第35夜 合流
天海団地近辺
「団地へ入って行きましたよ!
どうしますか?」
逆井が問いかける。
「後を追うぞ。
…だが外での待機役は必要だな。」
反町が物陰でフェンス越しの漆原達の様子を窺いながら呟く。
「自分に行かせてください。」
三者が追跡に名乗りをあげた。
「ダメだ。中には俺と逆井で入る。
お前はこの周辺で待機していてくれ。」
「なぜですか!?
自分はこの十数年間ずっと苦しんできました。
自分に行かせてくださいっ!!」
三者が肩を震わせ、声を荒げる。
「三者、お前の気持ちはわかる。
だが、だからこそお前は行くべきではない。
気持ちは熱く、頭は冷静に。
これが捜査の鉄則だ。
今のお前の状態はどうだ?
気持ちも頭も熱くなっちまってる。
冷静な判断ができなくなっちまったら犯罪を取り締まる事なんてできやしない。
今回は俺と逆井を信じろ。」
反町が三者の肩に手を置く。
「三者くん。
中で何かあった時、全員が捜査継続不能な状態に陥るのは避けたい。
だからこそ、俺と反町さんに何かあった時は君が応援要請をしてくれ。
スムーズに応援を誘導できるのはこの辺に詳しい君しかいないだろ?」
もう一方の肩に逆井が手を置く。
「…すいません。感情的になってました。
自分は応援、救助要請が速やかに行えるよう準備しておきます。
反町さん、逆井さん。
尾行の方、どうかよろしくお願いします。」
三者は肩の震えが無くなると、冷静な様子で2人の手の上にそれぞれ自分の手を重ねた。
「任せろ。
逆井、銃は持っているな?
…よし、行くぞ。」
反町が逆井の方を見ながらフェンスへ向かう。
逆井は反町の問いに胸のホルスターを2度叩き、彼に続いた。
フェンスを乗り越えた2人は貯水槽へ飛び込む漆原と明里を目撃する。
「なっ!?」
その瞬間逆井が貯水槽へと駆け寄る。
「あの2人は!?」
反町が逆井に聞く。
「…わかりません。
この中に飛び込んだのですが…」
逆井は狐につままれたような表情で反町を見る。
「………。
逆井、俺達もここに入るぞ。」
反町はそう言うと貯水槽の梯子を登り始めた。
「本気ですか!?反町さん!?」
逆井が反町の行動を制止しようとしながら聞く。
「俺はいつでも本気だ。
逆井、捜査に先入観は不要といつも言っているだろ。」
そう言うと反町は貯水槽の穴に足を入れた。
「マジかよ…」
逆井は渋々反町に続く。
逆井が梯子を登り切ったところで反町が言った。
「じゃあ行くぞ!お前も続け!」
ザブンッ
反町が消えた。
「反町さん!?
おいおいマジかよ…」
ザブンッ
半信半疑だった逆井は、慌てながらも貯水槽へと飛び込んでいった。
「な、何だこの化け物は…?」
逆井が銃を構えたまま呟く。
「君達!早くこっちへ来なさい!」
同じく銃を構えたままの反町が彩香と笑実に声をかける。
2人は急いで反町達の下へと駆け寄った。
「間違いない…安元彩香と松永笑実。」
逆井が記憶と現実を照らし合わせる。
「おっさん、何で私らの名前を…?」
彩香が疑問符を浮かべる。
「おっさん!?俺はまだ27歳だぞ!!」
逆井が憤慨した様子を見せる。
動きが止まっていた大男が動き出した。
銃によるダメージは全く無いようだ。
大きな刃物を振りかざし、4人に迫る。
《星陰縛》
漆原の詠唱と共に大男は五芒星に縛られる。
「ぐうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ」
「な、何だ、あれは!?」
逆井が驚きの声をあげる。
「助かったよ。あんたら警察だろ?
とりあえず彼女達を連れて貯水槽に飛び込んでくれ。」
一々リアクションをする逆井を無視し、漆原が反町に声をかける。
「白石明里はどこだ?一体何が起きている?」
反町が漆原に詰め寄る。
「説明してる暇はない。
いいから早く飛び込め。」
有無を言わさない雰囲気の漆原。
「…逆井、彼女達と一緒に貯水槽へ飛び込め。
外の三者と合流したらそのまま署で保護しろ。
後で必ず戻る。」
「反町さん、でも…」
「いいから行け、逆井!
今は彼女達の安全が最優先だ!」
「…わかりました。
2人とも行くよ!!」
逆井が歯を食いしばりながら彩香と笑実を誘導する。
「ちょっと待って!明里がまだ来てない!」
「おい!明里が来るまで私らは動かなー」
「ごちゃごちゃうるせぇええええ!!」
漆原が怒鳴り声をあげながら印を結んだ手を斜めに振った。
すると逆井を含めた3人の身体が貯水槽の上へと上がり、蓋がひとりでに開くと、そのまま落下していった。
『あああああああああああああああ!!』
「君は一体…」
反町は目の前で起こる不思議な光景に驚きが隠せない。
ブシャアアアアーー
漆原の法で縛られていた大男の首が飛ぶ。
「来た。」
漆原に緊張が走る。
「うおっ!?何だ!?」
反町が防御するかのように腕を顔の前にかざす。
建物の方から黒い"何か"が近付いてくる。
いや、"何か"ではない。
繭子だ。
繭子が近付いてくる。
ドス黒く焦げた肌に、全体的にススがかったかすかに白いワンピース。
全体が黒いせいで強調される大きな瞳。
裸足で右手には大きな刃物を持ち、その顔に表情は無い。
繭子は漆原には目もくれず、反町を真っ直ぐ見据える。
「何だアイツは…?」
銃を構えている反町の額に汗が滴る。
「あんた動くなよ。
アイツをギリギリまで引き付けてくれ。」
漆原が指示を出す。
自分より遥かに年下の少年に指示を出される反町。
しかし今はそんな事を気にするより、従う他選択肢が無いと彼の直感が言っている。
反町はゆっくりと頷いた。
反町まで残り、5m。
漆原が宙に五芒星を描く。
残り3m。
反町は直感で死を覚悟する。
それはまるで捕食者と獲物が交錯する刹那のよう。
残り1m
その瞬間漆原が叫んだ!
《星陰裂破》
宙に描いた五芒星から黒い刃が現れ、繭子の胴体を真っ二つに切り裂いた。
繭子の上半身と下半身が地面へと落ちる。
「ありったけだ!くそガキ!」
漆原が叫んだ。
「よし、倒したぞ!」
反町の顔に安堵の表情が広がる。
「いや、こんなもんじゃ倒せない。
それに…これで俺もアウトだ。」
初めて繭子に物理的攻撃を与えた漆原の表情はどんよりと曇っている。
「あんた…よく聞いてくれ。
あの建物のどこかに白石さんが囚われている。
俺が時間を稼ぐからあんたは白石さんを見付けて貯水槽から外の世界に出てくれ。」
漆原は早口で反町に指示を出す。
「色々聞きたい事はあるが、今はやめておこう。
俺は白石明里を救出する。
君はこいつと…?」
反町はこれまで警官として幾多の修羅場をくぐってきた。
その経験から状況適応能力の高さが今活きている。
瞬時に為すべきことを把握し、漆原のやろうとしている事を察する。
「あんた察しが良いな。
あんた達がここを出たら俺も隙を見つけて続く。
白石さんの生き死にはあんたにかかっている。
頼んだぞ。」
漆原は覚悟を決める。
反町からすれば相手はまだ15歳の少年。
自分は本来ならばこの場を掌握しなければならない立場。
しかし目の前で起こる数々の超常現象、それを繰り出す少年。
何より漆原の目からは覚悟を決めた男のそれを感じる。
大人と子供
警官と学生
切迫した状況の今、反町は立場をかなぐり捨て、1人の男として漆原と向き合った。
「わかった。白石明里の事は任せろ。
君も必ず無事に帰るんだぞ。
それと、俺の名前は反町だ。
また後でな、漆原くん。」
「さっすが尾行してただけある〜。
じゃあ反町さん、また後で。」
久しぶりに漆原の口元に笑みが浮かぶ。
反町は漆原を振り切るようにして、建物の方へと走っていった。
漆原が倒れている繭子に目をやる。
しかしそこには切断された繭子の身体が無い。
その直後、背後にとてつもない邪悪な気配を感じる漆原。
いつの間にか繭子が漆原の背後にピタリと張り付いている。
半身が繋がった繭子の大きな瞳は、漆原の後頭部をしっかりと見据えていた。




