第54夜 月花
「漆原くん!」
明里が急いで漆原へと駆け寄る。
びしょ濡れの漆原の左手は黒く、右手は黄緑色に変色し、息も絶え絶えだ。
「白石さん…この騒ぎで人が集まってくる。
月美学会も気付いたはずだ。
今すぐここを離れろ。」
遅れて逆井も駆け付けてくる。
「染一くん!大丈夫か!?
あの化け物はどうなってる!?」
「あいつの傷口に憑いた呪いを身体中に広げてやったんだ。
しばらくは動けないだろう。
逆井さん…今の内に皆を連れて離れてくれ。」
「よし、じゃあ君を担いで」
「いや、俺は大丈夫。
あいつ(・・・)がこっちに向かってきている。
とにかく今はここを」
!!
「何だこの陰素は…」
いつの間にか前原の側に大きな白いフードを被った見知らぬ3人が立っている。
「水無月…しくじったな。
このような場所で月光開花も晒しおって。
しかし漆原染一、まさかこれ程とは…」
円卓の会議を仕切っていた女性の声だ。
「これが陰陽師か…
今は我々の陰素に当てられて萎縮してしまう程度の力だが、確かにここで殺しておかねば後々脅威になるやもしれぬのう。」
老人と思わしき男性が漆原を見る。
「とりあえず水無月を回収しましょうか。」
3人目のフードの男性が前原に手を翳すと宙に穴が空き、そのまま吸い込まれていった。
「よし、周囲にも空間結界を張っておけ。」
リーダーの女性が命令する。
「既に。
では私は白石明里の回収を。」
前原を吸い込んだ男が明里に近寄ってくる。
「くっ…」
漆原は必死に身体を動かそうとするが、ピクリともしない。
「あなた達の目的は何!?」
明里が3人を睨み付けながら叫ぶ。
「お前は知らなくて良い事だ。
それより、お仲間が邪魔だな…死んでもらおうか。」
リーダーの女性が彩香達と不良グループの方へ手の平を向けると、その場に居る全員が呼吸困難に陥る。
「かっ…はっ…」
彩香は目を見開き、両手で首を抑えている。
他の者も同様だ。
漆原と明里の前に立った老人が外套の中から鍔の無い日本刀を取り出し、鞘を外す。
「陰陽師とは…確かに厄介よのう。」
しかし明里は漆原から離れようとしない。
いつの間にか女性の近くに居た笑実が自分の首にカッターナイフを当てる。
そしてリーダーの女性がまるで笑実を操っているかのように口を開いた。
「早くそいつから離れろ。お仲間が死ぬぞ?」
頸動脈に当てられたカッターナイフは今にも減り込みそうになほど。
明里は葛藤している様子。
「おい…お前らが"作っているもの"の正体は鈴木と前原から聞いた。
既に俺の仲間がその情報を握ってスタンバイしているぞ。
拡散されたくなければ俺達から手を引け。」
鬼の形相で喋る漆原。
「ふっ…苦し紛れのハッタリが通用すると思ったか?
我ら月花は心臓に"月花の法"という呪陰をかけられている。
その呪陰は忠誠の証として法力者に身体を支配されるのと引き換えに強大な力を手に入れるというものだ。
つまり、鈴木と前原から我らの情報が漏れる事はない。」
一蹴する女性。
「っ…」
口をつぐむ漆原。
「浅はかな手を使いおって…
陰陽師といえど所詮はまだ小僧か。
殺れ、弥生。」
前原を回収した男が漆原から明里を引き離し、弥生と呼ばれた老人が刀を振り降ろすー
ピタッ
なぜか前原の首に到達するはずの刀が宙で止まる。
「遅いぞ、無有。」
「ふんっ、生意気な…。
その左腕、1ヶ月は動かせんと言っただろう。
無茶しおって。」
宙で止まった刀の下、漆原の傍には、いつの間にか真っ白なポメラニアンが四つ足で月花を睨み付けていた。




