第64夜 薄明
※作者メッセージ
当話の内容が偶然コロナの時期と被ってしまいました。
物語の進行上変更できませんでしたので不快に思われる可能性のある方はここで引き返す事をお勧め致します。
不安な日々が続きますが、皆様どうかお身体にお気を付けてお過ごし下さい。
「うぉらー!」
彩香が跳び後ろ回し蹴りを放つ。
ヒュッ
ほとんど動作無く避ける妲鬼。
「単調ね〜あなた。
もう1億年前に攻撃パターンを見切ってしまったわよ。
本当に当てる気があるなら虚を混ぜなさい。」
彩香の修行を見ている無有と漆原。
「そういや楽鬼はどこに行ってんだ?」
屈み込んでいる漆原が隣の無有に聞く。
「楽鬼はお前の"鬼兵隊"とやらと遊んでいるぞ。
何でも今は天海市最大規模の集団と闘りあってるらしい。
佐野はお前に助けを求めようとしていたが、楽鬼が面白がって付いていってしまった。」
欠伸をしながら答える無有。
「へぇ〜、あいつらちゃんと仕事してんだな。
安元はどうだ、妲鬼?」
彩香の攻撃を避けながら妲鬼が答える。
「スピードもパワーも確実に向上してきているけど、ご覧の通り攻撃が単調過ぎて当たりゃしないわ。これじゃあ1億年間避け続けられるわよ。
それと"質"も悪いわね。」
妲鬼が突きを止めながら軽く手首を掴むと、彩香の身体を宙で一回転させ、そのまま地面に転がす。
「うっ…!」
天を仰ぎながら息を切らす彩香。
「あなた本当に殺す気でやってる?」
妲鬼がイラついた口調で問いかけるが彩香は言葉を発せないほど疲弊している様子。
「私の知ってる唐手はもっと殺意が明確な殺人術よ。
突きと蹴りしかできないなんてあなたの空手はまるで遊戯ね。
これじゃあ月花はおろか、下級鬼にも敵わないわ。」
「ハアッ、ハアッ、ハアッ…」
彩香の肺は大きく膨張と収縮を繰り返している。
「武術は体力作りや、精神性を高めるものではないの。
敵をいかに効率よく壊すかを突き詰めた術よ。
その事を頭に入れてもう一度かかってきなさい。」
「押忍っ!」
彩香は息を整えながら起き上がり、再び妲鬼に襲いかかった。
「妲鬼はどうしてあんなに詳しいんだ?」
漆原が再度無有に問いかける。
「おそらく、あやつが人間だった頃に関係しているのだろうな。
ただ一つ言えるのは、地獄でも徒手格闘で妲鬼の右に出る者は居らん。
任せておけば大丈夫だろう。」
「ふーん。」
スマホを取り出す漆原。
「この間の前原の件…マスコミが未確認生物の出現と報道して以降、世間の話題はそれで持ちきりだな。
SNSに前原もとい、八岐大蛇の画像が上がりまくってる。」
漆原が画面をスクロールさせながら呟く。
「我々の写真が撮られなかっただけ幸運だろう。
しかしあれ以降、月美学会に何の動きも無いが、嵐の前の静けさのようで不気味だ。
あちらには夕鬼も居るしな。」
「確かに。刃鬼からは?」
「同じく…特に動きは無いとの事だ。」
漆原が顎に手を当てる。
「このまま奴らが大人しく引き下がるはずがない。
一体何を企んでやがんだ…。」
無有と漆原が彩香の修行を眺めながら話していると、突然目の前にスーツを着たビジネスマン風の男性が現れた。
すかさず無有の前に跪く。
「久しぶりだな刃鬼。」
「無有様、お久しぶりでございます。
お耳に入れておきたい事がございまして、直接馳せ参じました。」
頭を垂れる刃鬼。
「この間の報告では月美学会に動きは無いとの事だったが…どうしたのだ?」
「はい。それとは別件でございまして…
どうやら地獄で選闘祭が開催されるようです。」
「真か…?」
無有の口調が険しくなる。
「夕鬼が話していたのを聞きましたので間違いないかと…。」
「このタイミングで…」
置いてけぼりの漆原が会話の間を見つけて2人に問いかける。
「セントウサイって何だ?」
「次代の閻魔大王を決める地獄の祭典だ。
地獄には3つの種族が居るのを知ってるな?
青い肌の夜鬼、黄色い肌の夕鬼、そして赤い肌の日鬼だ。
お前も知る通り、余やこやつらは赤鬼の日鬼にあたる。
そして選闘祭とは閻魔大王の後継者が不在の場合、特例的に行われる3つの種族間での争いの事だ。」
「ほうほう。
しかし鬼同士の争いは禁じられてるんじゃなかったか?」
「私闘はな。しかし選闘祭では認められている。
…染一よ、我らが地獄に戻る方法は2つある。
1つはお前も知る通り、金色の糸を捕縛して閻魔大王の前に突き出す事。
そしてもう1つは選闘祭に参加して力づくで王の座を勝ち取る事だ。
余が追放された事で選闘祭が開催されるのはわかっていた。
しかしもう少し先の事とばかり…」
「無有様、ご決断を。」
刃鬼が迫る。
「いいよ、無有。
金色の糸と月美学会は俺に任せろ。」
漆原がスマホをしまいながら軽い口調で言い放つ。
「しかし…」
「金色の糸は共通の仇だ。
そしておそらく月美学会と関係している。
俺もこのままでは勝てないのはわかっているよ。
だからさっさと地獄を獲ってまた戻ってこい。」
無有はしばらく考え込む。
「どちらかが死ねば残りが目的を果たす。か…
よかろう。
なれば部下達は置いていくぞ。」
無有の言葉に刃鬼が面を上げる。
「なりません。
奴らは無有様を歓迎しないでしょう。
いくらあなた様の力が強大でも種族単位でかかられれば多勢に無勢。
私も付いていきます。」
「大丈夫だよ無有。
白石さんも隠したしな。
お前が居なくても何とかするさ。」
「くっ…仕方ない。
しかし、彩香の修行の件もある…連れてくのは刃鬼、お前だけだ。
よいな?」
無言で頷く刃鬼。
「では染一、手を合わせろ。」
漆原と無有が手を重ねる。
《陰陽縛解》
重ねた手から深い闇と眩い光が混じり合い、2人を包み込んでいく。
やがて闇と光は消え去り、2人は手を離した。
「すぐに戻る。」
無有が後ろを向く。
「ああ、死ぬなよ無有。」
《破》
詠唱と共に空間が歪み、無有と刃鬼が吸い込まれていく。
その様子を背中越しに感じながら漆原は決意したように右の拳を握りしめている。
「俺も行くか…。」
無有と刃鬼が消えた後、漆原は西の方角を見つめながら、小さな声で力強く呟いた。
暗い部屋に浮かぶ液晶画面。
笑実はタオルケットを被りながらボーッとした表情でそれを眺めている。
「秋の陽気が心地良く、とても過ごしやすい1日でした。
………えー、速報です。
先日多摩川に出現した未確認生物の痕跡から有毒性の高いウイルスが検出されました。
現在周辺は封鎖されており、滅菌作業が行われています。
このウイルスは非常に感染性が高く、近隣住民は緊急避難を余儀なくされているとの事です。
それと…感染した疑いのある人物が2人居る模様です。
…天海市在住、天海高校の学生、白石明里さんと、同じく漆原染一さん。
両名は当日未確認生物と接触しており、その後行方がわかっていません。
警察が捜索にあたっていますが、お心当たりある方はこちらの番号までご連絡ください。
それでは続いてのニュースです……………」
アナウンサーが次の原稿を読み始める前に笑実は部屋着姿のまま家を飛び出した。
仕事帰りの人々を掻き分け、全速力で駆けていく。
辺りは暗く、等間隔で置かれている街灯達が役割を十二分に発揮し始めている。
「明里っ!彩香っ!」
薄明に包まれる美しくも儚げな空は、これから始まる、深い深い、闇の訪れを感じさせていた。
陰to陽ー薄明編ー【完】




