き直る。
「目的の為なら安いプライドなんていくらでも捨ててやるさ。
じゃあ俺はこれで。」
漆原がエレベーターに乗り込んだ。
「1階へ」
「かしこまりました。
漆原 "生意気クソガキ" 染一様。」
1人陽神の間に残る千陽の耳には降りゆくエレベーター内から大きな舌打ちが聞こえてきていた。
ー1階 明里の部屋ー
ドアをノックする音が聞こえる。
「はい!」
荷物を整理していた明里が突然の来訪にビクつきながら応えた。
「白石さん、美男子だけど今いい?」
ドア越しに確認を取る漆原。
「漆原くん!」
明里がドアを開ける。
「やあ白石さん、調子はどう?
洗礼はめちゃくちゃ体力持ってかれるから疲れたでしょ?」
「んー、少し疲れたけど大丈夫。
漆原くんはこれからどうするの?」
言葉とは裏腹に明里の表情筋は機能していないようだ。
「俺はこれから無有の所に戻って、月美学会について引き続き調べるよ。」
「…漆原くん、無理はしないでね。」
「じぇ、JKに心配された…
ムホォォォオオオオ!!
無理しないように頑張ります。」
漆原が鼻の下を伸ばしながら意気込んでいる。
「う、うん。私も頑張って強くなるね!」
やや引き気味の明里も漆原同様意気込んだ。
「陽光の輪は陽素を使った法力では間違い無く最強の集団だ。
大丈夫、必ず強くなれるよ。
修行期間は聞いてないけど、千陽のババアが認めるまでは耐えてくれ。
…それじゃあ俺は行くよ。
白石さん俺の事が心配で胸が張り裂けそうだと思うけどそろそろ行くね。」
「わかった。彩香の事お願いね!」
明里が手を振る。
「安元の事は任せて。
それより俺の事が心配で眠れな」
「染ちゃん。」
突然背後から漆原の肩に手を置く人物。
「うわっ!夏水さん!
…相変わらず気配消すの上手いね。
まじでびっくりしたよ。」
漆原が目をまん丸にして夏水を見ている。
「明里ちゃん今日は洗礼で疲れてるから早く休ませてあげよ?」
夏水の口調は柔らかいが有無を言わさぬ迫力がある。
「そ、そうだな。
じゃあ白石さん、頑張って!」
漆原は明里と夏水に手を振り、建物を出た。
「まったく…昔から女の子に目が無いんだから。
明里ちゃん、早速明日から修行が始まるから今度こそゆっくり休んでね。
じゃ、また明日ね!」
再び柔らかい口調で話す夏水の表情は先ほどとは違い、慈愛に満ちたものだった。
「ありがとうございます!
おやすみなさい。」
時刻はまだ夕方だが、とてつとなく濃い1日を過ごしたような感覚の明里は荷物の整理もそのままにベッドへと倒れ込んだ。
一方、陽光の輪から坂道を下る漆原の顔に表情は無く、強いて言うならとてつもなく冷ややかな雰囲気を醸し出している。
「染一、無事に終わったか?」
坂道を下った広場には無有がお座りしている。
陽神神社と往復して漆原を待っていたようだ。
「ああ。これで先手は打った。
後は奴らがどう動くか…。
必ず金色の糸の尻尾を掴んでやる。」
「良い顔をしておるな染一。
では行くぞ。
《破》」
空間が歪み、無有と漆原が吸い込まれていく。
やがて2人は完全に消え去り、広場には冷たい静寂だけがひっそりと佇んでいた。




