第53夜 八岐大蛇
「ぐっ…これが、陰陽師か…」
後方まで突き飛ばされた前原は右手の蛇を絡めて漆原の攻撃を防いでいた。
「お前よく止めたな。
鈴木よりは骨がありそうだ。」
漆原は印を構えている。
「なるほど…躱せないわけだ。
先端が俺に触れる寸前、引力のようなものが発生していた。
お前は…どちらかと言うとこちら側の人間だな。」
星陰破を振り解き、前原が向かってくる。
「お前らみたいな半魔集団と一緒にするんじゃねーよ。」
漆原も向かっていく。
《星陰破》
再び攻撃を繰り出す漆原。
前原は星陰破に合わせて跳躍し、五角錐の上を転がりながら右手の蛇を伸ばして漆原に襲いかかる。
《五芒結界》
漆原を五芒星が包み込むが、結界の壁面に蛇の牙が突き刺さり、毒の影響でボロボロと崩れていく。
「まじかっ」
結界を解いた漆原が後退りするのと同時に星陰破をやり過ごした前原が素早く迫る。
再度右手の蛇を伸ばす前原の攻撃。
《星陰裂破》
漆原の喉元に蛇の牙が刺さるギリギリのタイミングで、右手の印から伸びる黒い刃が前原の右腕を切り裂いた。
「ぐあああああああああ!」
前原はたまらず後退し、膝をつく。
明里達と不良グループはいつの間にか争いを止め、息を呑みながら2人の闘いを見ていた。
「何だこれ…俺は一体何を見てるんだ…」
逆井は小さく呟きながらも、そこに居る全員が自分と同じ感覚に陥っている事を把握する。
「強いな、漆原…。
鈴木に深手を負わせただけの事はある。
やはり、このまま(・・・・)じゃあ勝てないか。」
前原が詠唱を始める。
"水無月の光剣貫く巳の刻
月下に捧ぐ蘭の花"
《月光開花》
ドンッ!!!!!
突如粉塵が巻き起こり、煙の中から現れたのは7本の蛇の頭に1本だけ頭部の無い胴体。
下に行くにつれ各胴体は細くなり、やがて1つの蛇の尻尾へと繋がる。
その体躯は数十メートルにも及び、鈴木の牛鬼より一回り、いや二回りほど大きい。
「おいおい、八岐大蛇風じゃねえかよ…
鈴木の牛鬼といい、お前ら怪獣集団だな。」
漆原が言い終わるや否や、7本の蛇の頭が一斉に襲いかかる。
後退して躱す漆原。
ドゴォン!!!
漆原が今居た地面に大きなクレーターができる。
「おい、お前らもっと離れろ!」
漆原は八岐大蛇へと変化した前原に警戒しつつ、明里達と不良グループに避難を促す。
続け様に再び7本の蛇の頭が不規則に襲いかかる。
「ちっ、十握剣なんか持ってないぞ!
《星陰縛呪》」
漆原が頭部の無い胴体へ印を結んだ手を向けて詠唱を放つと、傷口部分から刺青のような五芒星が出現し、その箇所が黒く染まる。
「貴様、何をした!」
八岐大蛇と化した前原が怒りの形相で叫ぶ。
「何もしてないよー!」
漆原は叫びながら逃げ回っている。
再び蛇の頭達が突進し、後方へと跳びながら躱す漆原。
「危ねえ!!」
前原の攻撃を躱し切ったと思った瞬間、左端の蛇だけが後方に回っており、長いカーブを描きながら漆原へと襲いかかる。
「ぐぬっ!!」
何とか空中で上体をよじりながら回避するが、蛇の牙が右腕をかすめつつ、衝撃で漆原は弾き飛ばされれる。
ザブンッ!
多摩川中央まで飛んで行った漆原は、そのまま川の中へと落ちていった。
明里達と不良グループは離れた所で闘いの様子を見ていたが、漆原がやられたのも相まって目の前の怪物に萎縮してしまい、恐怖から動けなくなっている。
「ククク…次はお前らだ。
殺してやる。」
7本の頭が明里達と不良グループを睨み付ける。
その様子はまるで蛇に睨まれた蛙達のよう。
バタバタバタバタッ
突如として上空にヘリコプターが現れた。
中にはカメラクルーとキャスターらしき女性が乗っている。
「み、見てください!怪獣です。
多摩川の河川敷に怪獣が現れました!
何と恐ろしい光景でしょう…
現在警察や自衛隊の姿はありません!
…ん?あれは…!?
人が居ます!遠くてよく見えませんが、おそらく学生服を着た集団が怪獣と対峙しています。
おーい!!早く逃げてー!!
こちらを見ていますが、声が届いているかはわかりません一刻も早」
ガッ!バキバキッ!!
蛇の一頭がヘリコプターを噛み砕いた。
その衝撃で機体は爆破し、残骸が地面へと降り注ぐ。
その瞬間我に返ったように逆井が叫ぶ。
「皆、逃げろ!!」
逆井の号令と共に全員が一斉に走り出す。
「逃げ切れると思ってるのか?」
前原が逃げ惑う明里達を捕らえるべく動こうとした瞬間
!?
「な、何だ…力が…」
突如として体に力が入らなくなり気が付けば八岐大蛇の身体の8割が黒く染まっていた。
「これは…呪い…?」
ドゴォンッ
前原の巨大な体躯が崩れ落ちるように地面に倒れた。
「ブハァッ!
ハアッ、ハアッ、ハアッ…
やっと呪陰が回ったか化物め…
それはなぁ、体の自由を奪う神経毒のようなものだ。」
何とか川岸へ上がってきた漆原。
しかし両腕がダランと垂れており、動かす事ができない様子。
そして先程蛇の牙がかすめた右腕は黄緑色に変色している。
バタッ
立っているのがやっとだった漆原は話し合えるのと同時に倒れ込んだ。
「ぐっ…
だが貴様ももう限界のようだな。
普通の人間ならかすめただけでも即死する毒なんだがな。
お前も十分化物だ漆原。」
地面に倒れ込む前原は身体の随所に蛇の特徴を残しながら人型に戻っていく。
そして漆原と前原はそのまま動かなくなり、もはや紛争の跡地のようになったこの場所に漂う静寂が、彼らを重く包み込んでいくのであった。




